一章〜非望〜 六百八十四話 見慣れない武器
甘過ぎると、ルチアーノに指摘された通りだと、アレルは自らの徹しきれない部分に反吐が出る。
アリシアを守ると、その覚悟をしておきながらも他者の命を奪う事には躊躇する。その甘さが、巡り巡って己ばかりかアリシアまでも危険に晒す事になるのだと、頭の中で誰かが囁く。そして、また最後に『あの言葉』を誰かに言わせてしまうのだと言い聞かせてくる。
あんな言葉、言われるのも嫌だが口にした方はもっと不快な思いをするに違いない。何故なら、先程ルチアーノを傷付けた言葉を口にしただけでもアレルには未だに腹の底で例えようのない気持ち悪さが渦巻いているのだから。
そう思うアレルは、自身が他者の大切にする何かを壊さない様にするのも大事だが、それよりも身近にいる人にあんな言葉を言わせて傷付けないようにする事も重要だと考える。だからこそ、アレルは自らの甘さを捨てる為に心を殺し、目の前の敵に対してただただ冷徹であろうとする。
──アレル······。
それは、その声を聞きたいと願ったが故の幻聴なのかもしれない。それでも、アレルにはしっかりとアリシアが自身を呼ぶ声が聞こえた様な気がした。
そのせいか、殺したはずのアレルの心は不意に息を吹き返す。そして、幻聴だろうと何であろうと、アリシアの声が聞こえたお陰でアレルは思い直す事が出来た。きっと、アリシアは自分を守る為に誰かの命を奪ったと知れば、アレル自身が苦しむよりも深く悲しんでしまうのだろうと。その様に、僅かにばかりそうであって欲しいというアレルの願望も含まれるが、アレルの知るアリシアという少女は他者を思い遣れる優しい心の持ち主だった事をアレルは思い出す。
「······」
ならば、自分のやる事は己の心を殺す事などではなく、帰った時にアリシアが笑顔を向けてくれる様な戦い方をするべきなのだとアレルは新たに決意を固める。
そして、暗がりで徐ろに立ち上がったアレルは、どういう訳か宿の勝手口へ手を伸ばしている賊へと声を掛ける。
「オイ、そこで何をしている?」
バッと、アレルの声に即座に反応した賊は、外套を翻しながらダガーを引き抜きつつアレルへと振り返る。それと同時に、アレルは今更ながらも正々堂々を気取る為に被っていたフードを脱ぎ去る。
「テ、テメェは······オレにナイフを投げつけてきたガキじゃねえか!?」
「投げられる様な事をしようとしてたんだ。文句を言われる筋合いは無い」
アレルがそう返した瞬間、賊はダガーを持つ手とは逆の手で何かを投擲してくる。しかし、アレルもそれは風詠で察知していた為に左腕の篭手で地面にそれを叩き落とす。
すると、地面にグサッと突き刺さったそれは、よく見るとアレルが賊に対して投げたナイフだった。
「返すぜ」
「もう要らねえよ。それより、どうやってここまで追ってきた?」
それだけが、アレルにはどうしても判らない。宿にいる間者と、町への道中にいた賊、この両者の間で何かしらのやり取りがなければ今回の様な状況を作り出すのは難しい。
しかし、この世界には念話の様に離れた相手と直接話せる様な魔法は存在してないとアレルは聞いている。その上、伝書鳩の様なものを利用するにしても、あれは鳩の帰巣本能を利用した仕組みで住処でない人へと飛ばす事は基本的には無理なはずだ。
ただ、唯一アレルが知るものの中で離れた相手とも意思疎通が可能なものが瑠璃とのやり取りだ。だが、それも可能にしているのは瑠璃が妖精という感知に優れた特性を持っている部分による所が大きい。
それ故に、訊いてもその方法については答えないだろうが、アレルはせめて手掛かりぐらいは掴みたいとダメ元で訊ねてみた。
「ハッ、別にお前を追ってきた訳じゃねえよ。オレは、兄貴に言われてここまで来ただけだ。······でも、せっかく見つけたんだ。少しぐらい、あの時の憂さ晴らししても良いよなぁ」
言い終わりに、賊はユラリと身体を前後に揺らして、間合いをはかりづらくするとアレルへ向かって距離を詰めてくる。対するアレルは、咄嗟に自身もダガーを引き抜いて、ダガーを持つ右手を前にして半身で身構える。
そこへ、賊からダガーによる突きがが繰り出される。ただ、その突きは本来心臓や喉元を狙うべきものだったのだろう。しかし、アレルがダガーを前にして構えていた事で狙う事が難しくなり、賊がその狙いに迷いを見せた事からアレルはその突きを自らのダガーで簡単に弾く。
「へえ、ガキの癖にやるじゃねえか」
「こういうのに、歳は関係ねえだろオッサン」
「オッサンだぁ!? ふざけんなッ! オレには、ベイトって名前があんだよ!」
賊──ベイトは、アレルによる安い挑発に乗って、自身の名前を暴露しながらアレルへと斬り掛かってくる。それを、アレルは刃を合わせる事で防ぎながら、半歩退く事でその威力を軽減させる。それでも、ベイトはあんな安い挑発で頭にきているのか、右に左と交互にダガーを振りながらアレルを攻撃してくる。
だが、ミリアにラルフとちゃんとした剣術を身につけている相手と刃を合わせた事のあるアレルには判ってしまう。ベイトの斬撃は、あまりにも稚拙で風詠なんて使うまでもなく見切れてしまう程に修練がされておらず、三流か良くて二流止まりが妥当と思える。よって、戦闘を生業とする者達と比べると雑魚もいいとこだった。
それでも、アレルは気を抜く事なんてせずにベイトの一挙手一投足に集中する。何故なら、風詠からはベイトが何かしら別の企みを抱いていると伝わってきているからだった。そういう訳で、アレルはベイトによる出鱈目に感じる稚拙な連続攻撃をやや劣勢を装いながら捌いていく。
「ほらほら、どうしたぁ? 守っているだけじゃ、どうしようもねえぜぇ」
「······」
やたらと煽るベイトに、アレルはまさか向こうもわざと三流を装って攻撃を誘っているのかと考える。もしそうなら、先に相手の手札を切らせるのもありかとアレルは念の為風詠の深度を深めてから攻撃に出る。
ベイトが振り下ろしてくるダガーを、アレルは斬り上げ気味に弾いてベイトを仰け反らせると振り上げた形になっているダガーをそのままベイトへ振り下ろす。
その瞬間、ベイトの左手から何かが放たれアレルが防御出来ない右脇腹目掛けてそれが飛んでくる。
「もらったぁ!」
しかし、ダガーの振り下ろしを腕だけで行っていたアレルは重心が下肢に残ったままであり、加えて風詠による超反応ともいえる選択供与のお陰で自身の左側へ跳躍する事で回避する。
「チッ······避けやがったか」
そう言って、悔しがるベイトの左手を見るとブンブンと縄の先に錘を付けた不思議な物を縦方向に回していた。
それは、アレルの知識だと流星錘と呼ばれる暗器に属する武器で、その使い手が使用した場合かなりの殺傷力を有する武器だった。ただ、その特性上錘を付けるのは弾性の弱い鎖などでは威力を下げる事になるのか、錘は至って普通の縄に括り付けられている。なので、縄を切る事で割と簡単に無力化出来るのが救いではある。
しかし、そうは言っても変幻自在に動く縄を固定もせずに切るのは容易ではなく、更に言えばベイトもどうやら左利きの様な身体の使い方をしている。
「へえ、それが本来の戦い方って事か」
「ヒヒッ、ここからがお楽しみだぜぇ」
ブンブンと、小五月蝿い流星錘の音を耳にしながら、アレルは珍しい武器を持つ相手に時間が掛かりそうだと待たせているルチアーノに心の中で謝る。




