一章〜非望〜 八百五十五話 仕上げのその前に
後は焼くだけとなったものの、肝心の調理器具に丁度いいものが無いなとアレルは荷台の荷物を漁っていく。コルトでは、急ぎでダッチオーブン風の器具を作ってもらったが、それも今回のものには少し適さない様にアレルは感じる。
すると、器具の中に一つだけ良さそうな形の物を発見し、アレルはそれを手にするとどう使う物なのかとマジマジ観察し始める。
「それ、使うの?」
「そう思ったんだけど、使い方が少しな······」
形は、キャンプ動画で目にする様な焚き火台の様に足が付いたものの上に金網がくっついている。しかし、金網までの足の長さに余裕がない為に、アレルは金網の下に普通に火の付いた薪を置いたら黒焦げになるよなと考える。
その形から、ロースターと呼ばれるものなのだろうが、使用経験の無いアレルはさてどうするかと悩む。
「それが使えないと困るの?」
アレルがそんな様子だからか、それを見ているアリシアからも疑問の声がよく出てくる。
「まあ、使えないなら使えないで、多少強引にやれば他でも出来なくはない。でも、調理姿が不格好だと作ってるものも美味しそうには見えないだろ? だから、そういう姿を見せない様に調理にも演出は必要だと思うんだよ」
何の料理かは覚えていないが、肉料理かデザートの仕上げを客席で行うサービスあったのをアレルは元の世界の記憶から引っ張り出す。あれも、香り付けを客の目の前で行う事で、視覚的にも嗅覚的にも食欲を唆らせる演出の一つだ。
ただ、そういった事で食事が更に美味しく感じるならば、逆に目の前で食材を焦がしたりなんてしたら以降の食事を不味く感じさせる事もあるだろうとアレルは考える。
だからこそ、アレルは使用経験の無い調理器具を使う事に躊躇いを覚える。
「アレルの言う事は解るけど、失敗しても料理が作れないままよりは良いんじゃない?」
アリシアの言葉に、アレルはロースターを手にしながら、う〜んと唸り声をあげる。
「それもそうなんだけど······まあ、悩んでいても仕方ない。取り敢えず、やるだけやってみるか」
そう言って、いつまでも悩んでいたって仕方ないと色々割り切ったアレルは、ロースターと具材をのせた黒パンが載ったトレイを手にしようとする。しかし、アレルが手を伸ばしたトレイは、アリシアによって先に持っていかれてしまう。
「こっちは、私が持っていってあげるっ」
「······じゃあ、頼むよ」
「うんっ!」
最後の方は、ほとんど調理を手伝えなかったから何かやりたかったんだろうと、アレルはアリシアの行動理由を察する。
そうして、荷台を降りようとした所で大事な事を一つやり忘れている事を思い出したアレルは、荷台を降りる直前で足を止めてしまう。
「アレル?」
「悪い、先に行っててくれるか? 瑠璃のご飯を作ってから、そっちに行くよ」
「あっ、そっか。それなら、私は先に行ってるね」
足を止めた理由を説明しながら道を譲るアレルに、納得した反応を返したアリシアはアレルの横を通って先に荷台から降りていく。
その後姿を見送ってから、アレルはロースターを適当な所へ置いて蜂蜜と水に手を伸ばす。それから、小皿とスプーンを用意して蜂蜜水を作り始める。そうはいっても、この旅の中で最も多く作っているのが瑠璃の蜂蜜水な訳で、作り始めてしまえばそう時間が掛からない内に作り終える。
そうして、瑠璃のご飯を用意し終えたアレルは、後はアリシア達と自分のを作らないとと蜂蜜水とロースターを手に荷台を降りようとする。しかし、外には焚き火の前にミリアが置いたであろう木箱が一つしかないので、もう一つぐらい持っていくかと思い留まる。
なので、蜂蜜水とロースターを中身が空の木箱の上に乗せて、アレルはその木箱ごと持ち上げて荷台から降りる。すると、先に降りていったアリシアの姿を焚き火前で見つけ、その近くでは袋に入った種実類をまるで小動物みたいに黙々と口へ運ぶミリアの姿もある。
そんなミリアの姿に、成る程確かに小動物みたく頬が膨らむ事はないんだなとアレルは思う。ただ、メリルの姿が見当たらないなと思っていると、そんなアレルの意識の外になっていた隣から声が掛けられる。
「あの、食器とか用意した方が良いですよね? あっ、鍋の方は今アンネに見てもらっているので大丈夫ですよ」
「へ? あ、ああ······やってもらえると、助かるよ」
不意を突かれた所為か、一瞬ビクッと肩を震わせてしまったアレルだったが、直ぐに返事を返してどうにか誤魔化す。その状況を整理すると、アリシアが荷台から降りた時点で食器などを用意しようとしたメリルだったが、その時はまだ中で瑠璃の蜂蜜水を作っていたので荷台へは上がらずに馬車の横で待っていたのだろう。
そう察したアレルは、何だかメリルに対して申し訳なく感じて焚き火へ向かう前に一言声を掛ける。
「······なんか、気を遣わせたみたいで悪かったな」
「いえ、気にしないで下さい。いつも助けられているのは、アタシ達の方なんですから」
ニコッと、柔らかく笑うメリルから妙な威圧感などは感じない。気の所為なのかもしれないが、不思議とメリルがスッキリしたみたいな様子が感じられる。
それに、まさかとは思うがミリアを叱った事でストレス解消してるのではと、アレルは考えてしまう。
「······まあ、俺はあっちでもう少し焼いたりするから、そっちは頼むな」
「はい、任せて下さい」
そう返して、メリルは気持ち軽やかな足取りで荷台へと上がっていく。何にせよ、メリルの機嫌が良くなったならそれで良いかと、触らぬ神に祟りなしと思うアレルはあまり深く考えずに焚き火前へと移動する。
「あっ、アレル! ルリちゃんのご飯は作り終えた?」
「ああ、この通り作ってきたよ」
言いながら、アレルが木箱の上の蜂蜜水を見せると、アリシアの肩に止まっていた瑠璃がヒラヒラとアレルが持つ木箱まで飛んでくる。
──主様、ありがとうございます!
「ルリちゃん、後で一緒に食べようね。それで、アレルはまだ何かやるの?」
瑠璃への一言から、流れる様に訊ねてきたアリシアに、アレルは適当な所へ木箱を下ろしながら応える。
「ああ、これからパンを少し焼こうかと思ってさ。上手くいくかは、ちょっと微妙だけどな」
そんな答え方に、首を傾げるアリシアだったが、それなら言葉で説明するよりも実際にやって見せた方が早いだろうとアレルは考える。なので、アレルはロースターを手に頭の中で手順を確認するのであった。




