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番の素質  作者: 悠仮
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獣人達の聖地であり、獣人連盟の本部があるバーリィウェ国の高級ホテル。そのベッドに倒れながら冬香は長いため息を吐いていた。

ここに来るまでに、重い荷物を持って新幹線と車を乗り継ぎ空港に行き、飛行機では約12時間のフライトだった。初めて海外に来た冬香は時差ボケと移動の疲れでぐったりしていた。


そんなどんよりした冬香が居る部屋の扉が軽やかな音でノックされた。「はい」と返事を返すとミルクティー色の髪の美女が聞き慣れない言葉で話しかけてきた。冬香は慌てて久慈に渡されていたイヤホン型の翻訳機を鞄の中から探し出して耳につけた。


「体調は大丈夫ですか?」


美女の流暢な異国語の声に被って機械的な音声が耳に届いた。 冬香が頷くと美女は微笑みながら言った。


「ではこれから明日着る服を選びに行きましょう」


はその言葉を聞きもう少し休みたかった、と思いながら心のなかで溜息を吐いた。





翌日。

華やかなパーティ会場の隅すみで冬香はジュースの入ったカップを持ち、壁に持たれつつ周りを眺めていた。

会場には50人程が集まっていた。参加者を見渡すと華やかな装飾品を身に着け品位が溢れるような眉目秀麗な人と、着飾ってはいるが慣れない様子の人に大別できる。前者は明らかに獣人で、後者が冬香と同じような境遇でここに来たものだろう。


現在パーティが始まって1時間近く経つが、既に番を見つけ感極まり泣いている人や仲良さそうにお互いを見つめ合い幸せそうに会場を後にする番達が何組かいた。元々獣人よりだいぶ少なかった番候補の人間たちはそれぞれ相手を見つけて会場をあとにしたため、残っているのは冬香を含めても数人だけとなった。

獣人同士は知り合いが多いのか皆楽しそうに談笑している。冬香には知り合いは勿論いなく、服がを汚すのが怖い為食事も満足に楽しめ無いで暇を持て余していた。

しかし立ったままで1時間も過ぎると足が疲れてきた。 長時間の移動による疲れもまだとれてなく体はだるい。立っているのが限界だったが会場に椅子は無く座れるところは無い。もう帰りたかったが出て行ったところでどこに行けばいいのか分からない。そのうえ異国の地で一人きりで心細く、人に話しかけるのはハードルが高い。

冬香は仕方なくパーティ会場の隅のなるべく人目に付か無さそうなところへゆっくり移動するとなるべく存在感を消すようにしゃがみこんだ。

こんな場所でしゃがみ込むなど非常識だとは分かってはいるが限界だった。誰かに見られているような気がして居心地は悪いし体調も悪くなってきた。頭は痛いし、視界はチカチカとしてきた。

ぼんやりと床を見ながらまだ終わらないのか、もし番となるひとが現れなかったらどうなるのか考えた。冬香は疲れが溜まっている上に異国の地でこうして心細い今、考えすぎるとネガティブな事しか思いつかないとわかってはいたが思考は止められなかった。

家を出るときに機嫌よく送り出した母の顔が、獣人の番となれなかった冬香をみて憎むような顔に変わる姿が脳内に浮かぶ。

父は冬香とは血の繋がりが無い母の再婚相手で距離を置かれている。弟も同様に一緒に暮らしてはいるがお互いのことをよく知らない。どちらも冬香が母に責められても見て見ぬふりをして決して庇ってはくれない。

唯一の味方であった祖母も最近は体が悪く入退院を繰り返しているので頼れない。

獣人の番になるかもしれない事が分かり最近は母の機嫌が良かったが駄目だと分かれば今まで以上に家の中に冬香の居場所が無くなる事も容易に想像できる。

それでも高校卒業までの辛抱だ、卒業後は進学せずに働くつもりだからそうしたら家を出よう。そう自分に言い聞かせて冬香はやっと顔を上げた。


「えっ…」


いつから居たのか全く分からなかった。すぐ隣で冬香と同じようにしゃがみこんでこちらを見ている人に見られている。

冬香は驚き小さい声が口から溢れたあと驚いた表情のまま固まった。相手も何故か同じように驚いた様子で冬香から目を逸らさずにいた。

冬香の隣にしゃがみこんでいる男性は若そうだが17歳の冬香よりは年上だろう。サラサラとして柔らかそうなベージュの髪の下で少し青みがかったグレーの瞳が見える。大きくきれいな形の目は冬香の方に向けられたまま逸らせれない。 顔立ちが綺麗なので恐らくは獣人だろう。


「あの、大丈夫ですか?体調が悪いですか?」


男性は冬香の顔を覗き込むようにして声をかけてきた。 耳に付けた翻訳機の機械音声の向こう側からする声は低くて落ち着いている印象だ。


「大丈夫です。少し疲れてしまっただけなので」


本当は少しでは無いくらい疲れているのだが、心配そうにこちらを伺う男性にこれ以上迷惑をかけないようそう答えて立ち上がった。

その瞬間冬香は目の前が白く靄がかったようになる。ずっとしゃがみ込んでいて急に立ち上がったせいで立ち眩みがしてしまった。「やばい」と思うと同時に自分の意志を聞かなくなった体が倒れていく。 せめて頭だけは守ろうとして反射的に手を出した瞬間大きな力に体が引っ張られた。

倒れるはずだった冬香の体はしっかりとした体に包まれており、霞がかった視界には先ほど横にいた男性のスーツで埋め尽くされた。 冬香は自分を包む体が同じ生き物なのが不思議なくらい硬く大きいことにに驚きつつ、何故か安心感があり凭れかかったままでいた。 「すみません…」 冬香の口から出た言葉は自分でも想定していないぐらい弱々しかった。


「大丈夫、ではなさそうですよね。医者を呼びますか?」

「ただの立ち眩みです。すみません…」

「謝らないでください。とりあえず別室に移動しましょうか。僕がお運ぶのでもいいですか?」

「…はい」


頷いて答えると相手は背を屈め冬香の膝裏と背中に手回して抱き上げた。

冬香は視界がぐらりと揺れて抱き上げられたのを感じ、落とされないようにとっさに片手で男性のスーツを掴んだ。それと同時に迷惑ばかりかけている自分が情けなくなってもう片方の手で手で顔を覆った。

だが、男性の背中にある大きな手としっかりとした胸板と何処かで嗅いだことのあるような瑞々しいハーブのような良い匂いに包まれて何故か安心し徐々に力が抜けていった。

冬香は、ずっとこのままなら幸せなのに…と一瞬脳裏によぎった自分の妄想に戸惑った。最近獣人の番になれるかもしれないからと自意識過剰になっていた。そのせいでこんなことを考えてしまった自分を戒めた。


冬香が少しの揺れと包み込むような安心感を感じながら運ばれていると、少しずつ会場の音が少なくなっていった。

男性は途中誰かと会話することもなく歩き続け、人気の無い静かな所に来ると立ち止まった。

冬香が顔を覆っていた手を外すと木の扉の前でに居た。男性は冬香を抱え直しながら扉を器用に開け室内に入っていく。

室内は小さなテーブルとイス、大きめなベッドが置かれているだけの簡潔な部屋だった。 男性はベッドまで来るとゆっくりとした動きで冬香を下ろした。

男性は冬香と距離を取ろうとしたが、不自然なタイミングで屈んだ体勢のまま止まった。冬香の掌が男性のスーツを掴んだまま固く閉じているので離れられなかったのだ。

冬香はそのことにすぐに気が付きパッと手を離しベットに手を降ろしたがその手は僅かに震えている。自分の身体なのになぜこんなに手が震えるのかわからず頭が混乱しつつも相手に気が付かれないように手をドレスの下に隠した。


「あっ、あの…運んでいただきありがとうございました」


なんとか出した声は少し裏返っていた。 お礼もまともに言えない自分が嫌で俯向いていた冬香の横に、男性が腰を下ろした。男性は冬香が隠したまだ震えが収まらない手を自分の大きな手で包み込んだ。


「手、冷たいですね。寒いですか?」


冬香はゆっくり首を横に振った。ふと男性の声に違和感を感じなんだろうかと考えていると男性は冬香の手を撫でながら続けて話しかけてきた。


「目眩は少し良くなりましたか?」


冬香は頷くと同時に先程の違和感がなにか気がついた。


「日本語、喋れるんですね」

「学生の頃に少し勉強していたことがあるんです。でも久々に話すから下手だと思いますけど…」

「そんなことないです」

「ありがとうございます」


本人は下手だと言うが言葉の使い方は勿論発音まできれいで違和感が無い。はにかみながらお礼を言う姿にも何処か日本人らしさがある。

聞き慣れている日本語での会話で冬香肩から少し力が抜けた。


「よかったら、お名前を教えてください」 「永石です。あっ、名前は冬香です」


バイトや学校では名字で呼ばれる事が多いのでとっさに永石と言ったが、それだと距離を置いているように感じられそうで下の名前も付け足した。

自分の名前を言うだけなのに上手く伝えられなかった。先程から、スムーズに言葉が出てこなくてもどかしい。


「ナガイシ・フユカさんですか。僕はアラン・ピューターです、アランと呼んでください。フユカさんとお呼びしてもいいですか?」

「はい」

「フユカさん」

「はい、なんですか?」

「フユカさん、名前も可愛らしいですね。ふふっ、つい呼びたくなってしまいます」


アランは頬を緩めながら楽しそうに冬香を見ての名前を呼んだ。冬香は遠回しに自分を可愛いと言われ戸惑い、頬を少し赤くして目をそらした。アランにニコニコしながら照れている姿を見られて、居た堪れなくなった冬香は話題を変えた。


「アランさんは何の獣人なんですか?」

「ピューマです。分かりますか?」

「えっと…大きくてかっこいいネコ科の動物ですよね?」


冬香は昔テレビで見た、雪山を駆けるピューマを思い出した。とても綺麗でかっこよかったので今でも覚えている。でも他のネコ科との明確な違いが出てこず幼稚な返答になってしまった。

アランは冬香の言葉を聞いて少し考えた後、突然頭を横に素早く振った。振った後には先程まで無かったホワイトとグレーでグラデーションされた耳が付いている。


「こんな耳が付いた動物を想像していましたか?」

冬香がコクッと頷く

「なら多分合ってます。触ってみますか?」


アランが耳に釘付けになっている冬香の前に近づいて来て二人の顔の距離が一気に縮まった。

しかし冬香は突然近くに来られた事に驚き反射的にビクッとして身を引いた。アランは冬香が身を引いた事に気づきすぐに距離をとる。

二人の間に気まずい空気が流れる。


「すみません驚かせてしまって。えっと…喉、乾いてませんか?僕は飲み物を持ってくるので横になって休んでいて下さい。なに飲みたいですか?」


アランは慌てた様子で謝り、話を逸らすように冬香聞いた。


「あっ、じゃあリンゴジュースで…」

「わかりました見てきますね、ゆっくり休んでいてください」


アランは扉の方に歩き出し部屋を出るときに名残惜しそうな顔で冬香の方を振り返ったような気がした。でも冬香は気のせいだと考え直した。


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