一章〜非望〜 五百八十二話 天候に振り回されて
昼食を終えて、再び馬車での移動を再開させたアレルは街道をひた走る。とは言っても、昼に反省した通り自身の焦りを移動に反映させたりしない様に、馬達や荷台のアリシア達へ充分に気を回しながら進む。
ただ、昼を過ぎて以降空模様が芳しくない。もしも、途中で雨が降ってこようものなら今夜は雨の中での野営となりそうなのだが、それはただでさえ野営に不慣れなアリシア達にとっては酷だろうとアレルは考える。例え、運良く雨を凌げる洞穴を見つけたとしても、現状で出入り口が一つしか無い様な場所で眠りたくはない。
それ故に、アレルは降ってくれるなよと思いながら馬車の手綱を握って、万が一にも備え夜にはどこかの町の近くを通る様な予定で馬車を走らせる。
(······僅かに、雨の匂いがする気がする。元の世界の知識だけど、天気は西からって言うし向かっているのも西だからな。この先、雨は確定として地図で立ち寄れそうな町でも確認しておいた方が良いな)
そうして、アレルは最早雨を覚悟して馬達を休ませるついでに地図を確認しようと思う。
しかし、街道を進む中で魔物の心配をする必要がないだけ救われているとアレルは感じる。そのお陰で、瑠璃もそちらへ意識を割かずに済んでる為か調子が良さそうだった。アリシア達にも、しばらくは何もなさそうだから寝ていても構わないとアレルは伝えたのだが、アリシアからはもう大丈夫だからと突っぱねられてしまった。
現在アレル達は、ヘッケルから大体四十から五十km程度の所を走っている訳だが、分岐路までの道程はまだ馬車で二日分程も残っている。その中でも、煩わしいと感じるのが街道の途中に存在する大きな街で、その街中を街道が真っ直ぐに貫く形となっている。その為、街道を真っ直ぐ行く事が出来ずに、街の外周を迂回する道を行くしかなくなるので余計な時間が掛かってしまう。
天候の不安に煩わしい街道の造りと、焦らないと決めたのにも関わらずアレルの内には焦燥感が生じている。雨が降れば、如何に舗装された街道とはいえ馬車の足は鈍ってしまう。それに、いざ雨が降った場合に街道沿いには雨宿りを出来る場所がない。
(街道から離れれば、少し遠くに幾つか木立が見えるけど雨宿りには使えないだろうな。そうなると、雨の中で足が遅くなった馬車を走らせ続けるしかなくなる。······馬達も休憩無しなんて、雨で体力だって減っていくだろうし流石にやらせられない。雨が降ったら、ほとんど進む事は出来なくなるな)
見通しの良い平原、今はまだ遠くに見える密雲を眺めながらアレルは思う。
出来るだけ進みたい気持ちと、休憩も挟まなければならないという気遣い。その両者の均衡を保ちながら、アレルは周囲の様子にも警戒をしつつ馬車を走らせる。
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街道を行く中、街道から離れた町村へ向かう為の幾つかの横道を素通りして、適度に休憩を挟みながらアレル達は夕刻前にヘッケルから八十km地点付近を目前にしていた。
このままなら、休憩無しで行った場合に目標としていた所までとはいかずとも、余計な半日分の道程を数時間分は短縮出来るとアレルは感じていた。ただ、大分強まってきた雨の匂いに、アレルはふと上空の曇天を見上げる。
瞬間、ポツリポツリとアレルの顔に数滴の雨粒が当たり始める。
(瑠璃、雨が降ってきたみたいだから荷台に移ってアリシアと一緒にいてくれ)
アレルは、遂に来たかと淡い期待を打ち砕かれながらも、精神感知で瑠璃へ濡れない内に荷台へ行くように伝える。
──あの、ルリはともかく主様は如何されるんですか?
(俺? 俺は、取り敢えずフードを被ってやり過ごすから大丈夫だ。それより、馬達が雨に濡れて消耗してきたら教えてくれるか?)
──あの······ルリとしては、主様が雨に濡れるのも嫌なのですが、一先ず解りましたと言っておきます。
何故か、瑠璃からもアリシアやメリルに通じるものを感じるアレルだったが、それでもこちらの意思を尊重してくれるのは瑠璃だなと思う。
(悪いな、いつも振り回してばかりで)
──そう思われるなら、少しはルリ達の言う通りご自分の事も考えて欲しいとルリは思います。
それだけ言い残し、瑠璃はアレルが言った通りにフードから這い出て荷台へと飛んでいく。しかし、瑠璃からの一言には一人で背負い込もうとするのにも反省しなければならないなと、アレルは感じる。
それでも、今は目を瞑ってくれと心の中だけで瑠璃に断りつつ、アレルは荷台のアリシア達へ声を掛ける。
「雨が降り始めてきたから、今日はもうあまり進めないかもしれない。覚悟しておいてくれ」
すると、荷台では何やら三人が話し合う声が聞こえ、アレルが本降りになり始める前にフードを被った所で声を掛けられる。
「ねえ、それって雨の中で野営するって事?」
そのアリシアの疑問に、アレルは感知を用いて街道の前後に他に人がいない事を確認してから答える。
「いや、そうじゃない。あくまで、宿に宿泊するのと野営を交互にっていうのは出来ればの範囲で、こういう場合は臨機応変にどこかの町にでも入るよ」
「······じゃあ、昨日みたいに別れて町に入るの?」
聞こえづらかったのか、アリシアはアレルの背後の幌を僅かに捲りながら言葉を返してくる。それに、アレルも話がしやすい様に背中を少し反って頭を荷台へと近づける。
「いや、今日はこのまま馬車を使って四人で町に入ろうと思ってる。俺はともかく、アンネ達の内誰かを雨の中歩かせる訳にはいかないし、不測の事態には皆でいた方が対処しやすい利点もある。······ただ、それでもアンネ達の事がバレる危険性があるのは変わらないから、その辺りを覚悟してくれって言ってる」
「そっか······解ったよ、ありがとねアレル。それから、あまり無理はしないで身体が冷えたら冷えたって言ってね」
「平気だよ、どうせ雨の中ではそこまで長くは走れないだろうし、近くの町に直ぐ入るからさ」
アレルの言葉を聞いて、もうッと少し不服を覗かせたアリシアは捲っていた幌を閉じる。
ただそうは言っても、今は馬達の疲労も加味して元の世界の基準まで馬車の速度を落としている。その上、一番近くの町といっても街道からなるべく逸れたくはない為に、立ち寄るとするなら街道が街中を通っているミッテドゥルムという街にしかない。
そこは、アレルが煩わしいと感じていた街ではあるのだが、街中を街道が突っ切っている為に明日の出立も街道から始められる。ただ、問題があるとするなら今から三十から五十分程の距離にある事だろうかとアレルは思う。
(まあ、それでも結構デカイ街みたいだし、それなりに良い宿もありそうだから濡れた服とかもどうにか出来るだろ)
すると、突如として雨足が強くなり始め、いよいよ雨が本降りとなってくる。時期的に、そこまで冷たい雨ではないものの、正直あまり長くは打たれていたくはない。
なので、アレルは可能な限り身体を外套で覆いつつ先を急ぐ。一応、アレルの外套にはある程度の撥水性があるので、降ってくる雨粒をパチパチと僅かばかり弾いてくれる。
しかし、結局の所今日進めた距離は本来の一日分の距離と然程変わらず、全くもって思い通りにはなってくれないなとアレルは思う。それでも、このままでは分岐路を昼間に通過する事が濃厚な為に、アレルは衆目への対策を考え始めるのであった。




