10.厨二病のお仕事
裏公団の夜は深い。月明かりはなく、街灯も皆無なため、真の闇が辺りを支配していた。
宿を取り、お世辞にも綺麗とは言い難い一室のベッドで、ナナシとコンコさんはスヤスヤと眠っている。
だがおれだけは全神経を逆立てて、その時を待つ。
チャプ、チャプ、チャプ。
「来た——」
ドア越しから聞こえてくる、水たまりの上を歩くような微かな足音。消え入るほど小さいが、数人がこちらへ真っ直ぐ向かっていることがわかった。
なぜ部屋の場所を知っている? どうせ店主あたりが金で情報を売ったのだろう。
昼間つけられていた時点で、こうなることは概ね予想がついていた。
ダンビラ組は夜間の暴力を禁止していない。つまり寝込みを襲うぶんには何も咎められない。
力なき忌み子が、無防備な人間を狙うのは理にかなっている。無論危険だが、それだけおれたちの肉に価値があると言うことだろう。
運が悪かったのは相手がおれだったということ。公団で暮らしていると、あとをつけられたり、監視されたりする経験が増える。おのずと他者の視線にも敏感になる。
ナナシのときはここへ来たばかりで気が動転していたが、今はしゃんと引き締めた。
すぐに気づいたおれは対策を講じた。ナナシは先日男の死体を解体したが、そのさい出た血液も使い道があるようで、ポリタンクに入れて保管してあった。
今回は大胆に活用させてもらった。廊下にまき、事前に血溜まりを作っておいたのだ。足音が際立つ以外にも、油分が多い血液の上では滑りやすくなるだろう。他にもメリットはあるが、今はいい。敵は間も無く到達する。思考をより集中させる。
扉が開く。先頭の男は懐中電灯を持っていたので、刺すべき場所がよくわかった。
先日の男から奪った刃物を喉元へ一閃。すぐさま引き抜きもう一度差し込む。確実に死ねるように。けれど後悔の念をしっかりと味わえるように。
「グルガァ!?」
異変に気づいたのだろう、後列が驚きの声を上げた。だがもう遅い。
取りこぼされた懐中電灯を蹴り、光を宙に放つ。
「いち、に、さん——」
照らされた数は4。電灯は敵の反対側を向いたが問題ない。配置は全て覚えた。
駆け出す。まずは正面。膝下にタックルをいれ、体制を崩す。すかさず脇腹と大腿に刃物を叩き込む。戦場は事前に頭へ叩きこんでおいた。ここの廊下は狭い。乱戦になり得ない。数を用意しようと順繰り殺せば数の利はうまれない。
次の敵は鈍器を構えていた。雑に当たるだけで致命傷になりかねない、あまり近づきたくない。
「もういらんか」
ブンブンと振り回す風切音。そちら目掛けて刃物を投擲する。期待はしていなかったが運良く命中したようだ、呻き声が上がった。
すかさず駆け寄り、頭を掴んで幾度も壁へ打ち付ける。気を失ったのかダラリと倒れ伏した。あとで〆ればいい。
「なんやおまえ、喧嘩自信あるんか」
「コロス」
忌み子にしてはかなりの偉丈夫だ。165センチはあるだろう。暗闇でも臆さずおれと向き合っている。
「ステゴロじゃあ!」
瞬間、頬に強烈なのをもらったが、首を逸らすことで衝撃を和らげる。脇腹に渾身の一振りをカマすも、あちらの体幹は揺るがない。上等。敵の後頭部に両手を回し、引き寄せ、ジャンプと同時に顔面に膝鉄を打ち込む。
「ガァ!?」
有効打。怯んだところへ袖と襟を掴み、引き寄せ、足を引っ掛け大外刈り——。
「バタンとな!!」
血の上ではすべりやすく、倒れたところへすかさず腕十字を極める。
「バキリとな!!」
骨をへし折る。激痛でパニックになっているのだろう、地面を転げ回っている。
「よくできました」
余裕を持って起き上がり、あたりをつけて首根っこを踏み砕く。
「快感!」
脊椎が折れたのだろう、動かなくなる。
「さて、最後のは?」
殿は見るからにチビの意気地なしだった。ナナシと同じ荷物持ちだろう。
武器もなかったためあまり警戒していなかったが、どうやらおれの暴れっぷりを見て逃げだしたようだ。
ここにきて血を撒いておいた布石が役に立つ。血は赤く目立つので、単純に足跡が残る。懐中電灯をひろい、先を追うと物陰に潜んでいた。
「アアアア」
ライトに照らされた相貌は見るからに怯えていた。
「きしょいのお。死ぬ覚悟ないならしょーもないことすんなや」
眺めていたら殺気も萎えた。
「ええわ、見逃したる。ほんで仲間につたえろ、おれ達を狙うなら容赦なくブチ殺すってな」
言葉が通じているのかはわからない。チビは震えているばかり。
「早よいね!!」
叫ぶと脱兎の如く逃げだしていった。
騒ぎを聞きつけナナシとコンコさんが起きてきたようだ。
「生石さま、これは!?」
「うべぇぇ、二日酔い〜」
のんきなもんだ。
「ナナシ、そいつらの処理頼むわ。コンコさん、次はあんたが見張りしてくれ。おれはもう疲れた。ちょいと寝るわ」
「わ、わかりました!」
「こいつら売ったら結構な金になるよね。でかした生石くん!」
早速金勘定を始めるコンコさん。現金なやつ。
「明日はご馳走だね♪」
「やれやれ……」
人の気苦労も知らないで。
まぁ、あなたの笑顔を見られただけでプライスレスだ。そのためならなんだってできるし、誰だって殺してやれる。
「痛てて」
今夜は多少無茶をした。さすがに無傷というわけにはいかなかった。なぜだろう、格好をつけたかったのかもしれない。
ヒロインが眠っている間に、人知れず全てを終わらせておく仕事人。うん、素敵だ。
今はこの痛みすらも愛おしかった。
おやすみなさい。
生石はかなり強いです。ブラジリアン柔術、キッズクラス緑帯相当の実力です。これはアダルトクラスの紫帯に相当します。地元の同世代では負けなしでした。
本人のポテンシャルはもちろんありますが、薬物乱用で追放された元総合格闘技選手(黒帯相当)の半グレに、毎日稽古という名の虐待を受けていたのが大きいです。
複雑な技は扱えませんが、その分実践向けの技術が高いです。そして厨二病です。