一章〜非望〜 五百八十八話 錯綜する思惑
──アレル達の馬車が街中へ去った後の門前。
クライドは、先程のアレルという青年とのやり取りを思い出しながら口元に笑みを浮かべる。そこへ、クライドが部下として連れてきた者が青年とのやり取りを陰で盗み聞きしてたのか、どこからか出て来て声を掛けると共にその内容に触れてくる。
「あの······話を聞いてましたが、クライド様にはご兄弟などいらっしゃいませんよね?」
「ああ、彼と話していて弟でもいれば良かったとは思っているがな」
笑みを深めつつ、クライドは駆け寄ってきた部下と共にミッテドゥルムから離れていく。
「また、そんな御冗談を······それより、良かったのですか? 王都からの召還に、お応えになられずこんな所で遊ばれていて」
「フッ······王都に向かわずとも、仕事はしているではないか。それに、王都へは代わりに婿が行っているのだから何も問題はないはずだ」
その婿も、何やら密命で動いているらしいけどなと、クライドは部下に漏らす。
「また、その様な事を······ミッテドゥルムの門兵達にだって、無理を通されてまで何をされていたんですか?」
「なに、陸での釣りを楽しんでいたのさ。今は、気軽に海釣りも出来ぬからな」
クライドは、核心を突く様な事は一切口にせず、やや後ろを歩く部下にはやれやれと呆れられてしまう。
「それよりも······馬を繋いでいる所まで戻ったら、伝令を頼みたい。あの方へ伝えてくれ······直に、待ち続けていた荷物がそちらへ向かうとな」
「あの、その時は使ってよろしいので? ハウザー家当主、クライド・ハウザーの名を」
「ああ、そうでなければ伝わらぬだろうからな」
クライドは、自身の動きで今後の行く末がどうなるかなと、先程の青年とのやり取りを思い出しながら悠然と歩くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──ミッテドゥルムへと入ったアレル一行。
ミッテドゥルムは、宿場となるにあたり元々あった町の北に宿場としての部分を新たに開発された街らしく、街の全形は空から見下ろすと二つの大小の円形を繋げた形──アレルの感覚だと逆さにした雪だるまの様な形をしていると、樽から出て来たアリシアから幌越しにアレルは聞かされる。
アリシアによると、街道が貫いているのは宿場としての方だけで、雪だるまの頭に当たる元々あった部分の方は南側に抜ける舗装されていない道だけがあるという話だ。そちらの頭の方は、元々の住人の住居などがほとんどで、店なども住人達が必要とする店しかない。
逆に、雪だるまの胴体部分の方は、新たに開発されただけあって旅人向けの宿や商店などが豊富で、街の外から訪れる者のほとんどがこちらで過ごして頭の方へは滅多に行かない。その上、頭と胴体を繋ぐ部分には門が設けられていて、それを作るのが元々住んでいた住人からの条件だったとアリシアは話す。
「この辺りの土地が魔物から解放されたのが二百年前で、それから割と直ぐに開拓民が送られて村や集落を作ったらしいの。それで、暮らしが安定して問題ないって判ってから街道整備の計画が立てられたから、苦労して開拓してきた人達にとっては腹立たしい事でしょ? でも、その人達も結局国土は王家の所有物って事は解っていたから、せめて自分達の暮らしは守りたいって開発部との隔たりを設けるって条件を出したらしいの」
「よく、そんな条件が通ったな」
アレルは、馬車を徐行させつつ宿を探しながらアリシアの話に相槌を入れる。
「うん······ほら、シープヒルは魔物がいた頃からあった集落だったって話だから少し違うんだけど、他はもしも魔物が残っていた場合も考えてそれなりに戦える人が多かったらしいの。だから、叛意を抱かせない為にある程度の条件は叶えたって事なんじゃないかな?」
「へえ······そういうもんか」
アレルは、アリシアの話を聞いてふと街の外壁を眺める。見た感じ、新たに開発された胴体側は十m程の高さがあるが、元々あった頭側の方の壁は七から八m程と幾らか低く造られているらしい。
暗いし遠いから詳しくは判らないが、アリシアの話から壁に関しては同時期に造られただろうし材質や造りも同じ物だろうと考えられる。その辺りに、アレルは妙な軋轢の痕跡を感じてしまう。
(墾田永年私財法なんて無いだろうし、世知辛い世界だな)
そんな事を思いながら、アレルは先程のクライドとのやり取りを振り返る。
最初、アレルはシープヒルの守備隊と同じく門兵をやっているなら、クライドは辺境伯の私軍に所属しているものだと思っていた。しかし、言葉を交わしていく中で、全てを明かしていない様な胡散臭さを感じる様にもなっていた。ただ、それでも不思議と律儀さの様なものも言葉の端々に感じられたせいで、アレルは別れた現在もスッキリしない感覚にとらわれている。
何が真実で、何が嘘だったのか······それが判らない以上、対処すらままならない。なので、その真偽を確かめる為にも、アレルは一度黒羽根と接触してその辺りの確認の必要性を感じていた。
「アレル? どうかしたの?」
と、そこへ黙り込んだのを不審に感じたのか、アリシアが声を掛けてくる。アレルは、ここでアリシアに胸の内を探られない様に黙っていた事を雨の所為にする。
「いや、少し雨で冷えたなと思ってさ」
「ねえ、それ大丈夫?」
アリシアは、軽く幌を捲ってアレルの様子を見ようとしてくる。それをアレルは、アリシアが僅かに捲った部分を雨から遮る様に自らの背中に庇う。
「大丈夫だから、ちゃんと中に入っていてくれ。そっちまで濡れたら、俺が一人で雨に打たれている意味も無くなるから」
「······うん、無理しないでね」
それだけ言うと、アリシアは幌を閉じて中へと引っ込んでくれる。
そこで、アレルは精神感知を使って、アリシアとの会話を邪魔しない様に黙っていた瑠璃に訊ねる。
(瑠璃、街中に危なかったり怪しい奴はいるか?)
──そうですね······それなりに人が多い街なので、そういった感じなのは大なり小なりいますね。ですが、こちらへ悪意を向けている様な方はいません。
(そうか······ありがとな、瑠璃)
──いえいえ。
アレルは、瑠璃からの報告を受けて感謝と共に精神感知を切って周囲を見渡す。
雨は未だ弱まる事すらなく、街中を動いている人々のほとんどは今夜の宿を探している人達みたいだった。中には、なかなか宿が決まらずに焦りを見せている様な人も散見している。それにアレルは、瑠璃はもしかしたら焦る人々の苛立ちなんかも感じ取っているのかもしれないと思う。
ただ、宿が決まっていないのはこちらも同じなので悠長に構えている暇も無い。そう思ったアレルは、クリムエーラが関わっている宿の印を街中から探しつつ馬車を走らせるのであった。




