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いつか神殺しのアマデウス  作者: 焼き29GP
第一部 王国の動乱
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一章〜拠り所〜 六十九話 前門の虎、後門の狼

 アレルは、昨日購入した品物を運んでくる二人を気にして、宿への帰路を早足で歩く。時刻は既に、子供がおやつをねだる頃を過ぎている。

 加工を頼んだロナの方はともかく、パメラは既に待っている可能性があるので、アレルは宿に続く道をなるべく急ぐ。走りたいのはやまやまだったが、限界を超えた満腹感を携えたまま走った場合の危険性を考えると、アレルにはそれが出来なかった。

 すると、宿の店先が見えてくるにつれて、中庭への人の出入りが頻繁に行われているのに、アレルは気が付く。


「──れはねぇ、馬車が来る前に中に運んじゃってぇ」


「はい」


 そこでの喧騒がアレルの耳に届く様になると、聞き覚えのある間延びした声と下男のやり取りが聞こえてくる。


「ん〜? あぁ〜ッ!? 遅いわよぉ、アレルちゃん。こっちこっちぃ」


 すると、アレルに気付いたパメラがぴょんぴょんと跳ねながら、手招きをしてアレルを呼ぶ。

 その姿に、急いでいたのがバカらしく感じたアレルは辟易する。


「······ハァ、悪い。待たせたか?」


 アレルは軽く息を整え、パメラに遅れた事を詫びる。それに、パメラはニマ〜と笑う。


「ん〜、少しねぇ。······このやり取りぃ、今度こそ恋人同士みたいじゃなぁい?」


 そんな風に、謝罪をするアレルに対して、パメラは人差し指の先を口元に当てておどけてみせる。

 重たい腹を抱えて苦しみながら急いで来たというのに、そんなふざけた態度のパメラに、アレルは怒りを感じる。


「殴っていいか?」


「いやん」


 威嚇でアレルは握り拳を見せるが、本気でない事を察したのかパメラはくるりと身を翻す。

 それに、アレルは大きなため息を吐く。


「······それで?」


 このまま、パメラのペースに付き合うと長くなると悟ったアレルは、握った拳を解いて本題に入る様に促す。

 それにはさすがにパメラも、仕方ないわねぇと肩を落とす。


「実際はぁ、それ程待ってはいないわよぉ。どちらかと言えば、アレルちゃんじゃない人を待っていたからぁ」


「俺じゃない?」


「ええ······あぁ、来たみたいよぉ」


 そう言うと、パメラは通りの方へ視線を向ける。

 アレルも、パメラに倣って通りの方へ目を向けると、ガラガラと石畳にも関わらず滑らかに車輪を転がす馬車が見える。

 その御者台には、顔を青くして冷や汗を流すタタンの姿があった。ただ、そのタタンも昨日とは違い、テカテカと光沢を放っていた頭髪は乱れ、クルンと上を向いていた口髭は無様に垂れ下がっていた。


「ヒィッ、ヒィッ、ヒィィィィ!? パッ、パメラさん、言われた通りのものを運んで来ましたぁ!」


 タタンは、到着するなり息も絶え絶えに、パメラに対して敬礼する。その様子から、どうやらアレルの姿は目に入っていないみたいだった。

 今朝、ラジーニからタタンが大変な目に遭うと聞いていたアレルは、何があったのかが気になる。


「どうしたんだ、お前?」


「ふぇ? ······あぁッ!? 旦那ぁ、酷いじゃないですかぁ? 旦那が──」


「タタ〜ン? 私は、何て言ったかしらぁ?」


 アレルの声に、タタンはようやくアレルの存在に気が付き、何かを訴えようとする。

 しかし、それは腕組みをしながら冷笑を浮かべるパメラの、凍てつく様な声に遮られる。


「ヒィッ、ヒェェェェ!? たっ、ただいまぁ!」


 その一言に、顔面蒼白状態になったタタンは、大慌てで馬車を宿の車庫へと走らせた。そのあまりの素早さに、アレルは唖然とする。


「······一体、何があったんだ?」


「訊きた〜い?」


 パメラは、詳細を話したくないのか、アレルが嫌がる様に、わざとらしく小首を傾げて上目遣いで訊ねる。


「いいから、聞かせろ!」


 だが、アレルはパメラの態度に青筋を立てながらも話す様に催促する。

 それにパメラは、ふぅと軽くため息吐いて、しばし間を開ける。


「······仕方ないわねぇ。それはねぇ──」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 時は、アレルが食の怪物と死闘を繰り広げていた頃にまで遡る。


「······馬ねぇ、そうそう上手く売りに来る奴なんているのかねぇ?」


 店の掃除を片手間にしながら、タタンは昨日自身がぼったくった客に悪態をつく。

 ただ、あの客だったら例えロバでも喜んで金を払いそうだなと、タタンがアレルを見くびっていた、その時──


 ──コンコン


「ちょっと、いいかしらぁ?」


「ん? いらっしゃ──って、パッ、パメラさん!?」


 壁を叩く音に振り向いたタタンの前にいたのは、冷たい笑みを浮かべるパメラだった。

 タタンが、ここまで動揺するのも、以前取り決めを破った際にもパメラに見抜かれた事があり、昨日の今日でパメラが姿を現したので気が気でなくなる。

 しかし、バレたら今度こそ破滅しかなくなると感じたタタンは、誤魔化す様に薄ら笑いを浮かべて揉み手でパメラに近づく。


「え〜、えっと······今日は何のご利用で?」


「それを訊いちゃうのぉ? まあ、良いけどぉ。何かねぇ、私が目を掛けている子が、何か騙されたらしいのねぇ······タタン、あなた何か知ってる?」


 さすがのタタンでも、凄みをきかせたパメラの最後の一言が、自身に対する最後通告だと理解する。

 自ら自白するなら良し、そうでなければ覚悟をしろと、パメラは言葉のナイフをタタンに突きつけている。


 以前は、一度目だったからと、騙した金を返すだけで事なきを得た。だが、今回は二度目だ。

 認めようとしたところで、自分に未来は無いと思ったタタンは、証拠が無い事をいい事に白を切る選択をする。


「さ、さあ······私は何も──」


「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」


 そうして、タタンが悪手を打ちそうになった瞬間、再度の来客がそれを救う。


「あっ、パメラさん、少し失礼しますね。はぁ〜い、ただいまぁ」


 渡りに船とばかりに、タタンはパメラから逃げる為に来客を利用する。

 そして、足早に対応に向かったタタンの前には、優しげな笑顔を浮かべる栗色の髪の女性が立っていた。


「あの、所有している馬を売却したいのですが、お願い出来ますか?」


「あっ、はい。大丈夫です。馬の方はどちらに?」


 タタンは、女性の持つ穏やかな雰囲気に心奪われながらも、売買の手続きを進める。


「外に繋いであります」


「では、そちらで確認させて頂きます」


 そう言って、タタンは店の外に足を向ける。

 自分は運が良い、そんな風にタタンは思い込む。パメラが来た時は、もう駄目かと思ったが自分好みの女性にその危機を救われた。もしかしたら、このまま言い逃れも出来てしまうかもしれない。

 そう思いながら、店の敷居を跨ごうとした瞬間だった。


「馬ならぁ、私も見させて貰おうかしらぁ。構わないでしょ、タタ〜ン?」


 と、思わずタタンが身震いしてしまう程の、まるで氷水でもかけられたと錯覚する程の冷ややかな声が、パメラから発せられる。


「えっ!? ええ、勿論ですよ」


 パメラの考えが読めないタタンは、その恐ろしさから声が上擦ってしまう。

 しかし、客を待たせる訳にはいかないタタンは、パメラを伴って馬の査定に向かう。


「こちらの馬です」


「おお、······これは!?」


 見せられた馬は二頭、どちらも馬体はしっかりしており毛艶も申し分ない。何より、怯える事無く堂々としているのが高評価だった。

 馬が入ったら、昨日の客に渡す約束になっているが、タタンはこれほどの馬を価値の判らない客に渡すのが惜しくなる。

 そして、タタンは新たな悪巧みをしながら、女性客には少し色を付けて買い取ろうと金額を提示しようとする。


「この馬なら──」


「二頭で金貨二枚よねぇ、タタン?」


「イィ!?」


 自身の言葉を遮り、昨日の客を騙した際の金額を言われたタタンは、言葉を詰まらせる。


「あらぁ、私の査定は間違っていたかしらぁ?」


「冗談は止めてくださいよ。確かに良い馬ですが、精々一頭銀貨七十枚ちょっとじゃないですか〜。そんな金額では、赤字になってしまいますって」


「ふ〜ん」


 タタンの反論に、どこか勿体ぶった反応をするパメラを、タタンは訝しげに思う。

 そこで、タタンは先程のパメラの言葉を思い出し、まさかと思いながらも冷や汗が背中を伝うのを感じていた。

 その瞬間、パメラがニヤリと笑う。


「王都で、一頭金貨一枚で売れるのよねぇ? 馬がよく売れるのは知ってたけどぉ、そんな値段で売れるのは知らなかったわぁ。この馬なら、金貨二枚でも売れるんじゃないかしらぁ?」


 そうして、パメラがタタンの核心を突いた事で、タタンは全身の血液が凍っていく様な寒気を感じ始める。

 だが、更にパメラは続ける。


「でもでもぉ、聞いた話だと、あるお客さんから馬二頭を金貨三枚で仕入れて欲しいって頼まれたらしいわねぇ······どういう事かしら?」


「そ、それは······」


 パメラが攻勢に出た事で、タタンはようやく自分が悪手を打った事に気が付く。

 だがしかし、そこにタタンの敵がもう一人現れてしまう。


「ああ、それならアタシも偶然聞いた話がありますよ」


 と、栗色の髪の女性も白々しく両手を合わせてパメラに続く。


「何でも、中古の幌馬車を相場も知らずに銀貨八十枚で購入された方がいるとか······まさかとは思いますが、こちらのお店ではありませんよね?」


 言い終わった瞬間、たおやかな笑顔は崩さずに、女性からタタンに向けて鋭いナイフの様な怒気が放たれる。


「ヒッ、ヒィィィィ!?」


 タタンは、あまりの恐ろしさに尻もちをついてしまう。


「あら、そんな事もしていたのぉ? 本当に、どういう事なのかしらぁ?」


「どういう事なんでしょうか?」


「ヒィィィィ!? もっ、申し訳ありませんでしたぁ!!」


 パメラからは冷気、栗色の髪の女性からは怒気を浴びせられたタタンは、怯えながらも躊躇うこと無く地面に額を擦りつけた。

 そして、タタンは客を騙していた事を、洗いざらい自らの口から白状したのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「──って感じで、めでたしめでたしぃ」


 ちゃんちゃん、といった感じでパメラは事のあらましを話し終える。

 それにアレルは、メリルまでその場にいたのかと、肩を落とすのであった。



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