一章〜非望〜 六百四十五話 果たされる小さな約束
馬車を停めると、荷台からは最初にミリアが降りてきて、アレルが何も言わずとも馬達への餌やりなどを済ましてくれる。その姿に、なんだかんだでミリアは馬の世話が好きなのか重要視している様な傾向が見られるとアレルは思う。
続いて、ミリアの後からアリシアとメリルも荷台から降りてきたみたいで、各々凝った身体を伸ばしたりし始める。そんな二人を横目に、自身も御者台から降りたアレルは周辺に土が剥き出しになっている所を見つけて、そこでなら火を使っても大丈夫だろうと思い準備の為に荷台へ足を向ける。
「アレル、あの······約束は?」
そこへ、どこか不安そうな顔をフードの下から覗かせたアリシアが声を掛けてくる。
「そうだな······今日は火を使おうと思ってるから、火を起こした後で他の食材の下拵えと一緒にやろうか」
「うんっ、解った」
アレルが答えると、アリシアは不安が霧散したみたいにホニャとした笑顔を浮かべる。それで、アリシアの方は一応大丈夫だと判断したアレルは火起こしの準備の為に荷台へと上がる。
荷台へ上がると、アレルは荷物の中から火付け石を手にしてから番要らずを野営時の半分だけ抱える。今回は調理の間だけで構わないので、いつもより早く燃え尽きる様に薪に使用する量で時間の調節を試みる。それから、再び荷台から降りて先程目を付けた場所まで薪を運ぶと、アレルは腰のソードクラッシャーを使って番要らずを半分に割っていく。
「ねえ、それ何で半分にしてるの?」
と、そこへ何故かアリシアがスススと近寄ってきて、そんな事を訊ねてくる。
「ああ、この薪って丸ごとだと一晩燃え続けるから、こうして半分に割ればその時間も半分になるかなって思ってさ。今から、一晩相当燃えられても後始末が面倒だからな」
「そうなんだ······」
相槌を返してはくるものの、何故かアリシアはその場に留まりアレルの作業を眺めてくる。流石に、そうして目的もなく見られているのも少しやりづらいとアレルが感じていると、フードの中から瑠璃が飛び出してきてくれる。
──アリシア様は、ルリにお任せ下さい!
「あっ、ルリちゃん! 何? アレルとじゃなくて、私といてくれるの?」
パタタと、喜色を浮かべるアリシアに応える瑠璃に助けられ、アレルはアリシアの視線が無くなった隙に火起こしの作業を進める。ただ、一晩の半分でも少し多いかと思い直したアレルは、半分に切った番要らずを更に半分に切る。
続けて、その内の一本を更に細く切った後で、アレルはそれをソードクラッシャーから投げナイフに持ち替えてフェザースティックに加工してから他の薪を地面の上に組んで火を起こす。そうして、しっかりと薪が燃え始めたのを確認したアレルは、荷台へと行って昼食の準備を始める。
「あれ? アレル、私は?」
しかし、そこを目敏くアリシアに見つけられてしまったアレルは、荷台の幌を捲ってきたアリシアに声を掛けられてしまう。
「あ〜、少しだけ待ってくれ。まずは、スープを煮込むだけの状態にしてから他の事をやるからさ」
「うん、分かった。······ねえ、本当に教えてくれる気、ある?」
「······あるから、待っててくれ。もし、教えないなんて事になったら代わりに何でもアリシアの言う事を聞くからさ」
食材を探しながら言うアレルに、ふ〜んとアリシアはどこか不満気な声だけを残して捲っていた幌を閉じる。そんなアリシアの行動に、本当にこういう時は信用が無いんだなとアレルはため息を吐く。
それでも、気持ちを切り替えたアレルは食材を手にした後で、篭手を外して手を洗ってから鍋に適量の水を入れる。それから、皮を剥いたトマトをボウルで潰した物とみじん切りにした玉ねぎを合わせて同じ鍋の中へ入れる。それに、本来は火にかけてからの方が良いのは解っていても、他にやらなければいけない事もあるので前もって塩や胡椒で味付けも済ませてしまう。そこへ、底が浅めの蒸籠があったので、それを鍋の縁に引っ掛けて籠の中には腸詰めを置いて蓋を閉める。
そうして、準備の終わった鍋を荷台の外へ三脚と共に持ち出し、その三脚を使って火の上に鍋を吊るして煮込み始める。
(さてと、次はアリシアとの約束か······)
他にも、少し用意したい物があるにはあるが、これ以上はアリシアを放っておくのも良くないと思ったアレルはアリシアの姿を探そうと考える。
「ねえ、終わった?」
ビクッと、思わぬ瞬間に声を掛けられたアレルは肩を震わせながらも、声のした背後へ振り向くとそこにはアリシアが立っていた。なので、驚いて緊張してしまった身体を弛緩させてから、アレルはアリシアへ話し掛ける。
「······ずっと待ってたのか?」
「そんなには待ってないよ。ルリちゃんもいたし」
アリシアがそう言うと、アリシアのローブの隙間からヒラヒラと瑠璃がアレルの方へとやって来る。
──嘘です。まだかな〜と、ずっと主様の事を待っていましたよ。
(······だろうな)
アレルは、自身の肩に止まりながらアリシアの嘘を報告してくる瑠璃に精神感知で答えつつ、自分も誤魔化したりはしてるから未だに自身の方がアリシアよりも非があるなと思う。なので、アリシアのささやかな嘘を見逃す代わりに、アレルはアリシアの頭をフード越しにポンポンと撫でる。
「そういう事なら、このまま教えてやるから一緒に荷台に上がってくれるか?」
「うんっ!」
明るい返事と共に、顔を綻ばせるアリシアにアレルは安堵するも、直ぐに近くにいるメリルへ声を掛ける。
「イバレラっ、悪いんだけど鍋を見ててくれるか?」
「はぁい、分かりました」
すると、メリルは快く引き受けてくれたので、アレルはアリシアと瑠璃と一緒に荷台へと上がる。それから、アリシアと捨て水を入れてる桶の上で手を洗い、アレルは同時に包丁も洗って水気を清潔な布で拭き取る。
それから、レモンと蜂蜜にそれらを入れるジョッキ大の小さな樽を持ってまな板を置いてる木箱の前に立つ。
「それじゃ、始めるか」
「うん」
やや緊張が感じられる声で応えるアリシアに、アレルはその背後に回ってからアリシアの肩越しにまな板の上を見る。
「まずは、包丁を握る所からだ。取り敢えず、好きに握ってみてくれ」
「うん······」
それは、アリシアの緊張を解く為の軽口のつもりだったのだが、それが伝わらなかったアリシアは緊張したまま恐る恐る包丁を握る。それから、レモンを手にして切ろうとするのだが、そのレモンを抑える手が危なかったのでアレルは後ろから待ったをかける。
「手が危ないから、少し待ってくれ。切りたい物を持つ手は、よく猫の手なんて教えられるけどそれだと抑えづらい事もあるから、こうして指先で抑える様にしながら指先を指の関節よりも内側に入れる様な感じでやるんだ」
アレルは、小さな子供にするみたいに背後から手を回して、アリシアの手の上に自身の手を重ねて握り方を直接教える。それから、抑える手の形を覚えた様子のアリシアからアレルは左手を少しズラして、今度は右手でアリシアの包丁を持つ手に重ねる。
「それで、こうすると横から当たる分には指の関節が包丁の腹に当たるから、関節の内側に入った指先が切れる事は無いだろ? だから、こうしてあまり包丁を上に上げずにレモンを薄切りにするんだ」
と、アレルは説明をしながらアリシアの手を動かしてレモンを三枚程薄切りにしてみせる。そこまで教えると、アレルはもういいかなとアリシアから離れて隣に立ち直す。
「じゃあ、残りは自分でやってみてくれ」
「う······うん」
そうしてアレルが離れると、何故かこれからレモンを切るというのにアリシアからは緊張が緩んだみたいな様子がアレルには感じられた。それに、首を傾げるアレルではあったものの、アリシアに怪我させる訳にはいかないのでアリシアの手元に意識を集中させる。
「えっと、切れたよ」
両端のへたを残し、多少のバラつきは見られるもののアリシアはレモンの薄切りを終える。なので、次にアレルは小さな樽と蜂蜜をアリシアの近くに置く。
「後は、一枚ずつレモンをその中に入れて蜂蜜で浸す。それで、一枚のレモンを浸したらその上にまた一枚入れて蜂蜜で浸す。これを繰り返して、レモンに種があった場合は種を取り除く。それが丁寧な作り方だけど、面倒ならレモンを全部重ねて入れて蜂蜜を満たせば良いんだけど······」
アレルは、そう言ってアリシアに楽をさせようとするも、アリシアは丁寧な作り方の方を選択して熱心な様子を見せている。何をそこまで一生懸命になっているのか、アレルには予想すらつかないし理解も出来ない。
それでも、アレルは丁寧にレモンの蜂蜜漬けを作っていくのを完成するまで静かに見守るのであった。




