一章〜非望〜 五百八十一話 一つずつでも備えを
それから、準備を終えたアレル達は外にいたメリルとミリアも交えて昼食にした。それも、サンドウィッチという簡単に食べられる物にしたお陰で手早く済み、片付けをし始めようという所でアレルは荷台の中でアリシア達へ話し掛ける。
「なあ、皆少しだけ良いか?」
「うん、どうかしたの?」
アリシアが言葉を返す横で、片付けをしようとしていたメリルもその手を止める。
「ちょっと、この先の事について話しておきたい事があるんだ」
「それで、それは改まってまで話す様な事なのか?」
一度立ち上がったミリアも、再びドカッとその場に座り直す。そんな相変わらずの態度に、アレルは話の腰が折れない様に攻撃態勢になりつつあった瑠璃を宥めてから話を切り出す。
「ああ、ここからは王都から来ている兵士がどこにいるか判らない。だから、荷台の中を調べられる前に樽の中に隠れろっていう合図を決めておきたいんだ」
「合図ですか? あの、アレルさんには何か考えがあるんですか?」
「一応······な。その辺は、いつもみたいに瑠璃に頼る事になるんだけど、良いかな?」
メリルの疑問に答えつつ、アレルは自身の肩に止まっている瑠璃に確認する。すると、瑠璃はアレルの肩から離れてアレル達の視線を集めると胸を張るみたいに浮遊する。
──任せて下さい。ルリは、主様の頼みなら何だって致します!
その声はアレルにしか伝わっていないが、それにアレルが苦笑した事で瑠璃の返答を察した様子のアリシアが一言口を挟む。
「ルリちゃん、アレルの為に張り切ってるみたいだね」
「頼りきりで、申し訳ないけどな」
すると、そんな事ありませんと、瑠璃はアレルの顔の周りをくるくると回る。だが、話が進んでいない事に苛ついたのか、ミリアが声を荒げる。
「オイ! そんな事より、ソイツを使った合図とは何なんだ? 早く、それを具体的に教えろ!」
瞬間、アレルが止めるのも間に合わない速度で、ビシッとミリアの額に瑠璃が体当たりをお見舞いする。その瑠璃の動きを目で追っていたアレルは、日に日に瑠璃の体当たり速度が速まっている様に感じる。
そんな瑠璃は、一発では物足りないのか一度離れてから再度体当たりを繰り出す。しかし、ミリアの方も伊達に騎士なんてものをやっていないので頭を振って回避に動く。それでも、やはり瑠璃の方が一枚上手で、ミリアの動きに合わせて湾曲した軌道を描いて再びビシッとミリアの額を捉える。
「このッ──」
「「止めなさい!」」
と、ミリアと瑠璃が三度勝負をしようとした所を、アレルとメリルが同時にそれぞれを引き留める。
「クリス、ルリさん相手にムキにならないの! 騎士として、恥ずかしくはないの?」
「瑠璃も、あまりクリスで遊ぶなよ」
「はい······すみませんでした」
──は〜い、程々に致しま〜す!
咎められたのは同じでも、シュンとするミリアと嬉々として返す瑠璃とで対照的な反省を示す。ただ、丁度話しやすい空気になった気がしたので、アレルは元々の話を進める。
「んで、具体的な合図の話なんだけど······隠れた方が良い場面では、瑠璃を荷台の方へ行かせる。そこで、瑠璃が羽を一回光らせたら念の為に隠れる準備を、光るのが二回なら即座に隠れろって合図にしようと思っている。隠れる時は、瑠璃にはアンネと一緒に隠れてもらって、安全が確認出来次第俺から瑠璃へ出ても大丈夫だって伝えるから」
(って事で良いか、瑠璃?)
アレルは、密かに精神感知を使って事前に相談をしていなかった瑠璃へ同意を求める。すると、瑠璃はアリシア達には気付かれない様に浮遊を続けたまま返事を返す。
──ルリは、主様の言う通りにしますよ。
(いつも、ありがとな)
──いえいえ。
と、二人で密談をしている所へ首を傾げたアリシアが疑問を投げ掛けてくる。
「あれ? でも、アレルからルリちゃんへどうやって伝えるの?」
それは、当然の疑問でもあった。アリシア達にとってみれば、瑠璃の言葉は全てアレルへ伝わる事は既知だが、精神感知で双方向に出来るとは教えられていない。
なので、この際に教えてしまっても構わないかとも思うアレルだったが、今後ふとした瞬間に瑠璃と内緒話をしていると勘ぐられるのも少しキツイ。更に言えば、慣れてきたとはいえ精神感知は自身の意識を薄く伸ばす様な感覚がある為、例えるならやった事はないが幽体離脱に近い感じなのではないかとアレルは思う。
その辺りの仕組みを説明すると、心配症のメリルが危険だと考えて心労が強まりそうな気もするので、やはりアレルはある程度誤魔化した方が良いなと判断する。
「それは、俺が伝えるというか瑠璃が勝手に感じ取る感じかな? 瑠璃の方にも、なんか俺の感情みたいなのが伝わるみたいで、それでどうにかなるのは昨日試して解っただろ?」
「あっ、うん。確かに、昨日はちゃんと出来ていたね」
アリシアは、昨夜も瑠璃と公用文字の一覧表を介したやり取りをしていたみたいで、それでアレル達が同じ宿に泊まっているのを確認していたらしい。そのお陰か、アリシアはアレルの説明に納得してくれる。
──本当は、ちゃんと会話が出来るんですけどね。
などと瑠璃は言ってくるが、実際にその秘密を話して内緒話が出来なくなれば、瑠璃の方がそれを悲しむ様な気がアレルにはしている。
それはさて置き、話したい事を話し終えたアレルは、荷台から外に出ようとして最後に一言だけ口にする。
「この先、まだまだ気の抜けない状態が続くけど、きっと目的地まで辿り着けるから皆で頑張ろう」
「うん!」
「はい」
──勿論です!
これに、瑠璃の体当たりで不貞腐れるミリアはやはり何も応えずに、フンッと鼻を鳴らして顔を背けてしまう。
しかし、それでアリシア達の様子から何か悩みを抱えていたりはしないなと感じたアレルは安堵する。そうして、片付けはいつも通りになってしまってるのが申し訳ないと感じるがメリルに任せて、アレルは自身のフードに潜り込む瑠璃と共に荷台を降りる。
(······それでも、メリルが片付けをやってくれてる間、少しでも剣術と身体強化の鍛錬をしておいた方が良いよな)
そう思い、アレルは静かに自らの体内の魔力を循環させ始める。
馬車での進行速度、王都兵やセドリックの存在、拉致犯と黒羽根達の動き、それから国境越えと、直近の問題だけでも山積みになっている。なので、アレルは少しでも手札を増やそうと鍛錬をしつつ、それぞれに対しての対策を練っていく。
ただ、不意に見上げた空にはそんなアレルの一抹の不安を表したかの様に、疎らに雲が見え始めていた。




