一章〜拠り所〜 九十七話 見えない真意
「どういう意味なんだよ」
「いえ、詳しい話は後ほど致します。まずは、馬車の方へ移動しませんか?」
レイラは、そう言って移動を促す。
ここでは話せない事でもあるのだろうか、秘密主義なのはパメラと共通している。しかし、そういった思惑を匂わせてしまう辺り、パメラのそれには及ばないなとアレルは評価する。
ただ、レイラの提案に逆らう理由もなく、アレル自身早いところ街を出てアリシア達を待たなければならないと感じ、それに従う。
「そうだな。こっちも、やらなければならない事がある時に、のんびり話し込む無能は晒したくない」
「はい、分かりました。では、二人共」
アレルが返事をすると、レイラは未だフードで顔を隠す二人に、合図代わりに振り向く。
それに、フードの二人は頷いて中庭の方へ移動を始める。その際、二人の片方が蓋付きのバスケットを持っているのが気になったアレルだったが、そこにラジーニが声を掛けてくる。
「アレル様、それでは私は馬房から馬を連れて参ります。お手数ですが、車庫の扉を開けていて下さいますか?」
「ああ、やっておくよ。悪いな、最後の最後まで世話になって」
「いいえ、私が勝手にやっているだけなので、お気になさらないで下さい。······では、もうしばらくお願いしますね」
ラジーニは、アレルに微笑んだ後で、夜番の男にカウンターを任せ中庭へと歩いていく。
そうして、中庭へと続く通用口から出ていくラジーニの背を見送ると、自身を見ているレイラの視線にアレルは気が付く。
「えっと、······何か用か?」
他の二人を先に行かせて尚、レイラだけはその場に残り自身を見ていた事に、アレルは疑問を抱く。
昨日の段階では、最初はともかく質問の後はどこか他人行儀で距離を感じる様な態度だった。それなのに、今はまるで侍従ににでもなったかの様に側に居続ける。
その上、レイラは昨日朱羽根と口にしていた。つまり、レイラも諜報に関わる人物だという事で、その真意が判らない以上アレルの警戒心が鎌首をもたげる。
「いえ、パメラ様からアレル様の指示に從えと言われていますので、指示があるまで控えていただけです」
しかし、レイラから返ってきた言葉はそんなもので、アレルはどこか肩透かしを食らってしまう。
「······い、いや、それなら先に行った二人と一緒に行ってても問題なかっただろ?」
「しかし、パメラ様からは目を離すと何をするか判らないところがあるから、可能な限りアレル様から目を離すなと仰せつかっていますので」
その言葉に、アレルは片手で顔を覆ってから、項垂れつつため息を吐く。
「パメラは、俺の事を何て伝えているんだよ」
どこか、迷子になりやすい好奇心旺盛な子供に対する様な評価に、ボソリとアレルはパメラに対して恨み言を口にする。
それに、レイラはクスクスと笑い声をもらす。
「すみません。でも、珍しい······というよりも、今までパメラ様がそこまで気に掛ける方もいなかったので、それがどんな方なのかと私も気になってしまって。それで、昨日はつい出来心で······」
「それで、わざわざ直接薬を持ってきたと?」
「はい、ラジーニさんに部屋の鍵を開けて貰ったのですが、そこにはパメラ様から預かった服と書き置きだけ置いて、ラジーニさんと一緒に私は車庫の方に」
(ってことは、あの時ラジーニとの会話も近くで聞いていた訳か。なんか、盗み聞きされていたみたいで嫌だけど、変に指摘すると反応に困る言葉が返ってきそうだから止めとこ)
アレルは、せめてもの抵抗に、遠回しに盗み聞きを白状したレイラにジト目を向けて、それから通用口の方を指差す。
「まあ、他の二人とラジーニを待たせるのもなんだから、そろそろ車庫に行こう」
「はい」
返事はするものの、動き出そうとはしないレイラにアレルは首を傾げる。
まあいいか、とアレル通用口へと歩き出すが、レイラのその後ろをピッタリ三歩程下がってついてくる。
昨日会っているとはいえ、知り合ったばかりの相手にそんな態度を取られる気持ち悪さに、アレルは思わず足を止めてしまう。
「なあ、敬ってくれてるのは解るんだが、せめて隣を歩いてくれないか? なんか、落ち着かない」
「はあ······アレル様がそう言われるなら」
トトト、と返事をしたレイラはアレルの隣に並ぶ。
どうしてこうなったのか、アレルには理解が出来ない。確かに、昨日のレイラは人当たりが良さそうながらも、どこか壁を作るというか猜疑心の様なものを向けられているとアレルは感じていた。
それが、今日になって急変している事に、アレルは納得がいかなかった。
(なにか思惑があるのか、それとも何か企てがあっての態度なのか······警戒しつつ、探りを入れてみるか)
そう思い立ったアレルは、レイラの反応を見る為に初手から大胆な手を指す。
「昨日と態度を変えたのは、何か企みでもあるのか?」
アレルは、大胆というよりド直球を放り込む。
これが、パメラの様にのらりくらりと相手の目的を探って、それを逆手に取って有利に会話を進めるタイプだったら、こんな手は悪手にしかならない。しかし、レイラの様に実直さを窺わせる人物には、直球こそが相手の真意を探る事の出来る一手である事が稀にある。
故に、アレルは初手から勝負に出た。
「それですか? 昨日の態度が、気に障っていたのなら申し訳ありませんでした。昨日は······詳しくは後で話しますが、アレル様が本当に朱羽根を持つに相応しい方か探っていたのです」
しかし、当のレイラはアレルの警戒などそっちのけで、アレルが訊ねた事に素直に答える。
警戒を強めていた分、肩透かしを食らってしまったアレルは目を丸くしてしまう。
「えっ······と、隠したりはしないんだな」
「はい、朱羽根の方に偽りは失礼になりますから」
歩きながらも、薄く微笑んで答えるレイラに、どこかヤキモキしつつアレルは中庭の車庫の前にやって来る。
その前には、ローブ姿の二人がいるだけで、ラジーニはまだ馬房の方にいるみたいだった。
「じゃあ、後でその辺の話は詳しく聞くとして、取り敢えず車庫の鍵を開けてくる」
「はい」
その時、返事と共に頭を下げたレイラだったが、その腰の辺りでカチャリと物音が鳴る。
それに、アレルは思わず反応してしまう。
「帯剣しているのか?」
「ええ、私は三人の中で護衛役ですし、多少の心得もありますから」
「へえ······」
アレルの生返事を受けて、レイラは改めて頭を下げると、他の二人の方へと駆け寄っていく。
そんなレイラを横目に、『護衛役』という言葉が引っ掛かりつつも、アレルは車庫の扉を開け放った。




