一章〜非望〜 五百八十九話 心休まる場所を探して
街中を貫く街道沿いには、それなりの数の宿があるのが見えるも、そのほとんどが満室なのか宿の軒先で断られている人達もいる。しかし、街道付近にある宿の中にはクリムエーラの印は無く、アレルはそこから街の南と北のどちらへ向かうかを考える。
そこで、アレルは先程アリシアから聞いた話を思い出し、ミッテドゥルムもコルトと同じ様に貴族向けの宿などがあるならば、元々の住人達が住む南ではなく北側にあるだろうと推測する。アレルにはその気持ちは理解出来ないが、貴人と呼ばれる方々は下々の者達とは隔たりを作りたがる傾向があると感じる。
なので、これまで並以上の宿しかなかったクリムエーラに関係する宿は、どちらにあるかと言えば貴族向けの方に属するとアレルは考える。それ故に、アレルは馬車の行き先を街の北側へ向ける。
(さて、宿の名前に鳥が入っているか看板に羽根の意匠だったよな? ······直ぐに見つかれば良いけどな)
そうして、街の北側へ入ったアレルだったが、直ぐに自身の考えが間違っていなかった事を確信する。何故なら、街の北側の道は馬車が行き交える程幅広に造られていて、馬車での移動が普通の貴族向けに造られた道だというのが判ったからだ。
建物自体も、街道整備が計画されてからのものらしく、シープヒルの開発区で見たものと比べ、造りは同じでも僅かに精良な建物な事が見受けられる。ただ、そんな建物の中にもヘッケルで見たものと似た石造りの建物も存在している事から、アレルはやはり近くに良質な石切り場でもあるのだろうと思う。
そんなミッテドゥルム北側の街並みを馬車で行きながら、アレルは宿探しを続ける。探しているのは宿なので、道沿いにはチラホラとそれらしい建物が散見される。しかし、クリムエーラ関係の宿は見つからず、アレルはもしかしたら道沿いではなく少し奥まった所にあるのかもしれないと考え始める。
そうこうしている内に、ザァーっと瞬間的に雨の勢いが強まってきてしまう。その煩わしさに、思わず舌打ちをしてしまうアレルだったが早く宿を探したいという気持ちが勝り、文句を漏らす事なんてせずにギュッと手綱を握り直す。そうした瞬間だった。
(あっ、あれは!?)
気持ちを切り替えて顔を上げたアレルの視線の先、軒先から突き出る様に掲げられた鉄看板に、主な部分は寝具の意匠だが外枠には確かに羽根の意匠が施された看板を見つける。
正直、宿の名前を確認している余裕なんて無くなりつつあるアレルは、ここだと思い馬車を路肩へと停車させる。宿に空室を有無を確認する為に御者台から降りると、路肩にはしっかりと蓋をされた側溝の様な物があって雨水が流れているのだろう事が判る。
ようやく宿が見つかり少しは安心出来たのか、そんな所を目にしながらアレルは宿の扉をノックする。
「はい、どなたですかな?」
すると、中からは少ししゃがれた声が返ってきたので、アレルは年配の店主なのかと想像する。
「すまない、部屋を探しているんだが······四人、最悪三人が泊まれる空きはあるか?」
アレルの言葉に、ガチャリと返事が返ってくる前に宿の扉が開かれる。その扉の隙間から、白髪頭の年配の男性が顔を出す。
「はて、最悪とはどういった意味ですかな?」
「俺と連れで四人、最悪連れの三人だけでも部屋で寝られれば、俺は馬車の中ででも寝るって意味だ」
言いながら、アレルは首元からロケットを引っ張り出して、中に入っている朱羽根をこっそりと見せる。
「そ、それは!? これはこれは、大変ですな······ミゲル! ミゲルやぁ! 直ぐに、お客様のお世話を始めるんじゃ!」
アレルの見せた朱羽根に、驚きで目を見開いた年配の男性は、宿の奥へ向かって他の従業員の名前を叫ぶ。すると、奥からはスッと物音も立てずに黒に近い灰色の髪色で肌の色が褐色の青年が姿を現す。
「マスター、何ですか? そんなに叫ばずとも、近くにいたのですから聞こえますよ」
「ああ、すまんかったな······少し、驚いてしまってのう。実は、こちらのお客様が例の──」
「もう結構です、理解しました。後は、私がやっておきますのでマスターは奥で休んでいて下さい」
「ああ、すまんの」
それだけ言い残すと、年配の男性はミゲルという名の青年にその場を任せて宿の奥へと引っ込んでしまう。それから、その場に残ったミゲルはその赤みがかった瞳で、それらのやり取りをジッと見ていたアレルを睨みつけてくる。
「······それ程、純血の帝国人がここにいるのが珍しいですか?」
「は? 悪い、俺はその辺に疎いんだ。見ていたのは、先程の年配の方を驚かせてしまったみたいだから、悪い事をしたと思っていたからだ」
「······そうでしたか、失礼しました。では、馬車の方はこちらで裏手へ回しておきますので、お連れ様方と中へお入り下さい」
「ああ、よろしく頼む」
アレルの返事を聞くと、ミゲルは宿の中へ入って馬車を動かす為の従業員を呼ぶ。その間に、アレルの方もアリシア達へ声を掛けて宿が決まったから荷物を持って荷台から降りる様に伝える。
その後で、アレルは精神感知を使って瑠璃へ確認だけする。
(瑠璃、この宿は大丈夫そうか?)
──はい、問題無いと思います。でも、主様は濡れたままで大丈夫ですか?
(ああ、大丈夫だ。気にしてくれてありがとな)
そう瑠璃の気遣いへ感謝を伝えると、荷台からアリシア達が降りてくる。ミリア、アリシア、メリルと、順番に降りてくる中で、アリシアは自身の荷物とアレルの荷物をメリルは自身とミリアの物を手にして降りてくる。
「私達は、先に中へ入るが良いか?」
先に、護衛の観点から両手を空けて降りてきたミリアが、やけに低い声でアレルへ言ってくる。その無理に出している声に、アレルは思わず笑いそうになるのを堪えて応える。
「ああ、俺は服が吸った雨を可能な限り絞ってから中へ入るよ。それより、必要ない所でまでそんな声を出してると、喉を痛めるぞ」
「貴様が、やれと言ったのだろう!」
と、ミリアは元の声に戻してアレルに怒号を浴びせると、フンッと顔を背けて宿の中へと入っていく。その後には、アリシアとメリルがアレルの前で足を止める。
「アレルの荷物は、私が運んでおくね」
「ああ、ありがとう。それと、支払いなんかは後で俺がやっとくから、三人は部屋が分かれる様ならどちらかの部屋に一緒にいてくれ」
アレルがそう言うと、アリシアではなくメリルがアレルの言葉に応える。
「あの、支払いぐらいならアタシがやりますけど······」
「いや、その辺は一応男としての面目を立たせてくれると助かる」
元の世界では、男女平等でそんな事で面目など潰れはしないが、この世界は未だに男社会的な部分が多分にある。それ故に、アレルはこう言えばメリルも引き下がってくれるだろうと考える。
「······もう、そういう事なら仕方ありませんね」
「悪いな」
すると、今度はアリシアのローブの裾から瑠璃がちょこっと顔を出す。おそらく、その辺りに瑠璃の寝床として購入した小物入れをアリシアが肩から下げているのだろう。
──主様、アリシア様達の事はルリに任せて下さい。
「ああ、頼むな」
そのやり取りに、アレルの視線を辿って瑠璃を見たアリシアが一言だけ訊ねてくる。
「ルリちゃん、何か言ってるの?」
「警戒は任せて下さいってさ。それより、二人もいつまでも外にいると濡れるから先に宿へ入っていてくれ」
「うん、アレルも後でね」
「それでは、支払いはお願いしますね」
──ルリも、主様の事を待ってますね。
そう三者三様の言葉を返しながら、アリシア達は宿の中へ入っていく。それを見送ったアレルは、一人馬車の前方へ歩いて馬達の鼻面を撫でる。
「お前達も、お疲れ様な。今夜は、ゆっくり休んでくれ」
そうして、宿の軒先まで歩いたアレルは外套を脱いでから、入口とは逆の方へ向けて大まかな雨粒を振り払う。そうこうしている内に、馬車を動かす為の従業員が宿から出て来て、馬車を宿の裏手へと運んでいったのでアレルは宿の前で一人になる。
フゥと、思わず安堵のため息を吐いてしまったアレルは、水気を払う手を止めて空を見上げる。これで、一先ずは落ち着いたが未だ問題は山積みな事に、アレルはまた色々と考えなければいけないなと思いつつも、くしゃみを一つするのであった。




