決闘申し込み
アイギスの町の名所、大きな広場の中心にある噴水前にて。
俺はボーッとして待っていた。
いや、何も考えていないわけではない。
やはり頭を占めるのは……カレー。
今日は何カレーにしよう?
ミルクとセットなわけだから濃い目の味付けにしようとは思っているのだが、辛さは後から調節できるようにした方がいいな。
"何人も"食べることになるわけだし。
今夜食べるカレーについて考えつつ、俺はひたすら待つ。
その俺の前を焼き鳥の屋台が通っていく。
へぇ、こんな屋台が……胡椒ダレ焼き!?
そんなものがあるのか……!
「あの、3本ください」
「──私を呼び出しておいて何を買い食いしているのだ、カイ」
屋台にお金を払っていると後ろから声がかかる。
いつの間にか白いフルプレートアーマーのプレイヤー・エリフェスが背後に立っていた。
「おおっ、来てくれたか!」
「NPCの件で話があるのだろう? 君には確保したハッカーの身柄を譲ってもらった借りもある、私も意見を変える気はないが聞くだけは聞こう」
俺たちは噴水手前のベンチに腰掛けることにした。
周囲からの注目が集まるのが分かる。
そりゃあ明らかにやり込んでるであろう白いフルプレートアーマーのプレイヤーと完全初期装備オンリーである俺の組み合わせは傍から見たら奇妙なチグハグさだろう。
「エリフェスさんも焼き鳥食べる? 美味そうだよ?」
「要らない。料理バフは私にとって効率が悪い。私は常により短い時間でより効果的なバフを得られる強化ポーションを選択して使うようにしているのでな」
「ふーん……まあ俺は喰うけど」
焼き鳥を口に運ぶ。
炭火の香りとスパイシーな胡椒の香りが口の中に広がり鼻から抜けていく。
んん~美味!
「カイ。私には君が奇妙に見える」
俺が焼き鳥に舌鼓を打っていると、エリフェスの方から話し始める。
「NPCに肩入れをしたり、腹も膨れぬ料理を味わったり……別にそれを悪いと言うつもりはない。だが、私はそれに強くこだわろうとするプレイヤーの根本的な考えが理解できないんだ」
エリフェスはフルプレートアーマーの兜を外す。
露わになった顔は精悍な顔つきの女性のもの。
その目で俺をジッと見つめてくる。
「ゲームは全てメインシナリオありきで進むものだ。私はゲームはあくまでそれに沿って、前に挙げたような要素は副次的なものとして楽しまれるべきだと考えている」
「なるほど。エリフェスさんの考えは分かった。だけど俺は違う。ゲームは人それぞれが好き勝手な解釈で楽しめるべきだと思っている」
「というと?」
「メインシナリオは運営がプレイヤーに用意した楽しみ方のあくまで"一例"だ。だから最初のマップでカレーだけ作り続けてるのもOKだって思うし、ひたすらにメインキャラではないNPCとの交流を楽しんでいたっていいと思う」
「……私には分からない楽しみ方だが、理解した。そういう考え方もあり、君は君であのNPCがこのゲームに不可欠だと思っていることを。それは尊重しよう。しかし、だ」
エリフェスはひと呼吸を置いて続ける。
「魔改造NPCはダメだ。それは"本来ゲームに存在してはならない不正なもの"なんだ。運営が敷いた規則を越える」
「それは俺も理解したつもりだ。でも、やっぱりエリフェスさんのやり方は極端すぎる」
俺はあくまで冷静に、自分の中で整理した内容を言葉に紡ぐ。
「俺が尊重してほしいと思っているのは"魔改造"じゃない。あくまでミウモや他のNPCたちとの交流やカレーを楽しむ時間だ。でも今のエリフェスさんのやり方だと"魔改造"という問題といっしょに俺たちの楽しみも丸ごと奪っていくやり方になっている。だから、俺は魔改造という問題だけを何とかする方法にできないかって話をしたいんだ」
「では、何か他に方法があるとでも?」
「宵の明星クランは運営にツテがあるって言っていたよな。ミウモたちの今の生活を変えないまま調査を進められるようにするとか、そういった手段を運営と協議できないか?」
「なるほど……確かに運営と二人三脚で事に臨めばできないことはないだろう。だが、」
エリフェスはそう前置いて、
「やはり断る」
「……理由は?」
「2つある。その協議にかかる時間や負担のコストが大きいこと。もうひとつは例外を増やしてしまうと次の同様の案件でも同等の対応が求められてしまうことがある。ゆえに、おいそれと例外は増やせない」
エリフェスはため息混じりに、
「今回の案件ほど緊急ではないにせよ、我々は常に複数の案件を担っている。ゆえに1つの案件にばかり時間をかけるワケにはいかない。最大効率で物事を進めていく必要があるんだ」
「だけど、できないワケではないんだよな?」
「……ああ。それはそうだが」
「……エリフェスさん、あんたたちの負担は分かったよ。でもゴメンな。やっぱり俺はミウモが連れて行かれるのをこのまま見過ごせない」
「見過ごせなければ……どうする?」
「決闘を申し込みたい」
もう俺にはその選択肢しかなかった。
俺もまた立ち上がり、
自分より少し身長の高いエリフェスの目を真正面から見上げた。
「決闘、か。何を賭けての決闘だ?」
「俺が勝ったらさっきの俺の提案を受け入れてほしい」
「運営と協議をしてNPCの生活を変えないように魔改造調査を進める、という件だな? では私が勝った場合のメリットは?」
「なんでも」
「……そうか。それならば、」
エリフェスは腕を組みつつ、
「君は我々のクラン・宵の明星へと加入し、そして私と行動を共にする……その条件なら決闘を受けてもいい」
「……わかった」
「よし、決まりだな。決闘の方式は決まっているか?」
決闘の方式?
決闘に作法か何かあるのだろうか、なんて考えていると、
「特に決まっていないのであれば、私は"1v1"を提案する」
エリフェスはそう提案してきた。
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