一章〜非望〜 五百九十話 空振りから得る新たな情報
──同日、日が暮れる直前の夕刻、ダリア近郊某所。
拉致された元黒羽根の妻子救出に動くメッサー達は、諜報班からの情報で判明した拉致犯の拠点を監視出来る離れた茂みで身を潜めていた。
「向こうの動きは?」
「外に出てくるのは、決まって男一人。それも、同じ人物なので中に何人いるかまでは判りませんね」
「そうか······」
答えるメッサーの声は、どこか重苦しい。それというのも、昼頃から振り始めた雨がある程度の物音は消してくれても、足元の泥濘のせいで出てしまうピチャピチャとした足音だけはどうにもならない。
ただ、そんな事を言っていたら何時までも筆頭の様にはなれないとメッサーは自身を鼓舞する。
場所は普段人が立ち入る事のない森の中、木々や茂みを掻き分けて進むと急に不自然さを感じるそれなりの大きさの家屋が見えてくる。諜報班の調べでは、拉致犯達が出入りしている場所はここともう一箇所しかないらしく、こちらが妻子の監禁されている場所との事だった。
ただ、実際に出入りを見ているメッサーは、その様子に対してどこか違和感を覚える。
メッサー達は、メッサーとジェシカに他三名の黒羽根の計五名で救出班として動いている。この場には諜報班の一名もいるが、ここに来るまで二日近くを五人で行動していた。その間、片道分一日二食の計算で食料も運んでいたがそれなりの量の荷物になっていた。
それにも関わらず、監視している拠点に出入りしている者を見ても食料らしき物を運んでいる様子は無かった。それでも、食料だけなら拠点の中に必要以上に溜め込んでいる可能性もあるが、母親と娘を監禁しているなら他にも必要となる物があるはずだ。そういった物の調達が見られない事に、メッサーは嫌な予感が頭を過るのを感じる。
「メッサー? アンタ、どうしたの?」
「いや······なんか嫌な予感がするんだ。下手したら、アレル様へは報告出来ない様な······そんな予感だ」
メッサーは、訊ねてきたジェシカに対して、自らが感じている不安を吐露する。それも、朱羽根を担っている人を引き合いに出してまで口にした事で、ジェシカにもその嫌な予感が伝播する。
「······あの方、色々と物分かりが良いのに変に擦れてないから、悪い報告はしたくないと思えるものね」
「ああ、それでどうこうなる様な人でもないんだけどな」
「少し話しただけでも、優しい方なのは判るし······アンタ、気付いてなかったみたいだけど気を遣われていたわよ」
「······ダナンさんの事か」
拉致された元黒羽根──ダナンは、メッサーにとって駆け出しの頃に世話になった恩人だった。正直なところ、失踪の話を聞かされた時点から、メッサーにはダナンがそんな事をする人物ではない事が判っていた。
「······判っていても、あの場で朱羽根のアレル様から拉致の可能性が語られてなければ、俺等だけで動く事になっていただろうからな。そういう意味でも、アレル様にはお礼代わりに良い報告を届けたいな」
「そうね」
そこで、メッサーは深呼吸をしてからスッと自身の気配を薄くして、口調を冷めたものへ変える。
「良いか、外から見える窓は三箇所、中への突入は俺とジェシカでやるから他は窓から連中を逃さない様に各所で待機していてくれ」
ジェシカ以外の三人が、その言葉に無言で頷く。
「情報源は一人で充分、それ以外は全員殺せ。では、各員持ち場へ散れ」
メッサーの号令に、ジェシカと諜報班の一人を残して、他の三人は静かに三箇所ある窓を監視出来る場所まで移動を始める。それから、諜報班の一人が戦闘に巻き込まれない様にその場から離れると同時に、メッサーは二振りのダガーを両手に一振りずつ握る。その横で、ジェシカは手首の辺りからピーッと鋼線の出し入れをして問題がない事を確かめる。
「大丈夫か?」
「あのね、ウチを舐めないでくれない?」
メッサーとジェシカにとって、軽口を叩いて無駄に入りがちな力を抜くのはいつもの事だった。その、二人の間の決まり事を済ますと、他の三人が配置につく。
すると、メッサーは手信号を送って他の三人へ最終確認を済ます。そして、身を屈めると視線は拠点から動かさずにジェシカへ声を掛ける。
「行くぞ」
瞬間、メッサーとジェシカはスススと拠点へ低い体勢を保ったまま速やかに近づき、入口横の壁に張り付く。それから、ジェシカが諜報班の方で用意した合鍵を取り出して、音を立てない様に鍵穴へゆっくり差し込む。
そして、扉へ手を掛けたメッサーと頷き合った瞬間、ジェシカが鍵を回して解錠されると同時にメッサーは扉を一気に開ける。
「──ッ!? 何だ──」
先んじて中へ踏み入ったメッサーの視界、その範囲にいた人数は男が四人。その内、奥にいる人物が一番情報源として相応しいと感じたメッサーは、先制で手前にいた男の喉をダガーで真横に引き裂く。遅れて、ビシャっと鮮血が飛び散る
直後、続けて入ってきたジェシカは向かって左にいた男の首を鋼線で絞め上げる。その間に、メッサーは奥にいる男を守る様に自身との間に立ち塞がろうとした男の喉元に左手のダガーを投擲する。そして、奥にいる男が未だ驚きで身体が硬直している間にメッサーは間合いを詰めて、右手のダガーの切っ先を喉元へ突きつける。
その一方で、ジェシカが締め上げていた男が鋼線をどうにかしようと喉を掻き毟った揚げ句に絶命すると、メッサー達は瞬く間にその場を制圧してしまう。
「訊いた事だけ答えろ。拐った人達は、どこにいる?」
「し、知らねえよっ!」
ちゃんと答えない男に対して、ブスッとメッサーはダガーの切っ先を男の喉元に数ミリ突き刺す。
「痛ッ!? ほ、本当なんだっ! オレ等は、変な女······そうだっ! 女だ! 赤い、血に染まったみたいな赤い髪の女に、拐ってこいって頼まれただけなんだよっ!」
だが、メッサーはズブっと更にダガーを深く突き刺してから、一言だけ男に言う。
「居場所を吐けって言ってる」
「チッ······だから、知らねえって言ってんだろうがぁ!」
男は、後ろ手にナイフを引き抜くとメッサーに向けて怒号と共に斬りつけてくる。しかし、そんな動きは予測済みのメッサーはそれを軽く躱し、回し蹴り一発で男を壁際まで吹っ飛ばす。
「ぐえっ!?」
メッサーは、ツカツカと尻餅をついた男に近づきながら男が取り落としたナイフを拾い男の傍まで行くと、男の右手の甲にそのナイフを突き刺し床に右手を縫いつける。
「あ゛あ゛ぁぁぁッ!?」
「頼まれて、どうした?」
怒りも憎しみも無い、酷く冷ややかな声でメッサーは告げる。そのせいか、男の方も次はないと感じたのか自ら訊かれてもいない事まで話し始める。
「わ、判らねえよ······拐ったら、ダリア南東にあるナーデリアって町のとある私邸へ運べって言われていただけなんだ。······──ッ!? だ、だから、そこには報酬の金が置いてあって、それでオレは、オレは金と引き換えに拐った二人を置いてきただけなんだっ! 思ってみれば、おかしな話だったんだっ! 頼んできた女は、ただ拐えって興味なさそうに、まるで誰かに命令でもされてるみてえによぉ······ま、まあ、顔は見えなかったが、それなりに良い女っぽかったけどよ······でも、悪いのはその女に命令した奴だろ? オレは、悪くねえ······見逃してくれよぉ、なあ?」
「そうか······」
メッサーの返事に、どこか安堵の表情を浮かべた男の喉元を、メッサーは無慈悲にダガーで引き裂く。
「がっ、ごぽっ······!?」
メッサーは立ち上がりながら、意識を失わずに血が噴き出す喉を左手で押さえる男へ一方的に話す。
「何でって顔だな? 最期だから教えてやる。ウチの関係者に手を出す奴には、俺達は絶対に容赦などしない。だから、お前がどんな奴だろうと何を話しても最後には殺していた。······それだけだ」
その言葉に、表情を絶望で染めた男はガクッと背を壁に預けたまま息絶える。そこへ、別の部屋を調べ終えた後でメッサーが投擲したダガーを引き抜いてきたジェシカが、それを差し出しながらメッサーへ話し掛けてくる。
「そっちの扉の奥には、誰もいなかったわ。それで、ウチ等はこのままナーデリアへ?」
「······だな」
メッサーは、ジェシカに答えながら妻子がここで殺されていなくて良かったと、嫌な予感が外れた事に安堵する。
「ただ、そこの奴が言っていた女······もしかしたら、アレル様が注意しろって言っていた暗殺者かもしれないな」
「そうね。······でも、ウチはそれより諜報班が場所を間違えた方が変な感じするけど」
「今回の件は、既に色々とおかしいんだ。それぐらいは、些事なんじゃないか?」
「だと······良いんだけどね」
ジェシカの不安を他所に、メッサー達はその場を後にして後始末を諜報班の者に任せる。そして、メッサー達はここで得た情報通りにナーデリアへと向かうのであった。




