続・ラブコメなんて無い
高校の昼休み。
この時間はいつも暇でしょうがない。
俺はいつも学校の中庭の、人目に付きにくいベンチへと避難している。
クラスにいると、みんな昼ご飯を食べているからな。
「……やっぱ、現実じゃ味はしないんだよな」
完全栄養食カロリーバーを1本手早く噛んで水で流し込み、俺はスマホをいじる。
この現実じゃ味覚障害になってからはお腹も空き辛く、昼はこれだけでも充分に事足りた。
さて、昼休みが終わるまであと40分。
早くLEFにログインしてーなー……
「──東海斗さんっ! こんなところに居ましたわねッ!」
「うおっ!?」
思わず肩が跳ねた。
そりゃ後ろから大きな声で呼ばれたら仕方ない。
この声は……
「光子か、ビックリさせるなよ……」
呆れたように長い黒髪をかき上げながら俺の正面に回り込んできたのは皇九龍姫天光子。
その後ろにはいつも通り、"お付き"でありクラスメイトでもある2人の女生徒たちが粛として立っている。
この光子という女生徒は、俺と同じ2年B組のクラスメイトであり、詳しくは知らないが日本屈指の超お嬢様らしい。
……あ、名前で呼んでるのは別に"特別な関係"だからじゃないよ?
苗字で呼ぶのは長過ぎるので、"光子"と名前の方で呼び捨てさせてもらっている。
だいいち、こんな超お嬢様と付き合えるような魅力、カレーオタクの俺にあるわけないし、不釣り合い過ぎるからな。
ラブコメなんて起こるワケもない。
「ビックリさせるなじゃありませんわ。貴方、どうしていつもいつも昼休みに入ると姿を隠すのですっ?」
「隠してるわけじゃないって。昼休みは外に出てた方が気持ちが良いからだよ」
「お昼ご飯は食べませんのっ?」
「食べたよ、ホラ」
俺は中身が無くなりペラペラになったカロリーバーの包装を見せる。
「まっ……またそれだけですのっ!?」
すると、光子はキッと目を吊り上げた。
「それに、そんな食事では栄養が偏るではありませんのっ!」
「いや、でも完全栄養食って書いてるし……夜ごはんはちゃんと作って食ってるし」
「お昼もちゃんと食べないとダメに決まってますわ! ──愛歌、"アレ"を!」
光子がそう言って指をパチンと鳴らすと、お付きのひとりの女子 (愛歌)がどこからともなく紫の風呂敷に包まれた四角い何かを取り出し、光子へと恭しく手渡した。
「光子、それは?」
「これは、お弁当ですわっ」
光子が風呂敷を広げる。
すると見事な漆塗りの弁当箱が姿を現した。
光子は俺の隣のベンチに腰掛けると、その蓋を開く。
「おお……すごい豪華だな。色んなおかずが入ってる」
「まあ、当然ですわ。皇九龍姫天家お抱えの一流シェフと一流管理栄養士が監修するお弁当なのですからっ!」
「そうか。それだけ配慮されたお弁当を食べていれば光子の栄養バランスは安泰だな」
「……これは、違いますわっ」
「え?」
光子は少し言い淀んだかと思うと、
「こ、これは貴方へ渡すために持ってきたものでしてよっ!」
「……えっ、俺にっ!?」
光子はぎゅっとその弁当箱を俺に押し付けてくる。
「さあ、お食べなさいっ。たとえ味はしなくとも、食べた物の栄養が貴方の体を作るのですからっ!」
「と、突然どうしたんだよっ? というかなんで俺にっ?」
「それは……半年前の"あの事故"で、私を庇っていなければ貴方の味覚が無くなることは……」
「よせよ。その件については半年前に終わったことだろ」
「でも、それでは私の気が収まりませんの! 貴方には大きな借りが残っているのです。皇九龍姫天家の長女として、何よりも貴方の友人として、私は私にできることで恩返しをしたい……!」
ズイっと。
光子は弁当を強く俺に押し付ける。
「このお弁当は味ではなく、"食感"に工夫を凝らしてみましたのっ! ですからどうかひと口お食べになってみて!」
「工夫を凝らしてみた……って、え? まさかこの弁当、光子が作ったのか……!?」
「……!!!」
図星を突かれたようで、光子の顔が一気に赤くなった。
マジで?
「あ……貴方の昼食を見かねてですわっ!」
「俺のために……?」
ついまじまじと、弁当の中身を見てしまう。
……おかずにはところどころ焦げがあったり、形が崩れたりしている。
でも、ぜんぶ美味しそうに出来上がっていた。
「かっ、勘違いしないでくださいましっ!? これは別に、わたくしが手料理を食べてほしいからとかではないんですのよっ!? あくまで、受けた恩義を返すためには、恩義を受けたわたくし自身が腕を振るうべきだと考えたから、」
「ありがとう。そういうことなら、ぜひいただきます」
「──えっ?」
俺は弁当を受け取った。
料理下手な光子が、友人である俺の味覚をおもんばかって自ら包丁を握ってくれるなんて……どれほど嬉しいことか。
きっとここまでできるようになるまで時間がかかったことだろう。
光子のお弁当を口へと運ぶ。
「……美味い」
当然、味を感じるわけじゃない。
でも、
「野菜炒めはシャキシャキで、ポテサラにカリっと焼いたチーズかな? それが入っていたりで口の中がおもしろいな」
「そっ……そうなんですのっ。シェフたちに細かなところまで案をいただいて、手間暇かけたんですのよっ!」
光子の顔がほころんだ。
俺も次々におかずたちを口に運ぶ。
光子の懸命な想いは充分に料理を通して伝わってくる。
「ありがとうな、光子。ごちそうさま。すごく美味しかったよ」
「まっ、まあこれくらい、お安い御用ですのよっ!」
光子はそう言って満足げに胸を張ってみせていた。
「あっ、そういえば東さん!」
光子は嬉しそうな表情のままパンと手を叩いて、
「今日貴方が教室でご学友と話しているのが少し耳に入ったのですが、なんでもLEFを始めなさったのだとか」
「ああ、うん。味覚障害があっても味を感じられるだろうって担当医に勧められてな。それで試してみたら、俺でも本当に味が感じられたんだよ!」
「そうですか、それは本当によかったですわ」
光子は穏やかに微笑んで、
「……ところで、よろしければ今度いっしょにLEFで──」
──ブー、ブー、ブー。
「……」
何かを言いかけたところで、光子のスマホが鳴った。
「電話なんじゃないか?」
「……そう、みたいですわね。少々失礼しますわ」
光子は俺の隣から立ち上がると、少し離れた場所へと移動する。
とはいってもそれほど離れているわけじゃない。
風に乗って、声が少し漏れ聞こえる。
「──はい、わたくしですわ。叔父様、何か緊急の御用件でも? ……え? 機嫌が悪そう? そ、そんなことはございませんわ……それより、ご用件はっ?」
「──……えっ!? NPCのクラッキングっ!?」
「──はい……はい。由々しき事態ですわね。……ええ、分かっておりますわ。約束ですもの。わたくしの方でも対応を……」
光子の表情を見るに、あまり良くない連絡らしい。
最近は家業の手伝いなどでだいぶ忙しくしているみたいだ。
内容については全然知らないけど……その件かな?
NPCと聞こえた気がしたけど、ゲーム用語のNPCってわけではないだろう。
光子はスマホを仕舞って戻ってくると、
「東さん、すみませんが私はこれで。火急の用ができてしまいましたので学校も早退します。少々忙しくなりますので、夏休み前の登校はこれが最後になるかもしれません……」
「えっ、そうなんだ……大丈夫なのか?」
「御心配ありがとうございます。大丈夫ですわ」
「それならいいんだけど……」
「ええ。ただ、東さん。その、夏休みに入った後、もしよろしければ……」
「なんだ?」
「……やっ、やっぱりなんでもありませんわっ。ごきげんようっ!」
光子はそう言い残すと、慌てたようにその場を後にした。
まあ、なんでもないならいいのだけど。
今度、2学期また会った時に改めて何かお礼しないとだ。
「さて、それにしても思いがけず料理のモチベーション貰っちゃったな……。これは一刻も早くLEFにログインしてカレー作りに活かさないと」
現実世界で味覚が無いままだからなんていじけていられない。
スマホはポケットにねじ込むと、俺はこれからのLEF内での計画を立て始めた。
* * *
「はぁ、言えませんでしたわ……。夏休み中チャットしてもいいか、と……」
光子は帰りの送迎の車の中で、小さくため息を吐いた。
「いえ、お嬢様。お弁当をお渡しする姿、大変勇敢でございました」
「その通りです。お嬢様は最善を尽くしました……!」
光子の左右を挟むようにして座るお付きの愛歌と恋歌が励ますように言う。
「そ、そうですわよね? わたくし頑張りましたわ。今日のところは勘弁して差し上げたまで。次こそはもう少し上手く……!」
光子はそう自分に言い聞かせると、
「さて、恋歌。叔父様からの依頼です。"宵の明星クラン"の幹部総員へと連絡を回してちょうだい。『クランリーダーより、集まれる者は緊急で本拠地に集合』と」
「はっ! 承知いたしました。ご用件などは?」
「その場で集まった者にのみ話します」
光子は足を組んだその上に肘を付き、ため息をまたひとつ。
「まったく、叔父様もスパルタですわ。VR世界における人民統治の練習とはいえ、クランリーダーやLEF内の治安維持をわたくしに任せるだなんて」
「お嬢様はいずれ興るであろうVR世界経済の担い手になるお方。これもみなさまが光子お嬢様のご才能に期待されてのことでしょう」
「……担い手など、そんな大層な役割は御免被りたいものですが、叔父様とした約束もありますからね……」
光子は物憂げに車窓の景色を眺めつつ、
「わたくしがその役割を果たす代わりに、LEF内で収集されたプレイヤーたちの味覚情報のビッグデータを【味覚障害の完治プロセス研究】へと提供してもらうあの約束。そうして治療方法が確立されるのであれば、わたくしは……」
光子の言葉に愛歌と恋歌は、
(想い人のため本人に何も言わず身を尽くす光子お嬢様……!)
(素敵すぎます、美しすぎます、格好良すぎますっ!)
((一生ついていきますわ~~~!))
身悶えしそうになる心身を抑えつつ、そんな決意を新たにするのだった。
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