一章〜非望〜 五百八十五話 無視の出来ない存在
アレルの目の前で、二人組が四人に調べられていく。身分証を提示する二人は夫婦らしく、手荷物も少ないのでそれで通れると思った様で前へ進むが、それを王都兵は許さず妻の方の腕を強引に引っ張る。当然、夫の方は憤慨するも王都兵にうるさいと突き飛ばされる。
妻は、尻餅をつく夫へ駆け寄ろうとするも王都兵に掴まれた腕を引っ張られて、強引に外套のフードを脱がされる。その髪色が、お目当ての色でなかったのか王都兵は舌打ちと共に妻の腕を離して、夫の方へと同じく突き飛ばす。
長々と調べている事に、かなり焦れてきているのだろう。しかし、そうした苛立ちを感じていたのは列に並んで待たされていた夫婦も同様で、二人で立ち上がると王都兵へ文句を言う為に近づこうとする。
そこへ、お待ち下さいと門兵の一人が立ち塞がり、とても丁寧な対応で頭を下げる。そうして、貴人に対するみたいな振る舞いで夫婦を宥めると、不承不承ではあるものの夫婦はミッテドゥルムへと入っていく。
(へえ······もしかして、コイツがここでの対応を考えた奴なのか?)
その、個々人の抱える悪感情までも見通した様な対応に、アレルはもしかしたら普段は門兵なんてやっていない人物なのではないかとすら思ってしまう。しかし、そうして信頼出来そうだと感じた人物を注意深く観察しようとした矢先に声を掛けられる。
「次の奴、早く前へ出ろ!」
その反面、苛立ちを隠すどころか他者へとぶつけてくる王都兵に嫌悪感を抱くアレルは、馬達を動かす前に精神感知を瞬間だけ使い瑠璃へ確認をする。
(瑠璃、アリシアはちゃんと隠れたよな?)
──はい、ルリがしっかりとお守りしています!
と、少し首を傾げたく内容ではあったものの、アリシアの事は確認出来たのでアレルは手綱を操作して馬車を前に進める。
「止まれっ! ······一人か?」
王都兵の質問に、アレルは視線を左右に振り肩を竦める。
「幽霊でも見えてんのか?」
「このッ、ふざけおってからにッ!!」
火に油とはこの事か、アレルのおちょくりに顔を真っ赤にした王都兵は剣を抜こうとその柄に手を掛ける。しかし、それは隣まで来ていた例の門兵に止められる。
「落ち着かれよ。今のは、貴方の訊ね方も良くない。······そして、君の方も態度がなっていないのは自分でも解っているね」
「ええ、申し訳ありませんでした。こちらも、少々気が立っておりまして不躾な訊ね方に対して相応に応えてしまいました」
アレルは、門兵には普段はやらない礼儀を弁えた態度をとる。ただ、それに我慢ならない様子の王都兵が何か口にする前に、門兵が先じてアレルへ訊ねてくる。
「後がつかえているので、君の態度については見逃そう。私の名は、クライドだ。君は?」
門兵──クライドは、名乗りと共に被っていた雨よけのフードを脱ぐ。赤みがかった淡い金髪に灰色混じりの青い瞳で、落ち着いた雰囲気とは違って顔立ちはアレルとそう違わない青年の様な若さが感じられた。
そんなクライドに、アレルも自らのフードを脱いで頭を下げる。
「高い所から失礼致します。私はアレルと言います」
そうして、アレルが黒髪で黒い瞳である事を知ると、クライドはどこか驚いた様な表情を浮かべる。
「ブルックス伯と同じ······先程の態度から察するに、君──アレル君はブルックス伯の庶子であったりするのか?」
「いえ、偶然こんな容姿をしているだけに御座います。それよりも、お仲間が待たれている様なので手早く調べては頂けませんか?」
アレルがそう言うと、クライドはそれまで忘れていたかの様に王都兵へと視線を向ける。すると、王都兵はイライラした様子でアレル達のやり取りを睨みつけていた。そのせいか、クライドはバツの悪さを誤魔化すみたいに咳払いを一つ挟んでからアレルへ訊ねてくる。
「では、君の他に誰か馬車に乗っているのか?」
「ええ、後ろに私の妻とその弟······私にとっての義理の弟が乗っております」
アレルは、メリルを妻と称してミリアの事は義弟だと嘘をつく。それに、荷台の方でガタッと物音が聞こえてくるが、クライドや王都兵には聞こえていなかったみたいなのでアレルも特に反応はしなかった。
だが、王都兵は妻と聞いたからか、その髪色を確認しようと焦るあまり御者台へと近づいてくる。その意図は判ったのだが、アレルは王都兵なんかに踏み荒らされたくなかったので座ったまま横に動いて王都兵の邪魔をする。
「オイッ! 貴様、どういうつもりだッ!」
グイグイと、王都兵はアレルの肩を押してくるが、アレルはドシッと座り込んで微動だにしない様に抵抗する。
「そっちこそ、何も言わずに汚え足で上がろうとしてんじゃねえよ」
「こんの、クソガキが──」
そう口にしつつ、王都兵はこれまでと同様に剣を抜こうとするが、それを予期していたみたいにクライドがその肩を力づくで引いて止めさせる。
「止めとけ。貴方が抜けば、このアレル君だって黙って斬られる様な人物ではない。······そうだろ?」
クライドは、アレルに対して鋭くした目を向けてくる。その気迫は、ロバートには届かないまでもラルフと同等ぐらいには感じるもので、おそらく実力もそれに見合うものだとアレルには感じられた。
ただ、その目はアレルがその気ならばクライドも王都兵側に付いて、アレルの暴挙を止めなければならなくなると言っている。
「まあ······な。でも、連れに無礼を働いたり馬車を汚したりさえしなければ、俺からは何もするつもりはないかな」
アレルは、口調を普段のものに戻して自身が嘘や誤魔化しを口にしてる訳ではないと示す。すると、クライドはもう一人の門兵へ目配せをして、王都兵の肩から手を離す。
「······だそうですので、貴方達も横柄な態度は控えて下さい。次は、私も止めに入れるか分かりませんので」
「う、うむ······気を付けよう」
そう言って、どこかクライドに気圧された様に見える王都兵はすっかり大人しくなって、もう一人の王都兵と共にクライドが目配せした門兵に促されて荷台の後方へと足を向ける。
そして、アレルの前にはクライドと街の入口に立ち塞がる門兵だけが残された。
「あなたは、調べなくてもよろしいのですか?」
「ああ、私が調べずとも問題ないのは確信している。それよりも、少しアレル君と話をしたくてね。······心配せずとも、彼等には勝手をさせない様に伝えてある」
クライドは、暗に先程の目配せで王都兵に好き勝手やらせるなと伝えていた事を示してくる。そんなクライドに対して、自身も興味が湧いていた事もあってアレルはクライドの申し出に頷く。
「ええ、私もあなたと少し話してみたいとは思ってました。ただ、こんな天気ですし後ろの方々が調べ終わるまでとさせて頂ければと思います」
言いながら、アレルはサイドポシェットから身分証を出してクライドへ提示する。
「ああ、それで構わないよ。少し、世間話をしたいだけだからね」
クライドは、アレルの身分証を一瞥してからアレルへしまう様に手振りで示しながら言う。
そうして、アレルは荷台の方で何をされてるか気にしつつ、クライドへ気になっている事について探りを入れ始める。




