表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
番の素質  作者: 悠仮
1/3

1





「あなたに獣人の番としての素質が見出されました」


放課後の静かな面談室に落ち着いた男性の声がひびいた。

面談室には先ほど声を発したスーツ姿の壮年の男性、女子生徒とその母親がパイプ椅子に座っていた。 先程の発言を聞いていた女子生徒の冬香は、驚きで正面の男性を見上げたまま固まった。

数秒間静かな時間が流れた後、男性が机に紙を広げる音だけが流れる。


「先日の健康診断の際に受けて頂いた、獣人の番適性検査で素質を見出されましたので永石冬香様には近い内に病院でより細かい検査を受けていただきます。その後、バーリィウェ国で行われます『番探し』に出席していただきます。諸々の手続きや送迎など今後は獣人連盟日本支局の私、久慈が担当させていただきますのでよろしくお願いします。」


久慈がゆっくりとした口調で説明してから頭を下げた。正面に座っていた冬香はやっと我に返ったように、軽く頭を下げた。同じく頭を下げ「よろしくお願いします」と言った。一方隣に座っていた冬香の母はその話を聞いて浮かれた様子で久慈に捲し立てた。


「まさか、うちのこが獣人様の番になれるとは…!とても光栄です!あっ、勿論まだ決まったわけではありませんが…『番探し』で見初められるのが今から楽しみですねっ。今後、私達家族に出来ることがあれば何でも仰ってください!」


その後は主に久慈に張り切った母親が、今後の日程や実際に番となった後に振り込まれる祝い金などについて一方的に質問していった。久慈はそれに淡々と答えていき、空が暗くなる前には面談室での話し合いは終了した。

その間冬香は、当事者であるにも関わらず自分から話すことは無くたまに話を振られれば苦笑いを浮かべ頷く程度で、どこか他人事のようにしていた。





面談室での話から約2週間後の平日、冬香は家の玄関前に居た。

今日は先日説明された病院での検査を受けるため、学校を休んで久慈の迎えが来るのを待っていた。 冬香に獣人の番の素質があったことは、同じクラスの人には話しておらず先生だけが知っている。特に隠しているつもりはないが、無口な性格で特別親しい友人も居ないためクラスメイトには知られることもなく、結果的に今までと同じように学校生活を送れていた。

塀に凭れてスマホを見ることもなくぼんやりと待つこと約10分、家の前に黒い車がハザードを出して止まった。車に近寄ると運転席から前回面談室で見たときと同じ整ったスーツ姿の久慈が出てきた。


「こんにちは、お久しぶりです。お待たせしてしまいましたか?」

「いえ、大丈夫です」


軽く挨拶を済ませると久慈は慣れた動きで後部座席の扉を開け冬香を車に乗せた。その後自分も運転席に乗り込むと緩やかに車を走らせた。動き始めて暫くすると、二人は病院までの所要時間や今日予定などを話していたが事務的な話が一通りおわると車内は静かになる。冬香は窓の外を眺めていた。音楽やラジオは流していないが、お互いにを気にした気まずい沈黙はない。

車が高速道路に入り、眺めていた外の景色が知っている街ではなくなってきた頃、前触れもなく運転席から話しかけられた。


「永石様はご自身が獣人の番になるにあたって、何か不明な点や再度確認しておきたい事は事はございますか?」


冬香がなんと答えたら良いのか考えて少し黙ってしまうと、聞き方が漠然としているせいで冬香が返答に困っていると思った久慈が質問を変えた。


「そもそも獣人のことはどこまでご存知ですか?」

「…頭が良くて、体も丈夫なことと、番にとても尽くすことぐらいです。…身近にいたことが無いので具体的には知らないです」


そもそも獣人は人類で約0.5%しか存在しない。その僅かな人たちは上流階級や資産家などがほとんどなので、一般家庭に生まれた人間は関わったことの無い人が殆どである。その上、歴史の中では人間と対立したり人間を支配していた時期もある為、学校の教科書などでは政治的な理由もありほとんど触れられる事は無い。 しかし珍しさと性質からその存在に憧れる人間がほとんどで、獣人やその番を題材にした恋愛ドラマや小説などは需要が高く多く流通している。


「そうですねその認識は合っています。ではなぜ獣人が番を強く求めるのかまではご存知無いですか?」

「はい」


獣人を題材にした作品の中には詳しい性質についても説明がされているものもあるが、冬香はドラマや映画を見ることはほとんど無い。本も今まで読んだ中ではそういったものは殆どなかったので獣人につい詳しく無かった。


「獣人の能力は人より優れていると言われていますが繁殖に関しては実はそうではありません。まず、通常人間との間に子供が出来ることはありません。獣人同士の場合でも授かることは稀です。しかし、相手が自分の番であると子供はとても授かりやすくなります。なので獣人は皆自分の子孫を残すために、番を強く欲しがります」


その説明を聞き冬香は納得した。番が居ないと種の存続の危機なのだから強く求めるのが本能なのだろう。


「番は一人の獣人に対して世界に一人しか存在しないと考えられています。もし出会ったらその瞬間に獣人はこの人が番だとだとわかり惹きつけられるそうです。ただ番に出会える獣人はおよそ三割で、出会えなかった者の中には精神を病んでしまう者も少なくありません。…近年は獣人連盟が行う番適性検査と『番探し』によって昔に比べれば番と出合いやすくなってきました」


冬香は自分が適性検査を受けたときを思い出していた。

検査は17歳以上25歳未満の人間は無料で受けられる。

冬香の周りでは高校三生で、学校の身体測定の際におよそ半数の人が受けていた。冬香も周りが受けているからと特に深く考えずに検査の同意書に名前を書いた。検査は採血のみで取る量も少なく、他の身体測定の項目と同じようにすぐに終わった。


「より詳しく獣人について説明させていただきたいのですが、元となる動物種によって変わってくる事もあるので…。今日病院で受けていだく検査で、永石様の番となる獣人の種が分かりますので説明は結果が出てからのほうがよろしいかと思います」

「はい、わかりました」

「あと『番探し』の日程も番となられる方の種によって変わってきます。世界中の獣人とその番候補の方達を一度に集めることは難しいので、種によって日にちをずらしているのです」


「…あの、今更なんですけど『番探し』で私はなにをするのですか?」

「『番探し』はあまり堅苦しくない立食パーティのようなものです。番探しとは言いますが、実際に自分の番には会えばすぐに分かるのでそれまでは気楽に食事を楽しんでいれば大丈夫です。お相手が見つかった後はどうするかは人それぞれですが、とりあえずお相手の獣人に合わせておけばなんとかなります」

「わかりました、ありがとうございます」


なんとかなると言う久慈のざっくりとした説明に少し不安になったが当日になってみないと何もわからない、と今は深く考えるのをやめた。 その後車内は先程のように静かになった。

車は高速道路から降りるとすぐに目的地の総合病院に到着した。



久慈が受付を済ませ冬香に整理番号などが入ったファイルを渡す。検査は一人で院内を回り順番に受けるそうなのでその場で久慈とは分かれた。

病院では順番待ちの時間も多かったがレントゲンや血液検査などごく一般的な検査が淡々と行われていった。

最後に医師との問診で好きな動物や自分の恋愛経験など普通なら聞かれることのない質問がいくつかあり戸惑った。しかし医師が慣れた様子で作業的に聞いてくるので所々言葉に詰まる事はあったが取り繕う事もなく答えていった。


すべて終わり久慈に連絡を入れ合流したときにはお昼時を過ぎていた。近くの洋食店で遅めの昼食を摂り、お腹が満たされると今度はパスポートを作るのに必要な書類の提出やその証明写真の撮影を済ませた。

家の前に戻ってきた頃には空も暗くなってきていた。


「今日の検査の結果や『番探し』に参加していく日のスケジュールは、後日郵送させて頂きます。本日は長い間お疲れ様でした」

「こちらこそ、ご飯までご馳走して頂きありがとうございました」


冬香は車を降りると頭を下げ、黒い車が帰るのを見送った。





約一ヶ月後。


冬華はリビングのテーブルの上に獣人連盟日本支局と自分の名前が印刷された封筒を見つけた。

封筒は開けてあるので母は既に中を確認したのだろう。 中を確認していくとまず健康診断で特に問題が無かったことが書かれていた。

それから冬香の番となる相手はネコ科だと推定される事、『番探し』が約1ヶ月後にあることなどが書かれていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ