一章〜非望〜 五百九十九話 疑いを向けられる原因
アレルは、路地から宿を目指しつつもクライドから与えられた助言について考える。
その内容に関しては、確かに両手で扱うよりも片手で振るう剣は斬撃が軽くなるし、嘘は言っていない様にも思える。例え、それが嘘であったとしても実際にセドリックと相対した時に数合剣を交えれば直ぐに真偽は判明する。その事からも、クライドの助言の内容にだけは嘘偽りが無かったと考えられる。
ただ、それをあの場で伝えてきた理由に関しては未だ謎が残る。わざわざ、門兵に扮してまで来るかも判らない人物を待ち構えていたからには、それなりの理由があるに違いないとアレルは考える。そうなると、クライド側にも何かしらの利があっての行動だと考えられるが、その利が一体何なのかが判らない。
(シープヒルで、アンデッドを倒した人間にセドリックをぶつけて御家騒動を片付けようって腹積もりだったのか? いや、あれだけ的確な助言が出来るならクライド本人がやった方が結果は良くなる様に思える。それに、そんな他人に擦り付けるみたいな行動は騎士らしくないし、何より実力の判らない他人に任せるなんてしないだろう。······となると、セドリックの実力を測る為の当て馬か?)
などと、色々と考えてはみるもののクライド本人に関する情報が少ない為か、どれも核心をつけていない感じがアレルにはしている。そこで、アレルはクライドが興味を持ったであろうシープヒルでの一件から、クライドの背景を踏まえた上でその興味を引きそうな要素を思い出してみる。
(シープヒルで戦ったのは、かつて魔神と崇められていた魔物のアンデッド。共に戦ったのは、ロバートと傭兵達を率いていたが手を貸してくれたラルフの二人。そして、その場には何かしらの王都側の企てを阻止しようとしたエリオットの部隊が遅れてやって来ている。······そのエリオット達には、宮廷魔法師が怪しいとまで話していたんだっけ? そもそも、エリオットはどんな内容を報告したんだろうか? ······ん? 待てよ、エリオットには報酬で許可証を五枚······ッ!? それだ!)
遂に、クライドが怪しんでいそうな情報に行き当たったアレルは、その衝撃に思わずピタリと足を止めてしまう。
そう、アレルはアンデッド討伐の報酬として、エリオットに国境越えの為の許可証を要求していた。その数は、うっかり瑠璃の分も加えて五枚になっているが、第三者からすれば戦った人間は三人なのに余分に二枚も要求するのは怪しすぎる。
なので、クライドがそこからアレルとアリシア達が関係していると睨んでも決しておかしくはない。
(クソ······それなのに、シープヒルでの事がバレたぐらいなんて事はないって思ってたのかよ。本当に、何をやってんだ······三人、ミリアにガルシアにもう一人の俺を追加の護衛として、寧ろ余分な二枚がアリシアとメリルの分かもって、戦った人数しか知らない奴には疑いを強めている可能性もあるじゃねえか。······まあ、誰が戦ったかを知っている奴にはちんぷんかんぷんで、そういう勘違いも目眩ましに良いかもとは思った事もあるけど。というか、咄嗟にアリシアだけでも樽に隠れてもらってて良かった。······無駄にいた王都兵に、感謝しなくちゃな)
馬車を調べた際、クライドも荷台にはメリルとミリアの二人しかいなかった事は耳にしているはずだ。それに、ミリアの方は男装までして性別を偽ってもいた。メリルだって、王都兵にフードを取れと言われて銀髪でない事を示していただろうし、人数も三人と疑いを強める五人ではない。これで、クライドにも余分な許可証は二枚って思わせられただろうし、完全に無くす事は無理だったとしても疑いを弱めるぐらいは出来ただろうとアレルは考える。
しかし、クライドからの疑いが完全に無くなった訳ではないし、自身と話した後でミッテドゥルムを離れた事も何かしらの準備の為の可能性もある。それ故に、アレルは疑いが掛けられている前提で、この先を進む際の対策を練るしかないなと覚悟を決める。
(まあ、取り敢えずは宿に戻るか。クライドも、疑っておきながらあの場で手を出さなかったなら、ここで何かをしてくるつもりはないだろうしな)
そう思い、アレルは再び霧雨の舞う暗い街中を、宿を目指して小走りし始める。ただ、アレルはいよいよもって自身の抱え込みに限界が近づいていると感じる。その証拠に、今回クライドを相手に疲労から油断を、許容限界からの迂闊さを晒してしまった。
思えば、シープヒルではロバートが常に話を聞いたり助言をくれていた為に、アレルは随分と心が軽く感じられていた。その反動なのか、以降では変な所でボロが出る様になった気もしていて、それが余計に自身を追い込む様なやり方に拍車をかけていたのかもしれない。
そう感じたアレルは、そんな風に一杯一杯に張り詰めずに緩める部分はしっかりと緩める事も必要なのかもしれないと考える。
(······なんかアリシアにも心配させてるみたいだし、全部を自分一人でやる事もないのかもしれないな)
そうして、どうにか宿の近くまで戻って来たアレルだったが、そこで再びポツリポツリと空から雨粒が落ちてきている事に気が付く。なので、小走りから本格的な走りへと移行したアレルは、せっかくアリシアが拭いてくれた頭を濡らしたくないと宿へと急ぐ。
すると、程なくして宿の前まで何とかほとんど濡れずにやって来れたが、何故か宿の軒下の辺りにミゲルの姿を見つける。
「あっ、お客様!」
そこで、アレルの足音に気付いたのか、それとも何かしらの気配を察知したのかは判らないが、アレルを見つけたミゲルが声を掛けてくる。そのどこか焦りを感じる様子に、アレルは何かあったのかと更に足を速めて軒下まで駆け寄る。
「何か、あった······のか?」
「いえ、急に飛び出されたのでどちらへ向かったのかと······」
その返しに、どうやらミゲルは宿を飛び出したアレルを追いかけようとしたらしく、それでも外に出た時点でアレルの姿を見失っていたから戻って来るまで軒下にいたみたいな様子だった。
それに、何もそこまでする必要はないだろうと思うアレルは、息を整えてからミゲルに少し言ってしまう。
「別に、待つなら中でも良かっただろ。それに、ミゲルはあまり人に見られるのも好きじゃないんだろ?」
「いえ、はい······そうですが、私の発言で何か気を悪くさせてしまったのかと思いまして」
言われて、確かにあの状況ではそう思わせてしまっても仕方ないかとアレルは申し訳なさを感じる。
「そういう事なら、すまなかったな」
「あの、一体何が理由だったんですか?」
ミゲルの疑問に、悪いと思っているアレルはその場で答えようと口を開くが、外で話すのも良くないと思いユルユルと首を左右に振る。
「······悪い、外だと少し。だから、中で話させてもらって良いか? なんか、また少し身体も冷えてきたし」
「あっ、はい。解りました、それでは中へどうぞ」
言いながら、宿の扉を開くミゲルはアレルに先に入る様に場所を譲ってくれる。アレルは、そんなミゲルに感謝を伝えつつも中へ入り、外気に晒されない宿の中に入った事でフワッと身体の強張りが解れる様な暖かさを感じる。
そして、そのまま暖炉の前に足を向けようとした所で、カウンターの店主と目が合った事で支払いがまだだった事を思い出す。
「あっ、支払いがまだだったよな。それなのに、客対応をしてもらってしまって本当にすまない」
「いえいえ、ミゲルの様子からお客様がどの様な方か、おおよそ理解出来ましたのでお気になさらないで下され。なので、後程でも構いませんが、今お支払いされますかな?」
「ああ、頼む」
「それでは、四名で銀貨一枚と小銀貨六枚となります」
アレルは、サイドポシェットから言われた金額を取り出してカウンターの店主の前へ置く。その間、ミゲルは何も言わずにアレルと店主のやり取りをやや後方から眺めている。
「はい、丁度ですな。それと、お部屋は二階の──」
「私が、後でご案内します」
と、カウンターから身を乗り出した店主の説明を遮って、アレルの後ろにいたミゲルが案内するからと店主には座っていて下さいと付け加える。
「──では、そういう事ですので」
「ああ、解った」
そう言って、カウンターの中に椅子でも置いてあるのか、そこへ腰掛ける店主を横目にアレルは暖炉のある玄関広間の方へと足を向ける。




