一章〜拠り所〜 九十一話 判らない未来
呆然と、パメラを目で追うアレルに、チラッと様子を窺ったパメラが気付く。
「あらん? アレルちゃんってばぁ、そんなに熱視線を向けてきちゃってぇ······パメラちゃんに見惚れちゃったぁ?」
「違うわッ!」
(理由解ってて訊いてくるから、質悪いんだよな。こういう所······)
原因は、先程の囁きだと解っている筈なのに、わざわざ茶化す様な事を口にするパメラから、逃げるみたいにアレルはそっぽを向く。
しかし、その実心の中では、セドリックを調べる事は危険じゃないかとか、伝えるとはやはりバッジを使ってなのか、等とアレルの心は心配や不安がまぜこぜになっている。
ただ、ふとした拍子にアレルはある事に気が付く。
「なあ、パメラって嫌いな奴の名前呼ばないよな?」
「えっ? ······そ、そんな事ぉ、ないわよぉ」
ギョッ、と刹那的に驚いた表情をしたパメラは、瞬時に誤魔化そうとしたが珍しく僅かに声が上擦る。
それを、アレルは攻め時だと瞬時に判断する。
「じゃあ、ダニーって言ってみろよ」
ウグッ、と痛い所を突かれた様子のパメラは、後退りしないまでも重心が後ろに傾く。
それでも、パメラは負けじと口を動かしてくる。
「ダ······ダ、······大好きなロナの旦那のぉ······ダニー」
最後、誤魔化しきれなくなったパメラは、消え入りそうな程小さな声でダニーの名を呼ぶ。
だが、滅多にないパメラが見せる弱みに、アレルも攻勢を弱める気はない。
「それなら、次はセドリック」
アレルがそう言うと、今度はあからさまに嫌がる。
「せ、性格の悪いぃ······い、陰険なぁ······な、ナルシストぉ」
何やら、しりとりめいたものを始めたパメラであったが、陰険の時点で終わりだと、心の中でツッコミを入れながらアレルは見積もり書の金額を思い出す。
(というか、この世界にもナルキッソスいるのかよ。まあ、神話の話だし似たような話があっても不思議ではないか)
そう思いながらも、アレルはサイドポシェットから手探りで必要な枚数の硬貨を取り出す。
「パメラ、もう良いよ。ほら、購入した物資の支払い、これで足りるか?」
アレルは言いながら、銀貨二枚をパメラに差し出す。
それで、笑顔の仮面を崩さないまでも嫌な顔をしていたパメラは、態度を急変させて銀貨を受け取る。
「んもぉ、アレルちゃんってば私で遊んだわねぇ?」
「人聞きの悪い言い方をするな。というか、毎回俺で遊んでいるのはそっちだろ?」
アハハそうだったわねぇ、とパメラはアレルの追求から逃れるみたいに、くるりと身を翻す。
それに、アレルが相変わらず切り替えが早いなと思ったところに、ロナが口を挟む。
「ちょっと待っておくれよ。銀貨二枚って、さすがに高くないかい?」
「そうでもないわよぉ。まあ、実際の金額は銀貨一枚程度だけどぉ、ロナ達と同じで私もアレルちゃんに偽装としてウチの商材を預けているのねぇ。たぶん、アレルちゃん的には担保代わりに多めに渡したんじゃないかしらぁ」
どうかしらぁ、とパメラはアレルの顔を覗き込む様にして訊ねる。
そんな、人の心を読んだかの様なパメラの言葉に、頭を掻きながらアレルは辟易する。
「まあ、そんなとこだ。売り物にならなくなったら、申し訳ないしな」
「そうは言ってもぉ、箱にはウチの屋号を焼印してあるし、手出ししてくる様な人はいないと思うけどねぇ」
そう、ケラケラと笑うパメラに、ロナは何とも言えない表情を向ける。
「そりゃあ、アンタの所の商会は組合の会合でも、ビビっている連中いるぐらいだしね。終いには、アタイにパメラとの繋ぎ役を頼んでくるぐらいだから」
「あらぁ、私まだあの人達には何もしてないはずよぉ」
パメラは、片手を頬に当てながら首を傾げる。
「そんだけッ、アンタの悪名が轟いているんだよッ! はぁ、大体そこの馬車だってタタンのヤツから巻き上げたんだろ?」
「だってぇ、それはアレルちゃんからお金を騙し取ろうとしていたからでぇ、アレルちゃんの為だと思って私も心を鬼にしたのよぉ」
「ああ、それでかい。なら、それは仕方ないねぇ」
アレルの為だと聞いたロナは、そう言ってタタンに関する文句を取り下げる。
しかし、アレルは自身にそこまで肩入れしてくれている二人に感謝しつつ、姉妹揃ってタタンに対する思いやりが無さすぎるだろと、心の中でツッコミを入れる。
そこで、アレルはふとした疑問を口にする。
「ロナは、組合の方に顔が利くんだな。それと、パメラの商会ってそんなに凄いのか?」
「ああ、アタイも組合員だし会合にもちゃんと顔を出しているから。まあ、パメラからの紹介だったせいで、最初こそ距離取られていたけどね」
アハハ、と当時の困り事を笑い話にするロナ。一方で、パメラはあのねぇと、人差し指を下唇に当てて話し始める。
「アレルちゃんがどう思っているか判らないけどぉ、ウチって結構な大商会なのよぉ。アレルちゃんならぁ、解らなくもないでしょぉ?」
「ああ······まあ、確かにな。今朝の連中も、頼みの綱みたいな言い方してた気がするし」
そこで、今度はロナが首を傾げる。
「今朝の連中って、何さ?」
「ああ、それは──」
「西方の商会の連中よぉ。私に門前払いされた腹いせにってぇ、目に付いたアレルちゃんに八つ当たりしてきたらしいのぉ」
困った話よねぇ、とパメラは何故かアレルの言葉を遮ってまで、自分でロナの質問に答える。
その違和感にアレルは首を傾げるが、ロナはへぇとあまり興味を示さない。
「アンタも、アレルさんに迷惑掛けるんじゃないよ」
「そうねぇ······ゴメンねぇ、アレルちゃん」
ロナに促され、パメラはテヘッと両手を合わせて謝る。
何かがおかしい。そうは感じるものの、危機感がない話題のせいかアレルはいつもの直感を働かさせられない。
それでも、隠し事があるのはパメラの常かと思い、アレルはその場での追求はしない事にした。
そこへ、話が一段落したせいかロナが伸びをする。
「さて、アタイはそろそろ帰らせてもらうよ。あまり、難しい話にはついていけないからね」
「じゃあ、私も帰ろうかしらぁ。色々とぉ、やらなきゃいけない事もあるしぃ」
「そうか······二人共、ありがとな。世話になった」
特に引き留める理由のないアレルは、そうして二人への感謝を口にする。
だが、そこでロナが急に声を上げる。
「そうだッ! 忘れるところだったよ。あのさ、ダニーから自分が無理だったら代わりにアレルさんに言っといてくれって、言われていた事があったんだよ」
「言っとく事?」
「ああ、二つあるんだけど、まずアレルさんは、長剣の他に使いたい武器があるとか希望はないかい?」
それは、まさしくダニーらしい質問で、アレル自身も気になっていたところでもあった。
確かに、長剣ならば対峙した相手の間合いをはかりやすいが、両手剣に分類される長剣は汎用性がイマイチなイメージがアレルにはあった。
それ故、状況に応じて戦い方を変えるかもしれない自分には、もう少し汎用性の高い武器の方が向いているかもしれないと思っていた。
「それなら、汎用性のある剣とか頼めるか? 両手片手問わず、状況を選ばずに使える様なの」
「あいよ、伝えておくよ。それと、もう一つはただの伝言。もし、メルキアに行く事があったら、デムルっていうドワーフを訪ねると良いってさ。どうやら、ダニーの師匠らしいんだ。だから、ソードクラッシャーを見せればダニーの知り合いって判るらしいから、助けてくれるだろうって」
「デムルだな、分かった」
ロナに、そう答えるアレルは、まだ見ぬメルキアという都市に行く日なんて来るのだろうかと、自身の先行きすらも見通せずにいた。




