一章〜非望〜 九百八話 理由はそれぞれに
正直に言えば、疾風の全力疾走に耐える為にゴーグルを求めているので、特に急いで手に入れる必要がないものではある。しかし、この先で予測の出来ない事が起きた際に疾風の脚が必要になるかもしれない。
そう考えると、何時でも構わないというよりかは可能な限り早めに手に入れておきたい道具ではある。
「なあ、その命の危険っての······何で、そこまで拘るんだ?」
そう考えるアレルは、取り敢えず男性がどうして品物を出し渋るのかを探る事にする。それに、男性は少しだけ考える素振りを見せた後でなに簡単な話だと前置きをする。
「そりゃ、あれだよ。いるだろ? 使えもしなければ、使う気も無いのに実用性の高い物を手にして満足する奴が。でも、そういう希少で効果の高いものを、お貴族様なんかのお遊びなんかで腐らせるのは勿体ねえってだけの話だ。兄ちゃんも、ただ目が乾くってぐらいなら安物で充分だよ」
素直に話す男性の言葉から、アレルは貴族に対する嫌悪感と道具に対する真摯な想いを感じ取る。
ただ、男性が商人であるのなら貴族は金払いの良い太客ってやつの筈で、その貴族を毛嫌いしているのはどこか妙に感じる。なので、そこからアレルは男性が元々雑貨屋なんて営んでいなかったのではと思い始める。
「······もしかして、元兵士か何かか?」
その瞬間、薄暗い店内であっても判る程に目を見開いた男性は、我に返ってからまさかと小さく呟くとカウンターから身を乗り出してまでアレルへ訊ねてくる。
「兄ちゃん、アンタどこからこの店にやって来たんだ?」
その質問に、アレルは町の外からという意味ではなく、おそらく宿の場所を訊ねていると思い素直に答えるか逡巡する。
こんな雑貨屋に何が出来るのかとも思うが、同じ町の中での付き合いとなるとホルストへ迷惑をかけてしまう可能性がある。なので、アレルは再度男性の思惑を探る為の一言を挟む。
「それが、何にどう関係するのか教えてくれるなら答えるけど?」
すると、男性はかぁ〜っと実に面倒臭そうな声を出しながら頭を掻き、もういいやとそれまでの態度を改める。
「アンタ──いや、あの商会の関係者にアンタは失礼でしたね」
商会と、確かに口にした後の男性の態度の変化に、アレルとしても自身の警戒が杞憂だった事を知る。なので、そこからはアレルも話しやすい空気を出した方が良いと考える。
「いや、構わねえよ。言葉遣いを気にして、話したい事が話せないのはこっちとしても面倒だ。俺も、こんな話し方をしてるしな」
アレルがそう返すと、男性はそりゃ助かるぜとカウンター内で腰を下ろす。そして、アレルが何も言わずとも男性は自らの事を話し始める。
「俺はよ、以前魔物討伐でとある貴族に徴兵された事があるんだが、その時に貴族ってやつにウンザリしてな。まあ、何があったかは察してくれとしか言えねえが、とにかく使いもしねえ奴の手に優れた道具が渡るのが我慢ならなくなった訳よ」
察するに、その貴族は金に物を言わせて装備だけはさぞや立派に整えたのだろう。しかし、いざ魔物との戦闘になった際に、その貴族が装備に見合った働きをしなかった為に男性は酷い目に遭ったと考えられる。
それならば、先程の様な態度にも納得出来るし、こちらの目的が乗馬程度と思って見合わない道具を出し渋った事にも辻褄が合う。ただ、そこに関しては目的を誤魔化したアレルにも悪い所はあったので、誤魔化した事にはアレルも頭を下げる。
「そうとは知らず、商品を出し渋られている事に思う所があって、こちらも探る様な言い方をしていた。すまない」
「それこそ、構わねえよ。普通、あそこまで言われれば腹立てて他の店に行くだろ。それなのに、兄ちゃんはここに留まった上にあの商会の関係者だっていうなら、こっちとしては恩返しみたいなもんだからよ」
「恩返し?」
思わず、アレルは想像ではどうにもならない部分に対して訊き返してしまう。それに、どうして男性が商会の事に気付いたのかも気になる。
それが顔に出ていたのか、男性はまずはとアレルが手にしている案内図を指差す。
「それ、大して役に立たない筈なのに、この店の場所だけは正確に手書きされてるだろ? ウチはな、本当に効果のあるもを商会のツテで仕入れさせてもらっててな。だから、兄ちゃんが泊まっている宿の人間も、ここなら兄ちゃんの欲しがる物があるかもしれないと手書きで書き込んだみてえだな」
言われて、案内図へ視線を落としたアレルは改めてホルストへ感謝の念を抱く。そんなアレルが何も口にしないからか、男性はそのまま続ける。
「それでよ、兵役を終えた時に、せめて俺だけでも馬鹿な貴族には良いもんを渡さねえ店を作りてえって店を始めたんだが······まあ、大失敗してよ。かなりの借金を重ねちまったんだが、そん時に俺は女神に助けられた訳よ」
その女神という言葉に、アレルはまさかとは思うがアイツじゃないよなと予想が外れてくれる事を密かに願う。
「商会には、金を借りた──というより、信用買いみたいなもので商品を先に卸してもらっていたんだ。それ以前に、抱えていた借金を肩代わりしてくれた上で、返済先を商会一つに絞ってもくれた訳よ。そこまでされちゃあ、俺も男だ。義理を果たさなきゃならねえって、身を粉にするつもりで働いてるんだよ。······我が女神、パメラさんの為にな!」
その最後の一言に、アレルはやっぱりかとまるでコントの様にガックリと肩を落とす。それでも、何とか持ち直したアレルは、ここで話に割り込まないとパメラについて熱く語られそうだと感じ、話を戻す為に言葉を絞り出す。
「それで、その女神に関する話は置いといて、俺が欲しているものは出してもらえるのか?」
「ん? ああ、別に構わねえんだけどよ、兄ちゃんが乗るのが普通の馬程度ならそんな物要らねえだろ? なんか、訳ありなのか?」
確かに、こちらの馬は元の世界の馬に比べて魔物などへの脅威がある所為か、走力も馬力も普通のラウンド種の方が高い。それでも、騎馬として戦うならば重い鎧を身に着ける為に、走行風の事など考慮する必要がない程に速度は低下するだろう。
しかし、アレルが騎乗するのは起源種と目されるオニキス種の先祖返りとして生まれた疑惑のある疾風だ。つまり、その走力も馬力もラウンド種と比べると桁違いで、ルビー種との混血であるカルボとグラフでも追随する事は難しいだろう。
ただ、サニーミードへの道中での面倒な連中に絡まれた事を振り返るアレルは、それを素直に話して大丈夫かと不安に感じる。そんなアレルの返事を待つ男性を前に、アレルは素直に話すか、それとも上手く誤魔化すかで大いに悩むのであった。




