一章〜拠り所〜 六十四話 冷めた朝食から判る事
しかし、この場で何かをしようとすれば宿に迷惑が掛かると、アレルはひとまず自身の怒りを抑え込む。
(ったく、朝っぱらから気分が悪い。それに、あのジジイもいっちょ前に人なんか使ってんじゃねぇよ)
そう思いながら、食事を再開させるアレルは、スープがぬるくなっている事で絡んできた連中に対する怒りが強まる。
そんなアレルに、奥から姿を現したラジーニが声を掛けてくる。
「お客様、何か御座いましたでしょうか?」
「いや、すまない。つまらない事で騒がした。もし、迷惑を掛けたなら直ぐにでも宿を変えるが?」
アレルは、店主のラジーニが出てきた事で宿側としては、大事だったのかもしれないと、自身の退去を申し出る。
その様子に、 嫌がらせをしてきた初老の男性は密かにほくそ笑む。
しかし、ラジーニは静かに首を横に振る。
「いえ、滅相もありません。この食堂は宿泊されてない方も利用出来る為、こちらの不手際で不快な思いをさせてしまい大変失礼致しました。お客様がよろしければ、何かお詫びをさせて頂きたいのですが?」
ただの客に対して、主人がその様な対応をするのが珍しいのか、アレルに嫌がらせを画策した周囲の人間がどよめく。
しかし、アレルは何もしていないラジーニを責める事は出来ないし、する理由もないので、申し出に少し戸惑う。
「いや、騒がしたのはこっちだし、むしろ詫びをしなくちゃいけないのは俺の方だよ。ただ、それとは別に、昨日購入した品物が午後に運ばれてくる手筈になっているから、もし俺がいなかったら代わりに受け取りをしてもらえないか?」
「畏まりました。では、品物を馬車の方へお運び致しますので、車庫の鍵をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
返事しながらも、アレルはラジーニが購入した品物を何も聞かずに馬車へと言った事に、疑問を抱く。
だが、ただでさえ迷惑を掛けているのに、この場で問答をさせる訳にはいかないと、アレルは速やかに車庫の鍵を渡す。
「お預かりします。では、品物を運ばれてくる方の名前をお聞かせ頂けますか?」
「ああ、そうだな······実は二件あって、一件目が武器屋のロナで二件目が商会のパメラだ。たぶん、どちらも本人が来るだろうから、よろしく頼む」
そこへ──
──ガタンッ!
「パッ、パメラさんだってぇ!?」
と、突然パメラの名前を聞いた途端に、気配だけを向けていた初老の男性が、椅子を倒しながら立ち上がる。
「······はあ?」
アレルは、そう口にして音のした方へ怪訝な表情を向ける。
「ちょっ、ちょっと良いかな? 君は、パメラさんと知り合いなのかな?」
そう言う初老の男性は、頼み事がある様な雰囲気にも関わらず、尚も礼儀を失した態度で近づいてくる。
それに、多少の不快感を感じながらも、注意する程の興味も湧かないアレルはそのままにする。
「さあ、昨日会ったばかりですし、知り合いといえば知り合いなのかもしれませんが······本人にそれが伝わると、面倒な反応が返ってきそうなので······友人という事にしておきます」
パメラの反応を想像したアレルは、何とも言えない表情で答える。
「な、ならば、君······その、なんとか私にパメラさんを紹介して貰えないだろうか? 勿論、礼はするから······頼むッ」
しかし、アレルがどんな表情をしているかなど気にも止めない初老の男性は、そう言ってアレルに拝み倒す。
その様は、明らかに目の前のアレルを無視して、その先のパメラしか見えていない事の証明であり、さすがのアレルでもこんな人物をパメラに紹介する訳にはいかないと判断する。
「あの······申し訳ないですが──」
「いい加減、諦めになられたら如何ですか?」
そこで突然、アレルの言葉を遮り、主人のラジーニが初老の男性に対して厳しい言葉を投げ掛ける。
それに、初老の男性は食って掛かる。
「な、何故だ? こんな小僧とは、取り引きをするのに私が駄目な理由はないだろう?」
(小僧······ねえ)
断られるのは、そういうところじゃないかと思いつつ、アレルは事の成り行きを眺める。
そして、初老の男性の態度にはラジーニにも思う所があったのか、言葉の端々に棘が感じられる様になる。
「まず、お一つ。貴方様方は、先程こちらの方に嫌がらせをしていましたね。あれは、当方としましても看過出来るものでは御座いません。次に、こちらの方は常に貴方様方に礼儀を持って接していましたが、貴方様方は年下と侮っていました。最後に、こちらのアレル様がパメラ様のお知り合いと判った途端に、態度を改めてあわよくば利用されようとしてましたね」
(最初から見てたのかよ。······っていうか、名前って教えてなかったよな?)
そんなアレルの疑問は宙吊りに、ラジーニと初老の男性のやり取りは続く。
「し、仕方ないだろ? 本人に会えもしないまま門前払いされたとあっては、こちらの面子が丸潰れだ!」
「パメラ様は、ご自身で認められた方としか商談に応じません。時間の無駄をお嫌いになられる方ですから」
「······」
ラジーニの言葉に、アレルは自身と接していた時のパメラを思い出し、だいぶ無駄な時間があったよなと、徐々に表情が死んでいく。
それとは反対に、感情を剥き出しにして反論しようとする初老の男性に先んじて、ラジーニが続けて話す。
「そちらに、どの様なご事情がおありなのかは存じません。しかし、パメラ様がご友人に不快な思いをさせた輩がいると知ったら······どうなるのかは、貴方様でもお分かりでしょう?」
「そ、それは!? ······申し訳ないが、私はこれで失礼させて頂く」
ラジーニの言葉に、みるみる顔を青くさせていった初老の男性は、そう言って代金をテーブルに叩きつけると逃げる様にその場から立ち去る。
更に、その後を追うみたいに、数人の男達が慌てて席から立ち上がる。その中には、アレルに話し掛けてきた中年の男性も含まれていた。
そうして、ゾロゾロと宿から立ち去る男達を見ながら、アレルは思わず呟いてしまう。
「······何だったんだ、あれ?」
「出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
呆気に取られるアレルに、ラジーニは深々と頭を下げる。
「どういう訳だったのか、説明をしてもらえるのか?」
「はい、あの方々はパメラ様との商談を望んでコルトを訪れた方達で御座います。しかし、あの方が言っていた通り、パメラ様には会えず門前払いされてしまい、せめて商人の間で話題の当方へ宿泊しようとやって来られました。ですが、当方は紹介がなければお泊まりになられない決まりとなっています。それでも、あの方々は食い下がられましたので、翌朝に食堂で食事をするだけならばと、ご案内させて頂いた次第で御座います」
「なるほど······それで、宿泊客の俺に嫌がらせをして、少しでも溜飲を下げようとしたのか」
理由が判り、それがくだらないプライドの話だった為に、アレルは脱力して背もたれに体重を預ける。
「こちらの不手際で、お客様に不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」
「いや、過ぎた事だしもういいよ」
「ありがとうございます。それと、実を申しますと昨夜の内にパメラ様から言付けをお預かりしまして、アレル様は大切な友人なので丁重にもてなして欲しいと頼まれております」
「友人······」
もし、初老の男性に関係を問われた際に友人ではないと答えていた場合、パメラが後でどんな反応をするのか、アレルには容易に想像が出来てしまった。
それ故に、あの時友人と答えた自身の感覚が間違っていなかった事に、アレルは安堵する。
「アレル様は、パメラ様に気に入られているのですね」
かなり苦々しい表情をしていたのだろうアレルの顔を見て、ラジーニは苦笑する。
そんなラジーニの言葉に、アレルは肩を落とす。
「あまり嬉しくねえ」
「先程の方達が聞かれたら、羨ましがられると思いますよ」
ラジーニは、クスリと笑みを浮かべる。そこで、アレルは一つだけ気になった事を口にする。
「そういえば、宿泊に紹介が必要って言ってたが、俺には紹介された覚えがないんだが?」
「いえ、アレル様はタタン様からの紹介となっております。あれで、タタン様も組合員なので、アレル様のご宿泊には何の問題も御座いません。今では、パメラ様の言付けも御座いますから」
「それなら、良いんだけど」
そう言って、アレルはすっかり冷めてしまった朝食に、一瞬だけ視線を送る。
それには、ラジーニも気付いた様な仕草をするが、そのまま話を続ける。
「ただ······タタン様は今日大変な思いをされると思いますよ」
「えっ、どういう意味だ?」
「フフッ、それは後でアレル様にもお分かりになられますよ。しかし、すっかり朝食も冷めてしまいましたね。······今、代わりをお持ち致します」
そう言って、食べかけの朝食を下げようとするラジーニを、アレルは引き留める。
「待ってくれ。代わりなんて要らないから、これで良い」
「いえ、それでは──」
「良いんだ。確かに連中に邪魔されて冷めてしまったけど、作ってくれた人にも悪いし、何より食べ物を無駄にしたくない。だから、このまま食べるよ」
そう言うアレルに、ラジーニは薄く微笑む。
「こういう所なのでしょうね、パメラ様が好感を持たれているのは」
「は?」
「アレル様、あちらをご覧ください」
ラジーニが指す方には、先程立ち去った男達が座っていたテーブルがある。その上には、男達が食べていた朝食がそのままになっており、お世辞にも綺麗とは言えない状態だった。
完食は皆無、ほとんどが残されたままで、中にはそれぞれを一口だけ食べたものや、食べずに食器でぐちゃぐちゃにイジった様な痕跡まである。
「あの様な者達だからこそ、パメラ様はお会いになられなかったという事を、あの方達は知る事はないのでしょうね」
「まあ、嫌がらせなんてする連中だからな。お察しってところだろ」
アレルがそう言うと、ラジーニは静かに頭を下げる。
「私は、一旦奥へ下がります。冷めてはしまいましたが、せめてごゆっくりお楽しみください」
「ああ、ありがとう」
アレルは、奥に向かって歩くラジーニに礼を言うと、途中になってしまっていた朝食に手を付ける。
それは、今度こそ誰にも邪魔されない、ゆっくりと出来る時間だった。




