64.皇帝の力 03
「飯田!早く、あの男を止めろ!今すぐ殺せ!」
「佐田も、何を言って……分かった!」
走り出す飯田だが、皇帝は懐からまた何かを取り出すと飯田に投げつけていた。
「こんな物!」
そう言って黒い巻物のようなものを切り裂く飯田。それにより足が止まったが、飯田ならすぐに皇帝までたどり着き止めを刺すことができるだろう。
だが、飯田が切り裂いたその巻物からは強い光が放出され、それと同時に心臓を鷲掴みにされるような恐怖を感じた。
「それは死にゆくお前らへの置き土産だ!精々足掻けよ!ではさらばだっ![物理召喚]、私を異世界へと導くが良い!」
その言葉と共に皇帝はスマートフォンを上に翳し、光を纏い、消えた。
床にはゴトリと落ちたスマートフォンだけが残されていた。
あっけに取られている俺達の前にあるその黒い何かを見ながら、俺は思わず後退る。飯田も後ろへと下がりその闇を見つめている。石川達がそれに雷撃や炎を向けるが、その攻撃は何もなかったかのように闇に吸い込まれてゆく。
「あれは、もう無理、かな?」
加藤さんがそう呟いたのを聞いて視線を向けると、そのまま倒れこむ加藤さんを未波が支えていた。
未波や他の女性陣もそばに集まり互いの肌を寄せ合っている。恐怖で震えている女性陣を庇うように蘭堂や横井達が前に立ち身構えていた。何人かは耐え切れず倒れている者もいるが、できれば俺も気絶してしまおうかと思っている。
帝国の兵士達はみな一目散に部屋を出ていった。俺達もそうした方が良いのは分かっているが、あれを放置して良い物か判断がつかない。とりあえず今はまだ、何も起きてはいないのだが。
そう思った俺が悪いのか、その闇は広がり中からは鍵爪のような黒く大きな手が出てくると、さらに這い上がるようにもう一つの手が伸び、そして完全に浮かんでいた闇は裂けて消えた瞬間、巨大なソレが姿を現した。
思わず恐怖で膝をつくが、鈍い頭を動かしそのステータスを確認する。
――――――
カークドラゴン[アンデッド]
力 SS+ / 知 D / 耐 SS-
――――――
スキルは見えない。こんなことは初めてだ。そういうスキルを持っているのかも。それよりも能力値だ。やばすぎる。感じる恐怖にこれが偽装とかではない事は分かり切っている。今にも死にたくなる恐怖を感じる。
これがスキルにより感じる恐怖であればどれだけ幸せなのか……そう思ってなぜか口元が笑ってしまう。
俺は働かない頭のまま回復薬を口にした。何かをしなくては不安になってしまうから。
「みんな!後方へ待機だ!ここは、俺が、何とかする!」
歯を食いしばり震える手でソレに聖剣を向けるのは飯田だった。
飯田では歯が立たないだろう。だが、それでも立ち上がる飯田を羨ましくも思った。そもそもアレは、あのドラゴンから逃げたとして、どこまで逃げれば良い?ドラゴンは放置したら勝手に消えるのか?
「飯田、頼む」
「おう!」
咄嗟に出た俺の言葉に少しだけ顔のこわばりが取れた飯田に、他のみんなも声を掛ける。
「ま、[魔力砲]!」
それに触発されたのか、古川さんが試練で手に入れた強力な一撃を放つ。
だがそれが当たる瞬間、黒い障壁のような何かに弾かれる。
「だめだ、勝てないよ……天啓でも、未来が何も見えない……俺達は、どうあっても死ぬんだ……」
石川がガタガタと震え蹲っている。
「[聖なる奇跡]……耕太、せめて何かできることを、やろうぜ」
上原は運気上昇の[聖なる奇跡]を使いながら石川の肩をさする。その上原の顔色も良くはない。
山崎さんは森で隷属させた猿達を召喚している。杉浦さんは魔法の矢を放ち、河野さんや剣士クラスの者達は真空刃のような物を飛ばし、清水や他の魔法系のクラスの者達が魔法をぶつけている。
神官の山本は[精神安定]を全員にかけて回り、中山さんは必死に踊っている。池田さんは部屋の彼方此方を必死に見て回り何かを探しているようだ。
みんなが動き始めた中、フランが俺の隣にやってきた。
「カツキ様、父……皇帝はもういなくなってしまいました!もう、使ってもよろしいのですよね?」
「ああ、やってやれ!」
少し引きつった笑顔を見せたフランは切り札であった[巨人兵]を出し、ドラゴンに向かわせた。
銀色の全身鎧に包まれた3メートル近くある巨大な騎士。その姿に思わずわくわくしてしまったのもつかの間、ドラゴンの前足に押しつぶされ消滅してしまった。それを見たフランが「ガーくん!」と叫んでいた。
想像はしていたが、もしからしたらの思いもあった。そんな奇跡的な勝利もあるはずもなく、ゆっくりと動き始めたドラゴンを見つめていた。
どうしたらいい?
恐怖で考えが上手くまとまらない。
みんな、できることをやっているのに……
「聖なる魔力を糧に神の一撃で邪悪なる竜を滅ぼせ、[聖光雷撃]!」
まだあきらめていない飯田の激しい雷撃には流石のドラゴンも……
俺の願いも空しくダメージを与えた様子は感じられない。
「もう一度だ!聖なる魔力で邪竜を滅ぼせ、[聖光雷撃]![聖光雷撃]![聖光雷撃]ッ!!!」
三連続の雷撃を放った飯田は顔を歪ませ膝を突く。
その甲斐あってドラゴンの真っ黒な体からは多少なりとも黒い血液のようなものが噴き出していた。不安を煽るような甲高い声で悲鳴を上げるドラゴンに、他の者達もチャンスがきたと一斉攻撃を仕掛けている。
だが、そんな俺達に向け再度大きな悲鳴のような鳴き声を上げたドラゴンが、黒い霧状の何かを吐き出してきた。
「風よ!全ての攻撃を消し飛ばせ!」
清水の魔法によりその霧状のものは飛散するが、前方にいた飯田にはその何かを受けてしまったようだ。
「飯田君!」
未波は飯田に駆け寄りスキルを使っている。
飯田の顔に黒い文様のようなものが浮き出ていたが、未波のスキルにより消すことができたようだ。あの霧は呪いか何かなのだろうか?
「あの霧には注意して!浄化じゃないと回復しないみたい!」
未波がそう叫び、俺は[強制退去]を使う。俺にもできることがあったことに少し嬉しくなるが、それもあのドラゴンを倒さなければ無駄だろう。
「志田さんありがとう!」
嬉しそうにそう言って跳ね起きた飯田は聖剣を握りドラゴンを見つめる。
「俺は何度でも立ち向かおう!聖なる魔力よ!俺の思いの呼応せよ![聖光雷撃]ー!」
雷撃を放ち、自らも走り出した飯田は聖剣を右翼に叩きつけている。
それにより右翼からは黒い液体が飛び散っている。
これはやれる!そう思った時、痛みによるものかは分からないが激しくバタつかせた右翼により飯田が切り付けられ、飯田は悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。
血しぶきをあげ飛ばされる飯田を見て彼方此方から悲鳴が上がる。
「飯田!」
俺は叫びながら飯田の方へ走り出し、[鉄壁]を作り出す。中々回復しない魔力が枯渇しそうで頭が痛むがそんなことを言っている場合じゃないだろう。そう思っていた俺の背中に暖かい手がそえられる。
「私達を守って![結界]!」
俺の作り出した鉄壁を覆うように作り出された結界。背後を向けば石川と山本が飯田に治癒をかけているようだ。
「浩平、ごめん、俺……」
石川が泣きながらそう言うが、飯田は笑みを返している。
「気にするな。あれは俺も怖いからな。だからありがとう。みんなに力を貰って、俺はまだ戦える!」
そう言って石川に手を差し出し、その手を握った石川に引き起こされた飯田がまた前を向く。
山本からの治癒は続いていたが、その山本にも礼を言った飯田は再び剣を握り、こちらへとゆっくり向かってきているドラゴンへと向かっていった。
「雷神よ!我が願いに応え天から打ち下ろす雷撃により邪竜を殲滅せよ!」
石川の言葉と共にドラゴンの頭上から雷撃が落とされる。
ダメージはあまりなさそうだが、石川はその雷撃を繰り返し落とし続けていた。清水もそれに同調するように雷撃を放っている。それに嫌気をさしたのか左翼を頭上に上げ雷撃から体を庇う仕草をするドラゴン。
「滅びよ!邪竜よ!」
飯田の叫びながらの一撃によりがら空きだった胴体、むき出しの骨の一部が切り落とされる。聖剣が光を放って見えたのは気のせいか?何でもよい。効果があるのであれば何であろうと大歓迎だと思った。
一際大きな悲鳴を上げたドラゴンがまた霧状の何かを吐き出している。それらは吹き続けている強風により背後へと消えていった。
今度こそ……そう思った俺は、より一層高く鳴くドラゴンの声に耳を塞ぐ。不安を掻き立てるような恐怖が込みあがり吐き気を感じ身を竦める。それにより強風も止まっているのに気付いたが、再度[強制退去]を使う気にはなれなかった。
こんなのに、どうやって抗えというんだ……
俺の弱い心がぽっきりと折れた気がした。
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