一章〜拠り所〜 六十話 予言と古の英雄
取り敢えず、周辺の情勢と位置関係をおおよそ把握したアレルは、もう必要ないだろうと手にしていた地図を元の通りに丸める。そして、地図を返そうと隣のアリシアを見るが、首を傾げるだけでその場を動こうともしない。
なので、まあ良いかと隣のアリシアをそのままに、アレルは仕方なく左手に丸めた地図を持ったままにする。
「そういえば、教皇国で三つに割れているって言ってたけど、どんな感じなんだ?」
不意に、アレルはただの好奇心で訊ねる。
「気になりますか? えっと確か、修道士と神官を主とした教皇補佐を推す集団、神官騎士を主とした神官長を推す集団、本来ならこの二派閥だけになったと思います」
「まあ、教皇を選出するっていうならそうなるわな」
「ところが、もう一つ『奇跡の神子』と呼ばれる少女こそ神に選ばれた存在で次期教皇に相応しいと、民衆の中の信徒からは言われているらしいです」
「『奇跡の神子』って、如何にもな名称だけど、そんなのがいるのか?」
アレルは、やたらと胡散臭い響きの言葉に、懐疑的な反応を示す。
「いる······らしいんですけど、アタシも噂しか聞いていませんね。まあ、なんでも教皇聖下の崩御を予言したとか、これから起こる様々な事は二千年前の因縁からなんだとか······不思議な事を言う少女がいるそうなんです」
メリルは、自身の頬に片手を当てて、まるで心配事を吐露するかの様に話す。
その様は、その少女の言葉に何らかの不安を感じているみたいだった。
そんなメリルに、アレルは努めて軽い感じで返す。
「いやいや、人なんていつか必ず死ぬし、神様なんてものを盲信しているなら、夢や幻聴を神の御言葉だなんて感謝しそうじゃないか。その少女も、ある意味普通の信徒なんじゃないか?」
「それなら······良いんですけどね」
メリルは、どこか気掛かりでもあるのか、奥歯に物が挟まった様な物言いをする。
その反応に、アレルはそれの要因を問う。
「まだ、何かあるのか?」
「いえ、その······実は、その少女については以前から調査が行われていて、それで最後に受けた報告である予言があったんです。それで、それが──」
と、そこまで口にしたメリルは、チラリとアレルの顔を確認する。それに、首を傾げるアレルだったが、メリルはそのまま続ける。
「その、今となってはアレルさんとしか思えない人物の事を言っている内容でして」
「はあ!?」
「メリル、本当なのッ!?」
アレルにアリシアと、思ってもいなかったメリルの言葉に、驚きをそのまま口にしてしまう。
そんな二人に、メリルはどこか申し訳無さそうに続ける。
「あくまでも、今にして思えばという話ですよ。『始まりの銀窮地に立たされし時、異国の装束纏いし騎士現れ、これを救わん。異国の騎士、己が命を糧に救国の英雄へと至らん』って、なんか故郷の服を着てアリシアを助けた、アレルさんみたいじゃありませんか?」
「いやいや、ちょっと待て。そんな物騒なオマケがついた予言を俺にあてがわないでくれ。そもそも、俺は騎士ではないし、『始まりの銀』って何なんだ?」
アレルは、訳の分からない予言に巻き込まれた事の動揺を、そのまま口にする。
しかし、対するメリルは動揺するアレルを見てか、逆に冷静に対応する。
「始まりの銀とは、おそらく『始まりの』が指すのが、始祖エウロス様。そして、『銀』とはそのエウロス様が創った『始まりの三国』の内、銀髪を受け継ぐルクスタニアの姫を指しているのだと、アタシは思います」
「いや、なんかまた『始まりの三国』とか分からない言葉が出てきたけど、俺は騎士なんてやってない」
「それは······無理があるかもしれませんが、アタシ達を助けた時に、アレルさんは傭兵から奪った騎士剣を持っていましたよね?」
「剣を持っていただけで騎士なら、ほとんどの人間が当てはまるだろ······」
アレルは、肩を落としながらも、メリルの言い分に反論する。
そこで、不意に視線を隣に移すと、何故か自身を見ていたアリシアとアレルは目が合う。しかし、互いに驚いたのか慌てて目を背けてしまう。
そうして、生じてしまった気まずさを誤魔化すために、アレルは聞き覚えのなかった言葉について、メリルに訊ねる事にした。
「まあ、予言なんて解釈次第だし、当たる事の方が稀だろ。そんなものより、始祖とか三国とかよく分からないんだけど教えて貰っていいか?」
「えっ!? は、はあ、まあ構いませんが」
驚きと共に、メリルは何とも歯切れの悪い返事をする。
それに、アレルは何か訊いてはいけないものだったのかと、既に口にしてしまった言葉を後悔する。
「もしかして、誰もが知っている事でも訊いたのか? そんなに、変な事だったのか?」
「いえ、つい驚いてしまいましたが、アレルさんは記憶喪失なんですから知らなくて当たり前なんですよね」
メリルの言い方から、アレルは自身が抱いた疑問はかなり一般的な常識だった事を察する。
そこへ、アリシアから気遣う様にアレルの肩へと手が伸ばされる。
「アレル、その······大丈夫ですよ」
「ああ、ありがとな」
別に気にしてはいなかったが、気を遣ってくれたアリシアに、アレルは感謝と笑みを返す。
すると、メリルがアレルの疑問に答え始める。
「では、まずエウロス様についてですね。エウロス様は、世界最古の英雄として知られた方です。先程の話でも出た『エウロス平原』は、かつて魔王に支配されていたこの地を解放する為に、エウロス様が魔王と激しい戦闘の末に勝利した場所と伝えられています。そして、魔王との戦いに勝利した後に、聖女フローレイティア様との間に三人のお子をお作りになられて、その三人がそれぞれに興した国が『始まりの三国』であり、その内の一つがルクスタニアなんです」
「······ありがとう、解りやすかった」
一気に話し通したメリルに、アレルは色々と言いたい事を抑えて礼を言う。
(最古の英雄······か。要は、ソイツの偉業が巡り巡って、変なしきたりからの継承権問題に繋がっているんじゃないか?)
アレルは、どこか慕われている様子の過去の英雄に対して、反感を買わない様に心の中で悪態をつく。
一方で、メリルは興が乗ったのか、訊いてもいない事まで話し始める。
「エウロス様は、美しい白銀の御髪で素晴らしい人格者だったと伝わっています。それに、三国の中でも銀髪を受け継いだのはルクスタニアだけであり、ルクスタニアの騎士が使う剣術もエウロス様由来のものなんです」
「へ、へぇ······」
適当な相槌を打ちながらも、エウロスに憧れでも抱いている様なメリルの姿に、先程の悪態を口に出さなくてよかったとアレルは安堵する。
そうして、話が長くなりそうな気配を感じたのか、アリシアがそれとなく会話に割り込む。
「メリル、エウロス様の話はその辺にしてください」
「あっ······はい、そうですね。では、他に何か訊きたい事はありますか、アレルさん?」
と、語りを止められたメリルは、アレルにそう訪ねてくる。
それに、アレルは少し考える。
「他に······か。奇跡の神子については、他に情報は無いよな?」
「はい、残念ながら」
「そうか······」
神官騎士など、アレルには聞き慣れない言葉はまだある。でも、それで先程の様に誰もが知る様な話だと、いい加減記憶喪失だけでは言い訳が厳しい。
故にアレルは、神官騎士を寺の僧兵の様なものだと勝手に納得する事で、自身の好奇心を押さえつける。
ただ、それ以外だと特に訊きたい事は無いなと、アレルは自身の頭の上へ視線を向けながら悩む。
「そういえば、公国に向かうのは良いとして······最終的にアリシアは、ルクスタニアをどうしたいんだ? ただ、命を狙われているから逃げているだけなのか? 何かしら目的があるなら、この先控えた方が良い行動なんかも出てくる。だから、あるなら出来れば教えて欲しい」
アレルは、未だ傍らに立っているアリシアに視線を向けて問い掛ける。
そんなアレルに、目を合わせたアリシアは、その瞳に迷いを滲ませるのだった。




