一章〜非望〜 五百九十七話 明かされる騎士家の嘘
クライドは言った。ハウザーの剣術では、攻撃に重きが置かれているから変則的なパウリー流とは相性が悪いと。
しかし、続く助言の様な言葉にはそのパウリー流への対策めいた事も言っていた。それに対して、アレルはそこまで判っているならば自らが戦っても勝てる訳で、わざわざ相性が悪いなどとは口にしないのではないかと考える。加えて、クライドは腹の探り合いをする中で幾つか答えられない質問があった。
それらの事から、アレルはクライドの言葉の全てに対して疑いを持ち、第三者からの情報で自らの疑念を晴らそうとしている。
「ハウザー······確か、騎士の誉れとされていた家ですね」
「されていた?」
「ええ、確か教えられた内容によると、ヴルムヴィント王国の頃にいた一人の騎士が始祖となった家らしいです。なんでも、エウロス様と共に戦った数少ない騎士の一人で、魔王ディスタヴィアとの戦いにおいてエウロス様に次ぐ戦果をあげられた上に、フローレイティア様の危機を救った事もあるとされているそうです」
「へえ」
随分と古い家柄なんだなと思うのと同時に、アレルはエウロスやフローレイティアの話ならアリシアが詳しそうだから後で訊いてみようと思う。
「まあ、そんな中で不世出の英雄だったエウロス様に騎士としての在り方を説いたとして、騎士としては異例の領地を下賜されます。その始祖の方は、騎士の中の騎士として現在でも知られている方なんですが、以降のハウザー家ではそれ程の傑物が生まれる事はなかったそうです。それどころか、領地に加えて爵位までもが世襲出来る特別な立ち位置故に、婚姻関係の方は騎士らしさを重んじてしまったが為に家が大きくなる事もなく、時代によっては直系ではなく分家が家を継いだ時もあったと聞いています」
「という事は、かつての栄光は最早欠片も無くって感じか?」
「ええ、本妻だけでなく側室も娶っていれば、生まれた子の中から優れた跡取りを選ぶ事も出来たのでしょうが、それをしてこなかった家らしいですからね。徐々に衰退し、騎士の中の騎士と褒め称えられたのも遥か昔······現在では、エウロス様の剣術を模倣したとされるハウザー流に、その名残りを残すのみらしいです」
その辺の事情は、明言は避けられていたがクライドも口にしていた通りだと言える。要は、本妻のみで家を存続させてきた歴史から、分家があると言ってもそれ程多くもなく当主の方も始祖には及ばない者しか誕生していないとの事だろうとアレルは考える。
ただ、エウロスの剣術を模倣したという話から、ハウザー流とは古流を指すのではないかとアレルは思う。
「あのさ、そのエウロスの剣術の模倣ってルクスタニア流剣術古流とは違うのか?」
「はい、聞いた話ではありますが、古流はエウロス様の剣術をそのまま模倣したものを指し、比べてハウザー流とは最早完全な模倣は不可能とし独自性を加えたものとされています」
「要は、妥協の剣術って事か?」
「ええ、端的に言ってしまえばですが。何でも、エウロス様の剣術には防御が無いらしく、それが習得の難度を高めていると聞いています」
言われてみれば、アレルがアマデウスを通して覚えている古流は全てが攻撃に関するものだけだった。ただ、おかしいのはいくら攻撃的な剣術とはいっても、防御がないというのは少し異質過ぎる様にアレルは感じる。
そこから考えるに、エウロスとは防御が必要ない程の卓越した剣技の持ち主だったのかとアレルは首を傾げる。だが、今はエウロスや古流の事よりもハウザー家の事が優先だと、アレルは頭を切り替える。
「それで、かつての栄光に縋るのも騎士として恥だとか言い出して、領地の返還をするって話になっているのか?」
「ええ、商会に伝えられた情報ではそう聞いています。まあ、そこへ異を唱えたのが今分家として残っている家で、それなりに揉めているらしいですね」
ここまで、クライドに聞いた話との齟齬は無い。だとするなら、最後の助言めいたものにも嘘は無かったのかと、アレルは自身が感じていた違和感こそがまやかしだったのかと思ってしまう。
「普通、揉めるなら本家分家じゃなくて、兄と弟のはずなのにな」
「えっ? 確か、商会の情報では今のハウザー家の本家には嫡子の長男しかいないとされていたはずですが?」
しかし、アレルが不意に漏らした軽口から、意外な形でクライドの嘘が暴かれる。それも、その衝撃にアレルが言葉を失っている所へミゲルから更にクライドが隠していた事が伝えられる。
「それに、確かその長男も父親との仲が良くなかったみたいで、分家の方で男児が生まれたのならそちらへ家督を譲るという密約を交わしていたらしいです。なので、それを知った長男はつい最近自身の父親を追放して、自らがハウザー家の当主として名乗りを上げたと聞いてます」
「······ちょっと待ってくれ。まさかとは思うが、その当主となった奴の名前は?」
アレルの直感が、急速に警鐘を鳴らし始める。外れて欲しい気持ちとは裏腹に、どこか確信めいた感覚がアレルの呼吸を浅くして心臓の鼓動すら早めてくる。
ドクドクドクドクと、早鐘を打つ心臓は全身へ血液を送り出し、それはアレルの頭にも達してくる。止めてくれ、今頭に血が上ったら冷静な判断が出来なくなる。そうアレルが思っても、自身ではその身体の反応を押さえる事が出来ない。
そんな中で、ミゲルの口からは決定的な一言が放たれてしまう。
「ハウザー家の現当主は、クライド・ハウザーです。始祖には及びませんが、それなりに優秀で騎士としても立派な方だと聞いています」
瞬間、やられたという感情よりも与えられた衝撃により目の前が真っ白になる様な感覚がアレルを襲う。だが、直ぐに落ち着かなければ何もかもが手遅れになると思い、アレルは深呼吸二つで無理矢理に自身を落ち着かせる。
クライドと交わした言葉は、それ程多い訳ではない。それに、ミゲルからの話で門兵らしくない雰囲気と仕えている主というクライドが答えられなかった質問に関しても間接的に答えが得られた。
それでも、クライドに対する疑念は残ってしまう。
何故、自らがハウザー家の当主だと名乗らなかったのか? 何故、ミッテドゥルムまで来て門兵の手伝いなんてしているのか? 最後の助言めいた言葉は、果たして真実なのかに加えてその意図は何なのか? その全てにおいて、推測出来る手掛かりすらアレルは得られていない。
それに、質問の流れからして、クライドはシープヒルでアンデッドと戦っていた人物を探しているみたいだった様にアレルには感じられた。そして、アレルは迂闊にも自身がそうであるという確信をクライドに与えてしまっている。
(でも、これがもし本当に俺だけを狙っているものなら多少はマシだ。······けど、万が一にもアリシアに危険が及ぶ可能性があるなら)
そう思ったアレルは、手にしていたスープをゴクゴクと一気に飲み下して、即座に椅子から立ち上がる。
「悪い、少し外に野暮用が出来た。宿の支払いは、戻ってからするって店主に伝えておいてくれ!」
そう言って、アレルは何の説明もせずに空になったカップをミゲルへ押し付けて、そのまま外套も身に着けずに宿の出入口へ駆け出す。
「お、お客様!?」
驚くミゲルの声を置き去りに、カウンターの方へは目もくれずにアレルは宿の外へと出る。すると、一時的に雨は霧雨程度に落ち着いていて、そんな中をアレルは馬車で通った道を引き返す様に走る。
今からでもクライドの思惑がどこにあるかを探る為に、アレルはミッテドゥルムの門へとひた走る。そうして、走る事で先程よりも心臓の高鳴りが激しくなるのを感じながら、それでもクライド相手にはもっと冷静にならなければという矛盾を抱えつつ、アレルは何から問い質すかを整理し始める。




