一章〜非望〜 五百八十六話 突然始まる心理戦
クライドに訊きたい事は、そう多い訳ではない。しかし、最近は黒羽根達から王都側の動きは聞いていても、辺境伯に関しては王都側の動きにどう対応してるかだけで具体的な方針の様なものは聞かされていない。
故に、アレルはこの機会にクライドからそういった話を引き出せたなら僥倖と考える。
「さて、それでは最初に君の口調を普段のものにでも戻してもらおうか? 慣れない話し方だと余計に時間を使うし、何より君と私は同年代ぐらいでなはないか。少ない時間を有効に使おう」
「そう仰って頂けるなら······じゃあ、こっちからも······短い時間とはいえ、このまま濡れ鼠ってのもなんだからフードを被り直さないか?」
そうやって、アレルが砕けた口調で提案すると、クライドはそれもそうだなと雨よけのフードを被る。なので、アレルも同様に脱いでいたフードを被り直す。
「それでは、次は私から提案するが、短い時間を有効に使う為に互いに一つずつ交互に質問するのはどうだろうか?」
「ああ、そうだな。それなら、先は譲るよ」
アレルは、若干逸る気持ちを抑えつけてまで、先に質問する権利をクライドへ譲る。そうする事で、アレルは自らがあまり訊きたい事がないみたいに装いつつ、クライドの質問に自らが先に答える事でクライドがこちらの質問に閉口しづらい状況を作ろうとする。更に言えば、クライドが提案しだした事なので、アレルは先手を断りづらいだろうという所まで含めて先を譲っている。
すると、クライドはどこか愉快そうな笑みを浮かべつつも、アレルへ頷きを返してくる。
「ならば、遠慮なく先はもらおう。それで、アレル君のその装備は傭兵か何かでもやっているのか?」
だが、クライドはアレルの思惑に薄々勘付いている節があり、最初はアレルが次に突っ込んだ質問をしづらい様に当たり障りのない質問を繰り出してくる。
「まあな、それだけじゃ食ってけないから、こうして移動ついでに荷運びをして日銭を稼いでいるんだ。······んで、次は俺からなんだが、そっちからは門兵らしくない雰囲気を感じるんだが俺の気の所為か?」
ただ、そこはアレルも手慣れたもので、同じく生業を訊ねるふりをして疑問の一つをぶつけてみる。
「フッ······そこを問われると少し答えづらいが、察してもらえると助かるよ」
言いながら、クライドは後方の王都兵達へ視線を向ける。要は、それで奴等への監視という意味を示唆しているのだろうが、明言はしていないので誤誘導の可能性をアレルは危惧する。
「すまないが、察しが悪いんだ。ハッキリと、答えてくれないか?」
「ふむ、ならばこちらも上手く答えられない代わりに質問権を一つアレル君へ譲ろう。さあ、次は何に答えれば良い?」
すると、クライドは自らの明言を避けつつアレルへ質問権を譲渡する事で、アレルの手札を一枚多く出させて先手を譲られた不利を潰そうとしてくる。
それでも、こういった場合アレルは敢えて話を遠回りさせる事で、話題を逸らさずに手札を水増しする方法を取る。
「それなら、後ろの連中······やけに横柄な気がしたけど、クライドには一歩引いた態度だったな。どうしてだ?」
「それか······中々良い所を突いてくるな。······実はな、彼等はとある人物と共に王都へ召し抱えられた者達でな。その、とある人物とは領地を持った騎士の家の分家に婿入りした者で、私はそこの本家筋の次男なんだ。だからこそ、彼等は私にもある程度の敬意を払ってくれているのだろう」
その話は、おそらくセドリックの事を話しているのだろうとアレルは考える。というよりも、騎士の家の分家に婿入りなんて話はセドリックの事しかアレルは知らない。
ただ、そうなると馬車の後方にいる王都兵は、召し抱えられた際に王都へは向かわずに直接ミッテドゥルムへ来ている可能性が高い。
(そりゃ、仕えていた人物からの連絡が王都へ向かって以来無ければ苛立ちもするか)
そう考えるアレルだったが、クライドの話で領地を持つ騎士の家というのが少し特殊な立場であるのが気になる。本来なら、騎士は一代爵位で世襲は出来ないはずだ。それに、騎士には領地を与えられるなんて事も普通は無い。
その辺り、ルクスタニア内でのハウザー家とはどういった位置づけなのか気になったアレルだが、そこへクライドから一言飛んでくる。
「次は、私の質問だが良いかな?」
「ああ」
「君がやって来た方向に、シープヒルという町があるんだが、先日そこに強力な魔物が出たらしくてな。アレル君は、それについて何か知らないか?」
考え事をしていたせいか、反射的にアレルは知らないとしらばっくられてしまいそうになる。しかし、一旦落ち着いて考えてみると、この国では珍しい黒髪で大立ち回りをしていたので、黒髪の誰かがそれと戦っていたという話ぐらいは聞いているかもしれないとアレルは思う。
ただ、それを偶然の一致としてやり過ごす事ぐらいは可能かもしれないと考え、アレルは果敢に心の読み合いへ挑む。
「確かに、その時偶然シープヒルに居合わせたけど、警鐘が鳴らされた際は盗賊の一団って話だったな。だから、知ってるか知らないでは知らないとしか答えられない」
「そうか······しかし、私が聞いた話ではその魔物と戦ったのは三人······その中に、黒髪の青年がいたと聞いているんだが?」
やはり、そこまで知っての質問だったかとアレルは薄く笑みを浮かべる。
「待った。それは、別の質問だろ? まず、こっちの次の質問に答えてからが筋なんじゃないか?」
アレルは、クライドからの質問では知ってるか知らないかを答えるだけで、一つの質問は終わりだと主張する。
すると、クライドはニヤリと口元に笑みを浮かべ返す。
「確かに、切り出しに一つ質問を使ってしまったのはこちらの落ち度ではあるな。さあ、次の質問をしてくれ」
そう言われても、クライドは知りたい事に王手をかけている様な状態だ。なので、アレルも次の質問でクライドが話したくない様な所を突かなければ引き分けにすら持ち込めない。
ならば、クライドはどんな質問に言葉を詰まらせるかと考えると、門兵らしくない雰囲気と言った時しかなかったとアレルは思う。
「それなら、直球でいかせてもらうけど······クライドが仕えている主は誰だ?」
王都兵との軋轢、それからシープヒルで聞いた話を総合して、アレルはクライドが辺境伯の私軍に属しているのではないかと思っていた。ただ、シープヒルでの戦闘の事を訊ねてきた時点で、それも怪しいと感じ始めてきてしまった。
もし、クライドが辺境伯の私軍に属していたなら、シープヒルでの詳細はエリオットの部隊の伝令から伝え聞いていたとしてもおかしくない。それを、わざわざここで訊ねてきたという事は、詳細を伝えられない所に属している可能性が出て来る。
それ故に、アレルはクライドがどこに所属している人物でも、その主を答えさせれば全てがハッキリすると思い主は誰だと訊ねた。
(自ら出自を話したのだって、もしかしたら所属を誤魔化す為だった可能性もある。······さて、どうだ?)
「本当に君は──」
「あのっ、荷物の中にクリムエーラの印が付けられた物があるんですが、どうすれば良いですかぁ?」
そこへ、アレルとクライドの間にあった緊張感をぶち壊すみたいな声が、荷台を調べていた門兵から上がる。




