一章〜非望〜 九百話 不可思議な位置関係
サニーミード──国境において関所としての役割も担うリバッジの、その一つ手前の宿場として作られた町。
その町は、外壁も高く町内には籠城戦を想定してか、食料に武器、それから補修の為の資材などを貯蔵する施設もある。更に言えば、外壁の素材には魔法効果が減弱される鉱石が使われているらしく、国境が突破された時の事を想定した砦としての役割もあるのかもしれない。
その為か、町の形は簡素な円形でありながらも、壁の内と外を繋ぐ門は南北の二箇所だけ。それも、その厚みで堅固さを見て取れる外門と、外敵の侵入を防ぎながら攻撃も出来る格子状の内門が設置されている二重構造になっている。その間はほんの三m程しかないが、一時的でも敵の足を止められるのであれば充分なのだろう。
町中まで入ると、町の建設時に侵略者からの防衛を想定して造られた事が良く解る。
町の中は、大通りが何故か町中をぐるりと大外を回って徐々に内側へと入っていく仕組みで、その流れに逆らって動こうとすると建物と建物の配置がまるで迷路の様な構造を作り出していて、初見ではほぼ確実に迷わされる様になっている。ただ、そういった作りの為か宿場としての体裁も一応は整えられており、比較的町の外側に宿や飲食店に鍛冶屋や雑貨屋など旅に必要な店が集められている。
しかし、アレルには不思議に感じる所もある。
仮に他国からの侵略を想定しているなら、町は街道から外れているとはいえ街道の東西への動線があるので、王都を背後にする西側への警戒を強めに感じるのが普通の筈だ。それなのに、壁から離れた町の中心に重要施設を置くのは当たり前として、それ以外の貯蔵施設などは幾つかに分散して町のあちこちに設けられている。それは、一見危険の分散にも思えるが、西側からの侵略を想定するならば東側に多く配置されているべきだ。
それらは、宿を探すついでに見て判った事なのだが、サニーミードとリバッジの位置関係までもを踏まえると違和感は更に増してくる。何故なら、サニーミードは街道の南側に外れていて、西側から侵略するならば王都へ直線的に進む場合無視する事も出来る。だが、逆に東から国境へ進軍する場合は、リバッジを攻略中の敵に対して背後を挟撃出来る位置にサニーミードは存在している。
一応、リバッジ攻略後に王都へ向けて進軍する敵の背後や補給線を狙えない事もないが、サニーミードの位置的な脅威としては東側からリバッジへ進軍する場合の方が怖い。その理由も、前者の場合は補給線を狙われた場合でも攻略済みのリバッジを守りとして再利用する事も出来るし、本隊は進み続けられさえすれば追撃を振り切る事が出来る可能性も残る。逆に、後者の場合だとリバッジ攻略で足を止めた背後にサニーミードからの挟撃を受ける可能性があり、その脅威の排除からやろうとすればリバッジや他の町からの援軍がやって来てサニーミード攻略戦が長引く恐れも出てくる。
更に言うなら、その後者の場合だとリバッジとサニーミードのどちらを先に攻撃しても、リバッジを挟んだ川向うには辺境伯の盟友である大公率いる公国軍という援軍が控えている。なので、東側からの侵略を考えた場合はそもそも長期戦になる事自体が悪手であり、長期戦になる事を匂わせる位置にあるサニーミードは存在そのものが厄介だと言わざるを得ない。
但し、その高い脅威度もルクスタニア側から公国へ攻め入る形の場合に最も効果を発揮する形だ。その事が、ある意味で一番の違和感を感じさせる要因となっている。
それというのも、何故王都側はサニーミード建設の折に、その戦略性を見過ごした上で辺境伯に対して叛意の疑いがあるとしなかったのかという疑問が生じるからだ。可能性だけなら、西への対処はティエルナと接するクレイル領が対岸にある町やその南に位置するセプルスの方が優先され、リバッジ側はルクスタニア王族であった大公が治める公国への配慮からあからさまな防衛策を取らなかったとも考えられる。
しかし、現在では辺境伯の私軍と公国軍の兵士が互いに国境へと入り睨み合っているという話もある。それも見せかけであるとは聞いているが、それでもまるで今回のクーデターを予期していたかの様なサニーミードの位置だけは気になる。
仮に、クーデターの事が予期出来ていたなら、それが起きる前に主犯格を捕縛するなりなんなりで止める事は出来たかもしれない。だとすると、予期していたが防げなかった理由があるのか、もしくは予期などしておらず念の為の備え的なものだったとも考えられる。
何にせよ、もしクーデターを起こした王都側がアリシア達が向かう公国へ攻め入ろうとした場合、このリバッジとサニーミードの位置関係は堅固な守りとして機能する事は間違いない。ただ、それも辺境伯が味方であった場合に限るし、味方であっても暗殺でもされれば意味がなくなる可能性も出てくる。
そう考えるアレルは、本当に色々と複雑な状況や事情が重なり合った上で、かなり微妙な均衡が保たれているのが現状なんだなと理解する。もし、その均衡が崩れる事になれば、ルクスタニア全土を戦火が焼き尽くすなんて事もあるかもしれない。
「そうさせない為にも······だな」
誰にも聞こえない様に唇だけ動かす形で呟くと、アレルは頭を切り替えて宿探しへ意識を集中し始める。
今は何を置いても、アリシアの身の安全を確保するのが最優先である事には変わりない。町の配置などにどの様な思惑があろうと、現状では直系王族のレグルスを擁する王都側に対抗出来る血筋は妹であるアリシアしかいない。直系というだけなら大公もその一人ではあるが、継承権を自ら破棄して新興国の国主となっている大公では、現在の空位となったルクスタニアの王位争いにおいてレグルスに劣る。
それ故に、例え王都側が国王暗殺の嫌疑をアリシアへかけようとも、王位継承権第一位のアリシアの存在だけがレグルスに対抗し得る唯一の御輿足り得る。そこに、兄妹で争わせるのかという葛藤も生じるが、これまでの王都側の行いがあまり人道に反するので、これ以上の非道を許さない為にはレグルスから継承権を剥奪する他ない。
継承権さえ無くなれば、いくら王族とはいえ王座に居座る簒奪者でしかなくなる。そうなれば、レグルスを擁する者達の正当性は失われ、他国の協力も得た上で討伐軍を編成する事も可能になるだろう。ただ、他国からの協力を受け入れた場合、戦後に何を要求されるか判らないので自国だけで片付けるのが望ましい形だろう。
それでも、アレルは現状では劣勢だろうとアリシアの方にこそ勝算があると考える。『銀髪の乙女』、ルクスタニアにおいてその始祖の言葉がある限りアリシアの存在そのものが正当性の証明となり得る。
そこに関しては、王都側が何をしたところで決して覆す事の出来ないものが在る。古き伝承と、それもそう言い捨ててしまえばそれまでなのかもしれない。だとしても、国に住まう人々に対する想いがあるアリシアにとっては、きっとそれはアリシアがその手を自らの望みに届かせる為の追い風を起こしてくれる。
そんな時まで、自身がアリシアの傍にいられるかなんてアレルには判らない。でも、それでもアリシアの望みがその先にあると言うのなら、本当にアリシアを守れる誰かの所までは自分がアリシアを守ろうとアレルは自らの想いを強くする。




