表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第一章 裏公団編
11/38

11.諦観だよそれは

 目が覚めると、昨晩の手傷が綺麗さっぱりに治っていた。自然治癒ではあり得ない回復速度だ。

 おれの身にもついに呪いが!? と若干期待したものの、どうやらぬか喜びだったらしい。


 ナナシの説明によると。

「裏公団では時が止まっている、これは厳密にいえば間違っています。『半日が終わると、半日前の自分に戻ってしまう』が正しい」


 この世界では不思議なことに、昼と夜の十二時を境に肉体が半日前へリセットされるそうだ。

 だからこそ傷は治るし、生物は成長することがない。

 病気の心配もなく、ゆえに不眠不休などの無茶が効く。


 言い換えれば半日は経過するため、腹も減るし喉も渇く。裏公団では娯楽品として飲食店もまばらに開かれていた。


「酒池肉林じゃん!!」

 コンコさんは叫ぶと、テーブルに並べられた中華料理にがっつき始めた。チャーハンラーメン、ギョーザに小籠包。なかなかに豪華だ。こんな世界でどうやって食材を調達しているのだろう。厨房ではシェフ姿のスッポンがあくせく働いていた。


「喉詰めるわ。落ち着いて食え」

「ゴフッ、ゴフッ」

 言わんこっちゃない。


「ここでの食費が六千エン。昨晩の死体は一万八千エンで売れたので、このペースでもあと3日は持ちそうですね」

「え〜、あんなに頑張ってそんだけ〜?」

「贅沢品の金額設定は高めなので……」


 頑張ったのはおれとナナシであって、あんたはグースカ寝むっていただけだ。


「生石さまはあまり水分を摂らない方がよろしいかと。下手に尿意を覚えても辛いだけです」

「肝に銘じます」

 ここ2日は激しい運動で発汗量が多く、問題にならなかっただけなのだろう。

 何もない日はトレーニングで汗を流しておく必要があるのかもしれない。


「にしても半日経てば怪我が治るって相当イかれてるよね〜。私のおカブ奪われちゃった。それこそ自分の体を切り売りしても元通りなわけだもん」

「半日が経過するまでに食べられてしまった場合、事象が世界に確定されてしまい、欠損したまま次のサイクルを迎えます」


「じゃあ一日後なら? 例えば腕を切り落とし、半日後に蘇生する。ならもう生えてんだから、食べられても問題ない」


 さすがだコンコさん。あんたはどんなゲームでも突飛な裏技をすぐに見つけ出す。悪知恵が効く。


「はい、問題ありません。そのようにして作られた肉は食しても成長することがなく、『忌み肉』と呼ばれ忌避されておりました」


「よく出来てんねぇ。まるで誰かがデザインしたみたいだ」


 コンコさんのこういう何気ない発言が、意外に物事の本質をついていたりするんだよな。


「ですがダンビラ組の台頭により、『娯楽品』として見直された背景があります。裏公団では食料が調達しにくい。ですが忌み肉であればいくらでも生産がきくため、多くの料理に流用されています。ナナシたちが食しているラーメンのガラやチャーハンのベーコン、ギョーザの餡なども忌み肉でしょう」


 聞きたくなかった……。

 事実を受け入れるまで、しばらく料理は食べられそうにない。


「へぇー、あったまいい〜」

 なおも美味しそうにほうばるコンコさん。あいかわらず倫理観壊れてんなぁ。


「食った食った〜。ねぇ生石くん、私たちこれからどうするよ?」

「さぁ。なんも考えてねぇ」


「はは。なんのために生きてんだか」

「知らね。クソして寝てたら思いつくやろ」


 強いていうのならあんたと一緒にいるため、とは言わないでおく。恥ずかしいし。


「ナナシ君は?」

「死にたくないから生きております」


「人それぞれね〜」


 いきなりのことで戸惑う。どうしてマジトーンで話し始めたのだろう。

 こういうときのコンコさんは少し怖い。

 何かしでかしそうな危うさがある。

 

「そういうあんたはどうなんや」

「適度に忌み子狩りしてお金稼いで、毎日をダラダラとやり過ごす。楽しそうね。でもさ、私は少しナナシ君が羨ましいよ。人間になるっていう至上命題があるじゃん」


 おれたちは違う。すでに人間だから。大人になりたいわけでもない。

 言わんとしていることはおおむね理解できた。漠然とした理由で裏公団へやってきた。だから漠然としたモチベーションしか持たない。


「目的が欲しいということですか?」

「それも命をかけるに値するほどの」


 とはいえ発言に違和感を覚えた。

 おれの知るコンコさんは、飄々と生きていて、余裕があって、悪く言えば適当で。軽佻浮薄(けいちょうふはく)を絵に描いたような人なのに。反して今は鬼気迫る表情だ。


「なんや熱いなぁ。らしくないんとちゃう」

「生石くんの方こそぬるいんじゃない? 私は君との約束、忘れたつもりないよ。私はもう君のものだ」


 髄に直接触れられたかのようなショックが走った。


「アソコがなくなって、男気も失せたんじゃない? なぜ君は何も求めてこない。自信無くすなぁ」


 裏公団へやってきた動揺と、『まさか自分にそんな美味い話が』という疑念から深く考えないようにしていた。キスの続き……。あの約束はまだ有効だったのか。

 

「私はもう生石くんの所有物。主人が不甲斐ないと、私の肯定感も落ちる。私はね、君に劇的であって欲しいの」


 ささやくように、呪うように——。


「父がそうであったように」


 ゾッとした。薄々感じてはいた。

 コンコさんの父が壊れてしまったのは、コンコさんのせいじゃないのかと。


「バケモンめ……」

 

 真実はそれ以上だった。彼女は父がああなるよう、意図的にせよ無自覚にせよ、わざと唆したのだ。ひとえに己の人生を彩るために。


 なんて悍ましいのだろう。


「嫌いになった?」

「惚れ直した」


 端的に言って彼女は最悪だ。

 闇中でひときわ輝く黒だ。

 存在してはいけない生物。

 だからこそ、魅惑的で強く惹かれてしまう。


 俺もいつか、飽いて捨てられるのかもしれない。次の手籠に殺されるのかもしれない。


 考えれば考えるほど、吐き気をもよおしてくる。

 なのでおれは思考の窯口に蓋をして、恋で両目を焼いた。


 何も考えたくなかった。


「ふふ。生石くんは『深く考えないこと』をモットーにしているもんね。いいと思うよ。私みたいに傷だらけにならずに済む」


 腕に爪をつき立てて引っ掻く。真皮が剥き出しになって、すぐ治る。

 呪い。言い得て妙だ。いくら自傷しても、誰も彼女の闇に気づいてやれない。


「だから私が代わりに考えてあげるの。君の劇的を。生石くん、私を使う覚悟はあるかい?」

「ええよ。好きにしい」


 おれはすでに溺れている、コンコさんと言う魔性に。

 波に漂う哀れなクラゲは、どこまでも流れて。

 そして最期は海になって消えるだろう。

 だが彼らは、誰一人として運命を悲観していない。


「諦観だよそれは」


「一つ、伝えたいことが」


 話に割って入ってくるナナシ。

 おれたちの注意が彼に注がれる。


「これは伝え聞く街談巷説にすぎませんが、裏公団へやってくる人間には、みなとある目的があるそうです」


 おれたちのような成り行きでなく。明確な目的があってやってくる人たちがいる。


 そんな人間を忌み子たちは『訪問者』と呼んだ。


「忌み子は人間になるために。そして人間は、『神』になるために」


「へぇ。面白そうじゃん」


 運命が激しく流転し始めた。

生石たちは気づいていませんが、半日前に戻るのなら本来コンコのあざや傷も戻るはずです。


そうならないのは、『呪い』による影響です。

呪いは法則を書き換える力。つまり彼女は自身の呪いで『不変』を上書きしたのです。


 作者都合? それもある種の呪いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ