一章〜非望〜 六百七話 へそ曲げ姫と小さな約束を
アリシアのお陰で、クライドに対する不安はかなり減らす事が出来た。残る不安は、元黒羽根の拉致犯が散って暴れる危険性と背後から迫っているであろうセドリックだけとなった。
先には、国境越えなんてものも待ち構えてはいるが、セドリックの事は分岐路さえ越えてしまえば考えなくても良くなる。それ故に、アレルは考えなければいけない事が二つぐらいならどうにでも出来ると感じる。
「······アレルのバカ」
しかし、今は目の前でテーブルに突っ伏したまま人の事を詰ってくるアリシアの事が、目下アレルがどうにかしなければいけない事になっていた。
「そんな馬鹿めも、あなた様のお陰で随分と助けられておりますですよ〜」
「······バカっ」
感じが変わったので、多少は効果があったのかなとアレルは思う。こうして、傍にいる事を半ば強要されている様なものなのだが、凝り固まった考えを解してくれた礼もあるのでアレルは黙ってアリシアの我儘に付き合う。ただ、その反面でどうしても気になっている事が一つだけある。
それがクライドの助言の事で、それを踏まえるとかなりの高確率でセドリックがこちらへ追いつく事を示唆されている様な気がアレルはしている。冷静になってみると、どうしてもクライドの言葉の裏には、セドリックがこちらに追いつく為の手段を手にしていると伝えてきている様に思えてくる。
もしそうであるなら、相応の準備も必要だと考えられるので、アレルは今夜か明日中にはアマデウス経由で教えられた古流の剣技をある程度習得しておきたいと考える。そこで、買い物に行くならば何か必要なものがないかと馬車の荷台を思い浮かべるアレルだったが、このまま目の前のアリシアを放っておくと更なる顰蹙を買いそうだと思う。
(えっと······確か、こういう時って訊き方が重要だって言うよな?)
拙い知識から、そんな事を考えたアレルは出来るだけ肯定か否定だけで答えられる訊き方を考えて口にする。
「あのさ、夕食の後で雨さえ降ってなければ明日の昼食に食べるものを買ってこようと思っているんだけど······アリシアは、一緒に来るか?」
その質問に、モゾッと僅かに反応したアリシアは、少しの間を置いてからそのままの体勢で答える。
「······うん」
その声に、良かったと安堵したアレルは、続いて肩の瑠璃へ精神感知で話し掛ける。
(という訳で、瑠璃にもついてきて欲しいんだけど、疲れていたりしないか?)
──はい、ルリは全然平気です! 主様が行くなら、ルリはどこまでもお供しますよ。
(いつも、ありがとな瑠璃)
──いえいえ。
そうして、夕食後に街中へ繰り出す約束がされた頃合いに、丁度部屋の扉を叩く音が聞こえてくる。
「お客様、夕食を持って参りました」
「ああ、すまない。今、開けるよ」
声からして、ミゲルではない他の従業員だなと思いつつも、アレルは直ぐ様立ち上がり部屋の扉を開ける。ただ、そこでシープヒルでは当たり前になっていたせいで、失念していた事にアレルは気が付く。
「では、中へお運び致しますね」
そう言う従業員は、手にしている二人分の夕食を部屋の中へと運び込みテーブルへと置いていく。この時、アリシアは顔を上げていながらもフードを目深に被り、いつの間にかアレルの肩から離れていた瑠璃もどこかへ隠れていた。アレルは、そんな瑠璃に心の中で忘れていてごめんと謝る。
「えっと、申し訳ないんだが······小匙一杯ぐらいの蜂蜜と水に、それからこれぐらいの小皿をもらえないか?」
アレルは、夕食を置いて去ろうとしていた従業員に、両手で皿の大きさを示しながら蜂蜜水に必要な物を要求する。
「蜂蜜に水······それから、小皿ですね。畏まりました」
すると、従業員はアレルに頭を下げて速やかに退室していく。その後で、何でこんな事にと片手で後頭部を軽く掻きながら昨日を思い返し、ボソリとアレルは呟く。
「昨日は、ヘッケルで瑠璃とは一緒じゃなかったからな······」
──あと、今日は雨に濡れたりと大変でしたから、仕方ないとルリは思ってますよ。
そんな、瑠璃からの慰めにアレルはより一層申し訳なさが増してしまう。そして、瑠璃はどこにいたのかと思いアレルがその姿を探すと、アリシアのローブの裾からスッと瑠璃が姿を現す。
「アレル、ルリちゃんのご飯忘れてたの? 私は、昨日ちゃんと用意してあげたのに」
「うっ······面目ない」
そう言って、項垂れるアレルだったが、アリシアはフフッと笑って返す。
「でも、アレルは色々考えていた上に疲れてもいたんだもんね。仕方ないよね、ルリちゃん?」
チカチカと、同意を求めるアリシアに瑠璃は羽を二回光らせて肯定の意をアリシアへ伝える。その返事代わりなのだろうか、瑠璃へ微笑みを向けるアリシアからは、先程までの不満が感じられないとアレルは思う。
それに、理由は判らないけど機嫌を直してくれて良かったとアレルは心底安堵した。
「お客様、お頼みのものをお持ちしました」
丁度、そこへ頼んでいたものが届いた事を告げるノックと従業員の声が聞こえ、扉を開けたアレルは従業員から蜂蜜と水と小皿を受け取る。
「それでは、失礼致します」
部屋へは入らず、そのまま去っていく従業員を見送り、アレルは扉を施錠してからアリシアの向かいの椅子に座る。
「じゃあ、直ぐに瑠璃のご飯を作るから、その後で一緒に夕食にしよう」
「うんっ」
──はい!
アリシアと瑠璃、二人の返事を聞きながらアレルは手早く蜂蜜水を作っていく。それを、アリシアの前からアレルの肩へと止まりに来た瑠璃が嬉しそうに待っている。
「なんか、ルリちゃんもアレルと一緒なのが嬉しいみたいだね」
「判るのか?」
「うん、だって私もアレルの次くらいにはルリちゃんと一緒にいるから」
そう口にするアリシアに、瑠璃は羽をパタパタと動かして答える。そんな光景に、不思議と和まされている内にアレルは瑠璃の蜂蜜水を作り終える。
「よし、じゃあ夕食にしようか」
「うん!」
──はい!
機嫌が良くなったアリシアとどこか嬉しそうな瑠璃、アレルはそんな二人とテーブルを囲んで夕食にする為に椅子に座って両手を合わせる。それに合わせて、アレルの向かいのアリシアも両手を合わせ、瑠璃も羽をパタタと動かす。
「「いただきます!」」
──いただきます。
そうして、三人は夕食を食べ始めるのであった。




