一章〜非望〜 五百八十七話 読み切れなかった思惑
クリムエーラの荷物、それはルクスタニア国内に暮らす者ならば粗相が出来ない物だと感じるらしい事はアレルも知っている。それで、何度か荷物を詳しく調べられる場面を逃れてもいて助けられてもいる。
しかし、今この場においてはその威光が裏目に出て、何とも間が悪い所で邪魔をされてしまった。
「──アレル君、少し良いかな?」
そのせいで、何かを言いかけていたクライドも、そう言って断りを入れてきてしまった。
こうなっては、最早訊き出す様な雰囲気ではないだろうと、アレルは手振りでどうぞと示す。
「それならば、調べるのを切り上げて汚した所を掃除するんだ」
「はい、分かりました」
クライドは、後方にいる門兵へ指示を出すとアレルへ顔を向けてくる。
「すまないな、こちらの事情で話を中断してしまって」
「いや、こっちの荷物の事だしクライドが謝る事ではないだろ。······まあ、後ろにも並んでいる人はいるし、話はここまでだろうな」
何とも中途半端な幕引きに、アレルはその不完全燃焼感を表情に出してしまう。ただ、それはクライドの方も同様だったみたいで、まるで愚痴るみたいに一言を漏らす。
「······面白くなってきた所でとはな」
「まあ、元々時間制限付きで始めた事だからな」
言いながら、アレルはやれやれと肩を竦めるが、クライドは何故か笑みを浮かべてくる。
「しかし、今のを勝負と考えてみると、こちらの質問に全て答えた君の勝ちなんだろうな」
「そんなつもりでやってねえよ」
「まあ、そう言わないでくれ。負けを認める代わりにではないが、君に一つ贈り物をしようか」
「いや、荷物になる物なんて要らねえよ」
贈り物と聞いて、特に何かを貰う様な謂れのないアレルは遠回しに断る。しかし、クライドは首を横に振ってそうではないと口にする。
「私が贈るのは、品物ではなく情報だよ」
「情報?」
「そうだ。流石に、先程の君の質問には答えられないが、他の情報を提供しようと言っているんだ。まあ、私に話せるのは家の事を少しだけなんだがね」
家の事、つまりはアレルの考えが正しければハウザー家の話という事になる。現状、セドリックの影に追われているアレルにとって、その情報は有益であるかもしれない。
しかし、一歩引いて冷静に考えると、クライドはこの提案を何かしらの試金石にしている可能性がある。
例えば、ここで何も考えずに申し出を喜ぶ様な態度を見せれば、アレルがハウザー家絡みの事で何かしら悩みを抱えている事が伝わり、その迂闊さにクライドを失望させるかもしれない。反対に、何も考えず即座に申し出を断ったとしても、クライドがアレル側の事情を把握していたのなら、有益な情報を得る機会を自ら手放したとしてこれも失望させる事となる。
そういう考えもあるせいか、アレルはクライドからハウザー家の話を聞くかどうかに迷う。いっその事、失望させる可能性しかないなら何も迷わずに飛びつく事もアレルは考えるが、せっかく先程のやり取りで良い印象を与えたみたいなので下手に評価を落とすのも面白くない。
しかし、ふと思えばクライドからハウザー家の話を聞いたところで、果たしてその情報がセドリックまで結びつくかも微妙な事にアレルは気が付く。
「······別に、クライドの実家の話になんて興味ねえよ」
言いながら、アレルは軽く肩を竦めつつ鼻で笑う。そこには、セドリックへ繋がる話を聞けるか判らないという考えの元、クライドが話そうとしている内容にアレルが価値を見出していない事を示す意図がある。
そうすれば、このまま話を聞かずとも価値はないと判断した事を示せるし、話す話さないの選択権をクライドへ委ねる事も出来る。姑息だとは思うが、確証のない情報に踊らされない点においては及第点だろうとアレルは思う。
すると、クライドはその口元に深い笑みを浮かべる。
「やはり、君は面白い人物だな。まあ、興味はなくとも暇潰し程度に私の愚痴に付き合ってはくれないか?」
「······ああ、後ろもまだ少し掛かるみたいだからな」
アレルは、そんなクライドの反応を訝しみつつも、荷台の方でまだ少し時間が掛かりそうなのを理由に話を聞く事にする。
「それで私の実家の事なのだが、実は下賜された領地が過分だと感じていて、兄の代で王家に返還する話が出ていたんだ。ただ、それを黙って見過ごす事が出来なかったのが分家の連中でな······恥ずかしながら、今は本家と分家で意見をぶつけ合っている状態だと聞いている」
「へえ、それって本家の方で勝手に進めたら駄目なのか?」
詳しくは知らないが、下賜された領地はあくまでもそれを引き継いでいる家にこそ権利があるのではと考えるアレルは、本家の持つ強権で黙らせれば良いのではと訊ねる。
しかし、クライドは困った様な表情をしつつ首を横に振って返す。
「そもそもの、叙爵され領地を下賜された先祖が、後の世に騎士として在り方を示した人物らしくてな······家のしきたりで揉め事となった場合は、互いの誇りを賭けた決闘にて話をつける事となっている。そこで、分家が用意したのが最近王都へ召し抱えられた婿殿って訳なんだ」
「どういう事なんだ? 揉め事解決の決闘と、分家が婿を取る事と関係なさそうに感じるけど······」
「それが、関係あるのだよ。その決闘なんだが、家の者でしか名乗り出る資格がないとされている。それに、元々本家を継ぐには一族で最も強くなければならないとされていて、既に兄は一族内でその強さを示している。だからこそ、決闘に誰が名乗り出ようとしても分家には勝ち目が無い事も判りきっているんだ」
それならば、既に結果は見えているのではないかとアレルは思うが、その分家の婿であるセドリックにはある特徴を有している事を思い出す。しかし、それをそのまま口に出せばセドリックについて詳し過ぎると指摘される恐れがある為、アレルは多少なりともぼかしてクライドへ言葉を返す。
「······要するに、その分家の婿ってのが判りきってる勝負をひっくり返す、不確定要素を持っているって事か?」
「ああ、分家の者達は同じルクスタニア流剣術では結果が見えている事から、他流派を扱う剣士を婿として迎え入れたんだ。それも、少し面倒な剣術でルクスタニア流の中でも攻撃に主眼を置いているハウザーの剣とは相性が悪い。まあ幸いなのが、その婿殿が野心的な考えの持ち主のお陰で家の領地よりも王都での栄達に執心していて、領地の話自体は先延ばしになっている事ぐらいだな」
そこまで話すと、バシャバシャと誰かが駆け寄る為に水溜まりを弾いていく音が近づいてくる。
「掃除まで、きっちりと終わりました!」
「うむ、ご苦労。先に、馬車から離れていてくれ」
「はいっ」
クライドに言われた門兵は、拳を作った右手を左肩の辺りに付けて答えると門の横まで下がっていく。それよりも先に、既に王都兵の二人も気怠そうにしながら同様に戻っていた。
「なんか、代わりの話も半端になったな」
「そうだな······しかし、最後にこれだけは伝えておこう。二振りの剣を振るう以上、斬撃自体は重くない。しっかりと下肢を意識して、背中の筋肉を利用した斬撃で対応すれば受け切れない事はないし弾く事も出来る。例え、受け切れずとも軽い斬撃では大した傷にもならぬから、恐れずに自らの剣を振るうと良い」
クライドは、まるでそれを伝えるのが目的であったみたいにアレルへ助言を残す。
しかし、それはセドリックの使うパウリー流の事を知らなければ意味の解らない事で、アレルはそこからクライドが既に自身の事をある程度把握している事を確信する。
「悪いが、何の事だかさっぱりだな」
「フッ、解らぬならそれで構わない。ただ、私からは以上だ。速やかに、街の中へと入ると良い」
最後に、意味深な含み笑いを浮かべてクライドは馬車から離れていく。
それに対して、アレルはクライドがどんな人物で敵か味方も判らなかったが、パウリー流に対する助言だけは助かったと感じる。そうして、アレルは街中へと馬車を動かしながら、すれ違いざまに門横に立つクライドを密かに睨むのであった。




