一章〜拠り所〜 七十六話 知らないはずの文字
どこか意気消沈といった様子のパメラは、アレルに背を向けて荷台の端にある木箱に近づく。
一方で、手持ち無沙汰のアレルは、パメラから受け取ったメモ帳の様なものをパラパラとめくる。
(にしても、意外だったな。平然と俺の事をからかってくるから、脱いだりに抵抗のないタイプなのかと思ってた。それが、あんなに顔を真っ赤にするとはな······攻められると弱いのか?)
アレルは、少しやり返してやれぐらいの軽い気持ちだったにも関わらず、パメラの意外な一面を掘り起こしてしまった事に罪悪感を感じる。かと言って、今更謝ったところで話を蒸し返すだけだしなと、アレルは思う。
すると、パメラが顔は木箱を向いたままでアレルに手招きする。
「まずは、手近なこの箱からねぇ。それでぇ、この中には調理器具が入っているけど、これが『包丁』ねぇ」
呼ばれるままにアレルがパメラに近づくと、箱の中を指差した後で目録の方をアレルに見せる。
目録のパメラが指差す所には、七つ程の文字の羅列が書かれている。文字自体は、ギリシャ文字を変形させたものの様にアレルには見え、七つの内二文字だけ同じものが使われている。
「これが、公用文字なのか? 同じ文字が二つあるのは何でだ?」
「それはぁ、主文字って言うのぉ。公用文字はねぇ、五つの主文字と二十一の副文字から出来ているのよぉ」
(五つの主文字と、二十一個の副文字······合わせて二十六って事はアルファベット!? それが間違っていないなら、公用文字の使われ方はローマ字とそう変わらないはずだ。つまり、使われている文字とアルファベットを対応させられれば、覚えるのはそう難しい事ではないな)
そもそも、言葉が通じるなら発声時の音を基準に、その音を表す文字を作るのが普通だ。加えて、同じ人類同士ならば発声可能な音の種類も限られる。
故に、公用文字がローマ字と似通ってしまうのは必然なのかもしれないと、アレルは考える。
そして、その推測が正しいかを確かめる為に、パメラに訊ねる。
「なあ、公用文字って副文字の後ろに主文字をつけるのが普通か?」
「ええ、そうよぉ。アレルちゃん、知ってたのぉ?」
まるで、使い方を知っているかの様なアレルの口振りに、パメラは戸惑いつつも首を傾げる。
「いや、似たような法則の文字を知ってただけだ。だから、公用文字に関しては二十六文字の一覧表みたいのがあれば、俺の知ってるやつと比較して覚えられると思う」
「それならぁ、ウチの子に頼んだから持ってきてくれると思うわぁ。でも、それならぁ······公用文字はいいとして、荷物の確認だけしましょうかぁ? ルクスタニア文字はぁ、ウチの子が持ってくる物がないと教える事が出来ないからぁ」
「ああ、頼む」
そうして、パメラは目録と照らし合わせながら、アレルに荷物の確認をさせていった。
その中でアレルは、物品と目録の文字から、公用文字に対応するアルファベットを特定してメモ帳に一文字ずつ書き記す。
荷物の中には、食料の他に調理器具一式、食器、毛布をはじめとした野営道具などがあり、それとは別に飼葉や馬用の水などは馬車の外側に取り付けられていた。
ただ、その中で一つだけ、意味不明な木箱があった事にアレルは首を傾げる。
「なあパメラ、この女の子セットって何なんだ? 化粧品とかか?」
「あ〜、それねぇ······」
アレルの疑問に対して、パメラは人差し指を自身の顎に当てて、視線を上に向ける。
それは、アレルにどう伝えるべきかを思案している様だった。
「パメラ?」
「ううん、何でもないわぁ。それはねぇ、アレルちゃんには必要ない物なんだけどぉ······女の子も一緒なんでしょぉ? 必要なければいいんだけどぉ、一応持っていた方が良いかなぁって物よぉ」
何故か、はっきりしない物言いのパメラに、アレルは訝しげな視線を向ける。
「また、何か隠し事か?」
「う〜んとぉ、そういう訳ではないんだけどぉ······」
と、尚も歯切れの悪い様子のパメラだったが、何かを閃いたのか一瞬目を光らせる。
「あのねぇ、説明するには女の子の体の仕組みを説明しなくちゃいけないからぁ、パメラちゃんの体で教えてあげよっかぁ?」
パメラは、そう言いながら蠱惑的に身体をくねらせる。
それに、アレルは思わず視線を逸らしてしまったのだが、それが悪手だった。
「だから、慎みを持てってさっきも言っただろ?」
「え〜、でもぉパメラちゃんの裸を見たいって言ったのも、アレルちゃんよねぇ?」
先程の意趣返しなのだろう。パメラは、アレルに接近しながら胸元に指を引っ掛け、谷間を強調してくる。
ただ、それを視線を逸らす事で耐えていたアレルだったが、先程の反省もあり自ら白旗をあげる。
「ああッ、もう解った! さっきのは、俺が悪かったし女の子セットに関しても訊かないから、いい加減離れろッ!」
そのアレルの白旗宣言に、パメラはニンマリと実に満足そうな笑みを浮かべる。
「ウフフ、やったわ! 仕返し、上手くいっちゃったッ」
嬉々として、パメラは笑顔を浮かべながらクルクルと回ってアレルから離れる。
一方で、アレルはパメラの執念深さに肩を落とす。
「······反省してたのが、馬鹿みたいだ」
「あら? そうやって、初心なアレルちゃんもカワイイわよ?」
そこで、仮面を被るのも忘れる程に喜んでいるパメラとは違い、幌が捲くられたままの荷台後方の気配にアレルは気が付く。
「······意趣返しも構わないけどな、良いのか? アレ」
と、アレルは親指でパメラに荷台の外を見る様に促す。そこには、数冊の本と四つ折りにされた紙を持つ商会の人間だった。
それに気付いたパメラは、瞬時に笑顔の仮面を被り、ツカツカと商会の人間に詰め寄る。
「えっと······パメラ様、その、頼まれた物をお持ちしました」
そう言って、商会の人間は手にしていた物をパメラに差し出す。だが、パメラは礼も言わずにそれを奪い取るように受け取る。
「ねぇ、あなた何か見たぁ?」
「はい?」
「もし、何か見たならぁ······見なかった事にして、さっさと忘れなさい。良いわね!」
「はっ、はいぃ! 失礼しましたぁ!」
パメラの脅しに、商会の人間は有無を言わさず納得させられ、まるで逃げ出すみたいにその場から立ち去った。
(とんでもないパワハラだ。あまりにも、理不尽過ぎる)
そんな事を思いながらも、落ち込んだ様子のパメラにアレルは声を掛ける。
「良かったのか? あんな言い方で?」
それに、パメラは不満そうな視線を返す。
「アレルちゃんのせいでしょ? 良いわよ、後でどうにかするからッ!」
ドンッ、と文句と共に押し付けられた数冊の本を、アレルはどうにか受け取る。
「なんか、マズイ事でもあるのか?」
落ち着き払ったアレルの声に、パメラも熱くなっていたのに気付いたのか、一度ため息を吐いて冷静になる。
「あのね······あのねぇ、私にも立場っていうのがあるのぉ。······私も、アレルちゃんの前だからって、油断し過ぎていたけどね」
わざわざ言い直したにも関わらず、呟きに関しては素が出てしまっている事から、パメラが落ち込んでいる事をアレルは察する。
その様子から、しばらくそのままにしておいた方が良いだろうと、アレルはおもむろに手にしていた本を一冊残して、残りを近くの木箱に置く。
(公用文字の方は、メモ帳と一覧表を見比べればなんとかなりそうだし、一度ルクスタニア文字ってやつを見ておくか)
そう思い、アレルは本を開いた。
「······遥か昔、ルクスタニアが建国されるよりも前に一人の男がいた。白銀の髪に、光り輝く聖剣を携えた男は、後に英雄となる──って、何で読めるんだ?」
開いた本の冒頭、何故かスラスラと読めてしまった事に、アレル自身が驚く。
それには、落ち込んでいたパメラも続いて驚き、疑問を投げ掛ける。
「アレルちゃん? 嘘ついてた、訳じゃないわよねぇ?」
「そんなくだらない嘘、ついてどうするんだよ?」
「そ、そうよねぇ。でも、それならぁ、どうして読めないなんて言ったのぉ? おかしくなぁい?」
直前まで、落ち込んでいたとしても、パメラの頭の回転は早い。
嘘でないなら、アレルがルクスタニア文字を読めないと言った理由は一つか二つに絞られ、それもアレル自身が驚いている事で特定出来てしまう。
アレルは、訊き返してきた時点でパメラが確信に近いものを持っていると感じて、誤魔化す事を諦める。
「······なるべく、知ってる人間は少数に留めておきたかったんだけどな。実は、記憶喪失なんだよ」
「······へ?」
しかし、想定していただろうパメラは、今まで見せた事のない無防備さでキョトンとした表情を晒す。
そんなパメラの様子から、アレルは自ら墓穴を掘ってしまったかと、後悔するのであった。




