一章〜非望〜 六百五話 その笑顔を引き出したのは
敵ではない、アリシアの口にする『敵』とは、そのまま現在幾つかに分かれている国内の勢力において敵対する所にはいないという意味なのだろうとアレルは思う。確かに、クライドの父であるジュリアンがドミニクと親交があったという話と、その父を追放して家督を奪取したという話から考えれば少なくとも王都側とは通じていないと考えられる。
しかし、だからといってクライドが味方とは断定出来ないのが現在の情勢で、ルクスタニア国内にはもう一つノインシュタットという大きな派閥も残っている。更に言えば、アレルの考えではコルトでアリシアらしき人物の身柄を拘束しようとしてきたのは、キンバリー領主のモーガンを動かせるノインシュタットだったと睨んでいる。もし、その推測が間違いではなくてクライドがノインシュタット側についていたとしたら、今後はノインシュタットとも事を構える可能性が出てくるとアレルは考える。
「でも、敵ではないってえらく消極的な判断だよな? その辺、詳しく聞かせてもらっても良いか?」
「うん······まずは、ジュリアンの事なんだけど、アレルはハウザー家から領地を王家へ返還するって話があったのを知ってる? ······って、知らないよね?」
その話は、他ならぬクライド本人から聞いているから知っている。しかし、今の話の流れでクライドの名前を出すとアリシアの考えの邪魔になりかねないと考えたアレルは少しだけ嘘をつく事にした。
「いや、それぐらいなら門まで戻った時に門兵から噂話程度に聞いたよ」
「そうなんだ······じゃあ、その説明はしないで続けるね。実は、少し前にハウザー家からはそういう打診が何度かあったらしいの。でも、さっき話した歴史的背景もあるし、何より家自体は今も続いてる訳でしょ? それに、元々はヴァーミリオンの所領から下賜された領地だから、一つの国になったとはいえヴルムヴィント王家が主な血筋の現在のルクスタニア王家には判断が難しい土地なの」
本当に困った問題なのか、アリシアは眉尻を下げた表情で語る。そこから、聞いた話ばかりではあるが、古い家も少なくなさそうなルクスタニアには面倒なしがらみがあるのだろうとアレルは考える。
「まあ、それで返還を受け入れれば、その勝手な判断をノインシュタット辺りがやっかみそうだな。そうやって、自分達の領地も勝手にするつもりか······とか?」
「うん······それで、お父様もハッキリとした返事が出来なくて有耶無耶になっていたんだ。それでも、ハウザー家からは打診が続くからお父様も流石に返事を出したらしいの。本当に、返還するつもりがあるならば当主から正式に書簡を送るようにって。それが、あの日の数日前の話······なんだ」
最後の一言、アリシアの表情が明確に曇って顔全体に影を落とす。そのアリシアの反応からあの日がクーデターの日を指しているのをアレルは察する。
ただ、その話の内容から返還の申し出をしていたのが、当主であるジュリアンではなくクライドであったのだと判る。つまり、領地の返還は家の意向ではなくクライド個人の考えであった事が明確になる。
そこから、アリシアがどんな考えをしているのか訊きたいアレルではあったが、辛い記憶を思い出してしまっている様子のアリシアを急かしたりしない様に黙ってアリシアが話し出すのを待った。
「······ゴメンね、話を止めちゃって」
「いいよ、気にしなくて」
「うん······ありがと」
礼を口にしたアリシアは、両手で胸の辺りにあるペンダントを服の上からそっと握り締め、そのまましばらく瞑目してしまう。その姿に、何を想っているのかまではアレルには判らない。それでも、アリシアがこんな風にならずとも良い様に、国の事もどうにか出来れば良いのにと願わずにはいられない。
そうして、アレルが密かな願いを胸に抱いていると、アリシアが両手を胸から離して再び顔を上げてアレルへ視線を戻してくる。
「······じゃあ、続きを話すね」
「ああ」
「えっと、今の話で誰が返還の打診をしていたかアレルが解ってる前提で話すけど、それをした理由にジュリアンの存在があるからだと私は思うの。だって、ジュリアンってハウザー家の当主なのに領地を大きくしようとしていたり、社交界にまで顔を出して高位貴族との繋がりを持とうとしていたり、とてもじゃないけど騎士らしい振る舞いなんてしてなかったの。たぶん、そんな父親の姿に騎士である事を重んじていたクライドは我慢ならなかったんじゃないかと思うの。だから、領地を手放せば父のジュリアンも目を覚ますんじゃないかって、領地返還の打診をしていたんじゃないかな?」
「それで、王都が今の様な状態になった事で、その父親を追放するなんて強行に打って出たと?」
「たぶん······」
アリシアは、どこか自信なさ気に言葉尻を萎ませた返事を返してくる。
ただ、確かにアリシアの話を踏まえると、クライドの行動自体には納得が出来る。しかし、それだけではクライドが敵ではないという根拠が弱い。何故なら、クライドが当主となった事でハウザー家は本来の在り方を取り戻したとはいえ、クライド自身には王家の指示に従わない権利がある。
という事は、現在のクライドには誰に加担するかの選択権もあるし、誰にも加担せずに静観するという選択も出来る。つまりは、その選択次第でクライドはいつでも敵になる可能性を常に有している事になる。
「それで、アリシアはクライドの奴が誰に付くか判っているのか?」
「ううん、それは判らない」
その答えに、これまでの話がクライドは敵ではないという根拠ではなかったのかと、アレルは若干肩透かしを食らってしまう。だが、アリシアの言葉はそれで終わらずに続けられる。
「でもね、追放されたジュリアンが頼る所ってドミニクの所だと思うの。そうして、兵を借りるなり後ろ盾になってもらうなりで、ジュリアンは領地を取り戻そうとすると思うんだ。そうなれば、クライドは何よりも先にジュリアンの事をどうにかしないといけなくなると思うの」
アリシアの言う通り、そうして王都側の力を使えばクライド自身を王都へ呼び付ける事も出来る。そういった呼び出しを躱すだけでも、それなりに骨が折れる事だろうとアレルは考える。
「成る程······つまり、アリシアが言いたいのはクライドが何を思ってミッテドゥルムで待ち伏せていたかは判らないけど、家の事があって直ぐにどうこう出来る訳ではないから、俺の心配は杞憂だって言いたいのか?」
「うん······駄目かな?」
確かに、アリシアの言い分には一理ある。それに、どうしてだかアリシアが自身の重荷を軽くしようと考えてくれた事が、アレルには不思議と嬉しく感じられる。
なので、どこか不安そうな表情で返事を待つアリシアに、アレルは軽い笑みを返す。
「駄目なんかじゃない。アリシアの考えは、最悪を想定する俺には考えられないものだった。俺の凝り固まった考えに、一石を投じるって意味ではある意味最高だったよ」
「本当にっ!?」
アレルの言葉に、アリシアは不安そうな表情から一転、パァッと明るい表情を浮かべる。
「ああ、本当だよ。それに、クライド自身だって分家にも領地の返還に反対してる奴がいるって俺に愚痴っていたから、あながちアリシアの言った事も間違ってはいないかもしれない」
「ねえねえ、それなら私アレルの役に立てた?」
「ああ、充分過ぎる程にな。だから、ありがとなアリシア」
そうして、感謝を口にするアレルに対してアリシアはとても嬉しそうな笑みを返してくれる。しかし、直ぐにそうじゃないといった様子で首を左右に振る。
「アリシア?」
「あっ、違うの。えっとね、私もアレルにお礼を言わなくちゃと思って······今回は、ちゃんと相談してくれてありがとね。アレルは、いつも一人で色々やっちゃうし、無理してるのも私判るから凄く心配だったの。それに、今の私にはそんなアレルに何も返してあげられないから」
そんな事はないと、そう言いかけたアレルだったがそれよりもアリシアが口にする言葉の方が早かった。
「だからね、今日アレルが訊きたい事があるって相談してくれて、私でもアレルの役に立てるんだって凄く嬉しかったんだ」
言いながら、アリシアは本当に嬉しそうな笑顔をアレルへ向けてくれる。それに、ここで何か言葉を返すのも無粋だなと思ったアレルは、自然と自らも笑みを返すのであった。




