表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか神殺しのアマデウス  作者: 焼き29GP
第一部 王国の動乱
7/870

一章〜拠り所〜 七話 名演

「いいから、早く私達を解放しろッ!!」


「ハンッ、やなこった。デジルの奴が、あの小娘を連れてくるまで大人しくしてな」


 アレルは、自身の右手を伸ばして、アリシアに足を止めるように無言で指示する。

 そして、アリシアをその場に残して、アレルだけが身を隠しながら更に近づいていく。


「まったく、デジルの奴も人の話も聞かずに行っちまいやがって······この二人を人質にすれば、簡単に最後の一人も捕まるってのによ」


 二人を捕えた騎士は、実に気怠げに文句を口にする。

 それに、捕まっている片方が歯噛みする。


「くっ!!」


「ごめんなさい、ミリア。アタシが、でしゃばったばかりに······」


「いえ、姉さんのせいでは······」


 そんな話を聞きながら、アレルがその場所を覗える所まで来ると、少し開けた場所で二人の女性が背中合わせで、後ろ手に両手を縛られているのが確認出来た。

 更に、その二人は縛られている両手の間を一本のロープで繋げられており、どちらか一方だけが、逃げたり動いたり出来ないようにしてある。


「ヘッ、美しき姉妹愛ってか」


 そして、二人を繋いだロープの先を持つのが、騎士鎧を着た軽薄そうな男だった。

 その男は、着慣れず息苦しかったのか、兜を脱いだ上で鎧を窮屈そうにしている。


(俺が、放置してきた方はデジルって言うのか。それにしても、厄介な兜を脱いでいるのは好都合だ。さて、方法はいくつか思いつくが······どうするのが良いかな? やっぱり、戦闘を回避する方向でいくか)


 そう決心すると、アレルは敵に見つからない様に身を隠し、アリシアに対してその場に隠れている様に、身振り手振りで伝える。


「(アリシア)(そこに)(隠れてろ)」


「?」


 アリシアは、アレルの身振り手振りを受けて、自分や地面を指差したり、両手で頭を押さえる仕草をする。

 そして、最後に首を傾げる。


(······伝わってないな。まあ、いいか。面倒だけど、直接伝えに行けばいいだけだし)


 そうして、アレルはもう一度物音を立てずに、アリシアの元へ戻る。


「あの······先程のは?」


「ここで、隠れていてくれって言いたかったんだ」


「あっ!? そういう意味だったのですね」


 声をひそめて話す中、ようやく得心いったアリシアに、アレルはどこか身体から力が抜けていく感覚を覚える。


「まあ、とにかくアリシアは隠れていてくれ。あっちの二人は俺が助けるから」


「どうするのですか?」


「説明しなきゃダメか?」


 何となく、アレルはこの場で作戦内容を話すことで、想定外の事態が引き起こされそうな気がしていた。

 それは、ただの偶然なのかもしれないし、知る人間が増える事による集合的無意識からの影響なのかもしれない。


 しかし、こんな時の不吉な勘や、ジンクスなどは馬鹿に出来ない。


 すると、そんなアレルの隠した胸の内を察したのか、アリシアはアレルの右手を手に取る。


「······分かりました、任せます。信じてますからね」


 そう言うと、アリシアは手にしたアレルの右手を両手で包み、信頼を預けるみたいに微笑む。

 そんなアリシアに、アレルは大きく頷く。


「ああ、任せろ」


 そう言って、アレルはアリシアから右手を放して行動を開始する。


 まずアレルは、念を入れてアリシアから遠く離れた位置までぐるりと迂回する。それは、アリシアがいる方向から近づいた場合に、アレルに目を向けた騎士が万が一にでも、アリシアに気が付かない様にする為だ。

 仮に、救出に失敗したとして、それでもアリシアにだけは危険が及ばない様にしなければならない。


 現在、件の騎士は東側を睨んでいる。おそらく、アリシアはここから逃げ出す時に、そちらに逃げて行ったのだろう。

 しかし、アレル達が北から南に走る林道から北西に進んで来た事から、アリシアは東から南に湾曲して走っていた事になる。


 つまり、今アリシアが隠れる茂みが、捕まっている二人と騎士の位置から見て南東方向。

 そのアリシアに、視線を誘導しない為、アレルは逆の北西側から事態に介入する。


「チッ、それにしても、デジルの野郎は小娘一人に、いつまで梃子摺っていやがるんだ」


「ソイツなら、死んでるぜ」


「誰だッ!?」


 突然の不吉な言葉に、騎士は咄嗟に声のした方に振り向く。


 そこには、騎士の相棒だった者の装備を身に着けたアレルが立っていた。

 アレルは、予め盗賊を装う為に、頭髪を乱し、衣服を着崩し、胡乱げな目つきで、いかにも気怠げに構えていた。


「俺か? 俺は、普段からこの辺を縄張りにしてんのさ。······つーかよぉ、オメェの方が誰だっつぅんだよッ!」


 ガシガシ、とイラつきを抑えるように頭を搔きながら怒鳴るアレルに、騎士は一瞬だけ怯む。

 しかし、引く訳にもいかない騎士は、それでも虚勢を張る。


「お、俺の事は、お前に関係無いだろ!? そ、それより、お前のその装備はどうしたんだっ?」


「あん? 別に、答えてやる義理はねぇが、答えてやるよ。なんか騒がしいと思って、そっちの方に行ったら騎士が死んでいてな。死人に、金も武器も要らねぇだろ? 有効活用ってやつさ」


 そう言って、アレルは肩を竦めながら下卑た笑みを浮かべる。

 それに、騎士はアレルを睨みつける。


「······お前が、殺ったのか?」


「バカ言うな。俺のどこに、返り血が付いているんだよ。······まあ、あの殺られ方は影獣だろうなぁ。たまに、出るんだわ」


「影獣だと!?」


「ひ······アリシア様は? フードを被った、少女はいなかつたか?」


 騎士は、影獣の存在に驚き、一方では縛られている片方がアリシアの身を案じる。

 しかし、アレルはしらばっくれて、笑みを浮かべたまま腰の騎士剣を叩く。


「さぁ······俺が見たのは騎士の死骸だけだったしな。とりあえず、替え時だった山刀とコイツが交換出来たから良かったぜ」


「そ、それは、デジルの!? ······クソッ、小娘に逃げられた上に、影獣がいるならこんな所にいる理由なんかない。さっさと、離れねえと」


 状況が悪くなった事で、騎士はそそくさと捕らえている二人を連れて、この場を離れようとする。


「おい、待てよ」


 しかし、そこにすかさず、アレルが待ったをかける。


「なんだ?」


「言ったじゃねぇか? この辺は縄張りだってさ」


 アレルは、目つきを鋭くし、言葉に怒気と殺気をのせる事で、暗に通行料を払えと脅しをかける。

 しかし、そんなアレルを騎士は見ようともしない。


「ハンッ、お前なんかに──」


「縄張りって事は、俺は影獣なんか敵じゃないって事なんだぜ」


 アレルはそう言いながら、柄に手をかけて、一歩、二歩、と目を見開いてゆっくりと間合いを詰める。

 すると、騎士はアレルの気迫に怖じ気付き、後ずさる。


「······どうすればいい?」


 にじり寄る様が、まるで

自身に断頭台の方から近づいてくる様な感覚を覚えた騎士は、見逃される為の交渉に乗り出す。

 そこで、アレルはニヤリと不敵に笑う。


「ハッ、そんなら······そこの女を貰おうか。まあ、面倒だから一人でいい。ここんところ、女に縁が無くて飢えててな。見れば、どっちも上玉じゃねえか。でも······そっちの、大人しそうな方を渡せ」


 ここで、アレルは二人を注視する。

 一人は、栗色のミディアムヘアに、淡い碧色の瞳でタレ目気味の優しげな印象の面立ちをしている。体つきも、どこか女性らしいボディラインで母性を感じさせなくもない。


(アリシアの話だと、治癒魔法を使えるのがメリルだと聞いたが、全体の印象からこっちがそうか? 大人しそうとは言ったが、どこか憔悴しているようにも見える)


 もう一人は、メリルと同じ栗色の髪をポニーテールにしていて、ツリ目で濃い緑の瞳は勝気な印象を与える。体の方も、鍛えられているせいか引き締まっており、メリルのような女性らしさは感じない。


(それで、こっちが近衛のミリアか。アリシアが、男の騎士にも負けないとは言っていたが、未だに抵抗している事から、融通が利かないだけの様な気もする。······んで、さっきの会話から、メリルが姉でミリアが妹か)


 そうして、姉妹を観察するアレルに、どこか不快な思いをしたのか、ミリアが噛みつく。


「貴様ッ! 姉さんをどうするつもりだッ!!」


 しかし、盗賊を装うアレルは、交渉相手ではないミリアを無視する。


「オラ、さっさとしろよ。こっちは、テメェを殺したっていいんだからよぉ」


「チッ······わぁってるよ! ······少しぐらい待てねぇのかよ」


 急かされた騎士は、メリルを縛るロープを切ろうと二人に近づく。


「待った。ロープを切る前に、そっちの喧しいヤツの足を縛っとけよ。足枷が無くなったら、噛みつかれても知らねぇぜ」


「お、おう······そうだな」


 あわや、自身の失念忠告された騎士は、アレルに対して警戒心が薄らぐ。


「クッ!!」


 そうして、ミリアの足を縛ろうと新たなロープを手に取る騎士に、ミリアは悔しそうに歯噛みする。


 だが、アレルは密かにほくそ笑む。


 それを見る事なく、更に

自身がアレルの思惑通りに動かされているとは知らずに、迂闊にも背を向けた騎士にアレルはそっと近づく。


「悪いな」


 そう言って、アレルは拾った手ごろな石で、騎士の意識を奪う為にその頭を殴打した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ