一章〜非望〜 五百八十三話 考える事は皆同じ
ミッテドゥルムへ立ち寄る事を決めた中、アレルは他に街道を行く者達へと注意を払う。何故なら、雨を理由に馬車へ乗せてくれないかと頼み込んでくる者がいないとも限らないからだ。
それが、単なる旅をしている善良な者ならまだしも、正体を隠す追手や暗殺者だったのなら足を止めて話を聞く事すら危険が伴うかもしれない。そもそも、アリシア達が乗っている荷台に見知らぬ他人を乗せる事なんてありえない。それで、アリシア達を変に警戒させて疲れさせるなんて以ての外だとアレルは思う。
「おーい、そこの──」
と、そんな事を思っていると本当に声を掛けてくる者がいたので、アレルは無言で少し離れた所にある木立を指差す。そこには、木々の間の頭上より高い所に縄を張り、その上に雨を通さない布を固定して雨よけを作っている者達がいた。要は、雨を凌ぎたいなら向こうに行けとアレルは厄介払いをしている。
本来なら、話ぐらいは聞いてやるべきだと思うのだが現状そんな甘さをみせる余裕もないので、そんな冷たい対応をアレルは心の中で申し訳なく思う。ただ、声を掛けてきた者も謙虚さを持ち合わせていた人物みたいで、それでもアレルに頭を下げてから木立へと向かって走っていく。
その後ろ姿に、チクッと心が痛みアレルは本当に申し訳なく感じる。しかし、それでも甘い顔を見せたらいけないと頭を振って自身の甘さを振り払う。
──主様、今の方とは違い少々性質の良くない方が少し先で足を止めてます。
と、そこへ瑠璃からの忠告が伝えられて、アレルはやはり油断なんて出来ないなと気を引き締める。
それから、馬車で走っていると瑠璃の忠告通り、まるでこちらが来るのを待っているかの様に街道の真ん中で足を止めている者がいた。粗末な外套を身に纏い、フードを被っていて顔は見えなかったが街道の真ん中で足を止めている時点で、碌な人間じゃないと判断出来る。
瑠璃からのお墨付きもあったので、アレルは射程に入る前にナイフ帯から一本ナイフを手にする。そして、射程に入って直ぐに容赦無く相手の身体目掛けてナイフを投擲した。
「イ゛ィィッ!?」
すると、声からして男だったのか、アレルにナイフを投げられた男は街道から飛び退いて尻餅をつきながらも辛うじてナイフを回避する。
「あっ、危ねえだろっ! この、馬鹿野郎っ!!」
そんな文句を口にする男に、アレルはギロリと鋭い眼光で睨みつけ、問答無用で男を黙らせるとそのまま男の横を通り過ぎる。そもそも、そんな事は道のど真ん中で立ち止まっている奴が口にして良い言葉じゃないと、アレルはナイフの一本ぐらい本気で刺してやれば良かったかなと思ってしまう。
雨の降り始め、急な雨に何の対策も考えていなかった者達はそれぞれに慌てている様相を見せる。こんな時に、街道なんて人の多い道を通っていると余計な面倒に巻き込まれる可能性が高くなる。かくいうアレルも、雨が降るなんて微塵も考えてはいなかったが、幸いにして馬車で移動しているので濡れるのは自分と馬達だけで済む。
そんなアレルと同じく、街道を行く人々の中にも濡れるのを気に止めず、雨が降り始める前と同様に歩いている人もいる。基本的に街道の端を徒歩の者が、大部分を馬車などが行き交っているのだが、雨の準備をしていた者達と濡れるのを気にしない者達が合わせて全体の二割から三割程しかいない。つまり、他の七割近い人々がどうにか濡れない様に慌てふためいている。
馬車を曳く馬の足を早める者、街道から外れてどうにか荷物だけでも濡らさない様に驢馬の曳く荷車へ布を掛ける者、外套すら無くただひたすらに走るしかない者。そんなどんな者がいてもおかしくない雰囲気に、アレルはあまり良い傾向じゃないなと感じる。
(さっきの馬鹿は例外として、先を急ぐ馬車なんかに近づかれると少し危ないな。普通に追い越してくれれば良いけど、向こうの車輪が滑って傾いた車体に体当たりを食らうなんて最悪だからな。それを抜きにしても、こういう雰囲気は良からぬ事を考えている連中にとっては動きやすくなる。······色々と、注意と警戒に集中しないとな)
ただでさえ、雨に打たれながらでは注意力が散漫になりがちになってしまう。御者台で座っているだけとはいえ、雨に濡れれば体力も持っていかれる為に、移動時間が長くなればそれは顕著に現れる様にもなる。
しかし、そうして雨に体力を奪われるのはアレルだけでなく馬達も同様だ。なので、せめてと思いアレルは無理に速めたり制限したりせずに、可能な限り馬達が楽に走れる様にある程度速度を好きにさせる。
それでも、流石は辺境伯の治めるブルックス領といったところなのか、アレルがナイフを投げた男以来怪しい人物とは遭遇しない。やはり、そういった略奪やらの邪な事を企てる連中は、辺境伯の盗賊狩りで始末されたかそれを恐れて他所へと移ったのだろうとアレルは考える。
警戒は続けながらも、しばらく何事もなく馬車を走らせていると周囲も大分落ち着いてきた様にアレルには見えた。しかし、空は分厚い雲で覆われている為に日暮れ前だというのに辺りは相応に暗くなってきている。
それに、少し不安を煽られたアレルは体感ではもう少しのはずなんだがと、雨と暗さで見通しの悪くなっている前方へ目を凝らす。 すると、徐々に暗さでよく判らなかった辺りが外壁であった事に気が付き、そこまでの距離を考えるとかなり大きな街だという事が判る。
そうして、街が見えた事で安堵しかけたアレルだったが、こういう時が一番危ないと集中し直す。だが、雨さえ降らなければ、予定通りに馬車を走らせてさえいれば、ミッテドゥルムは今日中に通り過ぎていたと思うとアレルは複雑な気持ちになる。その瞬間、ブルッとアレルは無意識に身体を震わせてしまう。
(······流石に、身体も冷えたかな)
それでも、後もう少しだとアレルは気を抜かない様にして馬車を走らせる。すると、段々と門の前の様子も見えてくる様になり、そこでの様子にアレルはしまったと思う。
門の前では、到着した時間帯も関係してるのかもしれないが、この雨で早めに街へ入ろうと考える者達も多かったのかそれなりの人数が列を成しているのが確認出来る。それも、アレルがそう感じていたのと同じく、ミッテドゥルムの門兵達も雨だからと油断から不審人物を中へ入れない様に、普段よりも一組一組の確認に時間を掛けているみたいだった。
正直、そんな所に並んでいたくはないアレルだったが、時間をズラしたところで列が長くなる事はあっても短くはならないだろうと諦める。それに、これ以上馬車を走らせて風雨に晒されれば、アレル自身風邪でも引きそうだと大人しく列に並ぶ事にする。
「なあ、街に着いたけど門の前で結構並んでいるんだ。なるべく早く通れる様に、身分証の準備だけしておいてくれないか?」
アレルは、門の前に並ぶ者達の最後尾につく為に馬車の速度を落としながら、後ろの幌を捲ってアリシア達へ伝える。
「うん、解った。······ねえ、アレルは大丈夫?」
「ああ、平気だよ。そっちも、大丈夫か?」
アリシアの気配りに、軽く返したアレルは逆にアリシア達の方へ同じ質問を返す。
「うん、私達はただ乗っていただけだから······」
それでも、気疲れぐらいはするだろうとアレルは思うが、そう長話もしていられないので話を切り上げる。
「まあ、後もう少しだから気楽に待っていてくれ」
それだけ言って、アレルは捲っていた幌を閉じて列の最後尾で馬達の足を止めさせる。ただ、この列の感じだと街中の宿も部屋が埋まっている所が多いんじゃないかとアレルは考える。
それでも、急な雨なのでほとんどが急な出費の宿泊費を出したくないはずなので、埋まっていくのは安宿からだろうとアレルは予測する。なので、高級宿から探す自分達にはあまり関係ないかと、アレルは未だ降り止まない雨に打たれながら列が前に進むのを待つのであった。




