一章〜非望〜 五百九十八話 遅れてやって来た敗北感と負け惜しみ
霧雨になったからか、すっかり夜になった街中にはそれなりの人が夜を楽しもうと外へ出てきている。そんな中を、アレルは一人血相を変えて走り続ける。そんなに遠くなんてないはずなのに、気持ちが逸っているせいなのかアレルには門までの道がやけに長く感じる。
予定が狂ったせいで頭の回転が鈍っていたのか、それとも雨で体力が奪われていたせいだったのか、アレルはまず最初に敵の可能性を疑う所を自らの願望でクライドは辺境伯に関係する人物だと考えてしまった。そんな、そもそもの間違いによる後悔がアレルの足を急がせる。
しかし、どんどんと強まる焦りに気持ちと身体とが徐々に噛み合わなくなり、アレルは足をもつれさせてしまう。
「──クッ!?」
「おう兄ちゃん、危ねえな!」
「すまないっ、急いでいるんだ!」
ぶつかりそうになった所を、寸でで踏み留まりはしたものの文句を言われたアレルは反射で謝る。それでも、走らずにはいられないアレルはひたすらに門を目指す。
何故か、焦っているはずなのに、他に考えなければならない事もあるはずなのに、アレルの脳裏には部屋へ戻る際のアリシアの姿が思い浮かんでしまう。そして、その理由すら判らないのにも関わらず、そんなアリシアの姿に気持ちはどんどんと焦燥感を増していく。
申し訳なさなのか、それとも何か別の感情があるのか、それは最早冷静になれないアレルには見当すらつかない。それでも、アレルは自らのすべき事に集中する為に頭を切り替える。
そうして、多少は頭を働かせる事が出来る様になった所で、アレルは息も絶え絶えになりながらクライドがいる門まで辿り着く。
「──クッ、クライドっ······クライドは、いるか?」
呼吸を整えつつ、アレルは人がほとんどいなくなった門の内側から門兵に問い掛ける。すると、街の外を向いていた門兵の一人がアレルへ振り返るが、その表情には明らかな困惑が見て取れた。
「は? えっと、クライド様なら既にこの街を発ちましたが?」
「どこへ行った? そ、れは······いつ、だ?」
「さあ、行き先までは······ただ、発たれたのはクリムエーラの荷を積んだ馬車を見送った直後です」
その言葉に、アレルは愕然とし両手を膝について俯いてしまう。油断や迂闊があったとはいえ、ほぼ完璧な負けっぷりにアレルは走ってきた疲れがドッと身体にのしかかるのを感じる。
クリムエーラの荷物を積んだ馬車、つまりは自分達が街中に入った瞬間にクライドは門兵のふりをする必要がなくなったという事だとアレルは理解する。それにより、クライドがミッテドゥルムにいた理由が自分達にあったという事が確定してしまう。
「あの、そこでそうされると困るので退いては頂けませんか?」
門兵の声に、アレルは乱れた呼吸を整えながらも顔を上げる。すると、既に王都兵の姿は無く、外で待つ人々もいなくなったのか二人になった門兵の内片方がアレルへ対応していた。
「······すまない、直ぐに退くよ」
そう言いながら、アレルはヨロヨロとした足取りで壁沿いに門から離れる。それと同時に、明かりから離れて暗い場所に入ったせいか、アレルは急速に後悔に襲われてしまう。
雨が降り、早めに宿を押さえたいと焦っていたせいか、それとも目まぐるしく変わる状況に頭が疲弊していたのか、ミッテドゥルムに着いた際の自身は安堵からか警戒が緩んでいたとアレルは反省する。他に何かやり方はあったんじゃないか、そもそもクライドの誘いに乗らなければなど、アレルの頭には様々な後悔が浮かんでは消えを繰り返し、その度にアレルは自身を責める。
間が悪かったと言えばそれまでだが、そんなものでアリシア達に危険が及ぶかもしれないと考えるとアレルは自分が許せなかった。
「クソッ!!」
べチッと、直ぐ傍の壁を拳の側面で叩いて、そのままアレルはもたれそうになるのを堪える為の支えにする。
(腹を立てても仕方ない······今は、一旦落ち着いて状況を整理しよう)
まず、クライドに悟られた事についてだが、シープヒルでアンデッドと戦った事以外にはない様にアレルには思える。そもそも、それに関してはエリオットの部隊からどこかへは報告が届けられているはずなので、こちらがいくら気を付けていようと既に知られていた可能性はある。事実、クライドもどこかカマをかけてきている様な訊き方をしていたとアレルは思う。
ただ、問題はその先で、シープヒルの一件とアリシア達が結びついていないかが重要になってくる、
(シープヒルでは、ミリアは勿論その看病していたメリルも宿からはほとんど出ていない。アリシアにしたって、フード姿で出歩いていた訳だから他の旅人と区別なんてつく訳がなく、アンデッドの一件とアリシアの事を結びつけるなんて不可能なはずだ)
だから大丈夫だと、アレルは自身を落ち着けるのと同時に、果たして本当にそうなのかという自問自答を繰り返す。
(でも、仮に······もし、仮に王都側の誰も認知出来ていないアリシア達の護衛をする人物がいると考えたらどうなる? アリシア達らしき三人組の情報は、コルト付近まで王都側に確認されている。そこで、護衛する何者かが一行に加わったと考えると······移動手段と移動経路の組み合わせから、あの日にシープヒルにアリシア達がいると考えられない事もないが、何度か追手や警備網をすり抜けていたからそこに引っかかっていない時点で王都側がその予測をするとは考えづらい)
だが、そうなるとクライドがそこまでシープヒルでアンデッドと戦った人物の事を気に掛けていた理由が判らない。それに、クライドはまるでこの先セドリックと一戦交える可能性が高い事を示唆するみたいな助言を残している。
その事実が、増々アレルを混乱させクライドが敵なのかそうでないのかを曖昧にさせる。そのせいか、最早自身の考え過ぎなのではないかとすらアレルは思ってしまう。
「──ッシュ!」
ブルルッと、走って汗をかいたせいか、再び身体が冷えた事でアレルは思わずくしゃみをしてしまう。だが、皮肉にもそれで頭が冷えたお陰でここにいても何も意味が無いと思えたアレルは、考えるだけなら宿でも出来ると思いその足を宿へと向ける。
ただ、冷静になったアレルは自身が何故か道行く人々の視線を集めている事に気が付く。
そこで、自身の姿と先程の行動を省みて、傭兵みたいな装備をしている男が血相を変えて走っていれば衆目を集めてしまうという事にアレルは思い当たる。それに気付いた瞬間、咄嗟に外套で身体を覆おうとするも宿へ忘れてきた事を今更ながらに気が付く。
(何をやってんだ、本当に······)
穴があったら入りたい、そんな気持ちになりつつもこのまま人気のある通りを歩く訳にもいかないアレルは、路地に入り遠回りに宿を目指す事にした。しかし、ふとこのままミッテドゥルムへ留まっても良いのかという疑問も湧いてくる。
だが、冷静になれたアレルはクライドが気にしていたのはあくまで自身だけで、アリシア達の事までは気にしていない様に感じられた。なので、今夜だけなら大丈夫かと、このままミッテドゥルムで一泊する事にした。
何故、クライドが自身を気に掛けているのかアレルには解らない。それでも、何かしらの困難が待ち受けているならば、今夜の事を教訓に冷静な対処を心掛ければ良いとアレルは思う。その直後、アレルの意思とは関係無しにブルルッとアレルの身体はシバリングを起こす。
(これで、風邪でも引いたら本当に洒落にもならない)
そう感じたアレルは、宿へと帰る足を速めて小走りで帰路を行く。その上で、ハウザーだかパウリーだか知らないが本当に風邪を引いたら呪ってやると、アレルはクライドにしてやられた逆恨みも込めて密かに心の中で息巻くのであった。




