一章〜非望〜 五百八十話 心の在り様は複雑で
昨夜は、アリシア達と別れた後ヘッケルへと入って、その後メリルと夕食を済ませてから宿へと向かった。宿では、ハインリヒと少しあった訳だが、それは話せないので特に面白みは無いとアレルは思う。
それよりも、今朝のアリシアは話を後回しにされた事で、見た感じではそれなりに悄気ていた様にアレルには見えていた。それなのに、今はその話をどうでも良いみたいな感じで誤魔化すのはどうにも腑に落ちないとアレルは感じる。
ただ、そんなアリシアの胸の内に土足で上がり込むみたいな真似はしたくないと思うアレルは、他にする事もないので昨夜の話をし始める。
「それじゃあ、なんか瑠璃が俺が昨日別れてから何をしてたか気になってるらしいから、その話をしても良いか?」
「えっ!?」
何故か、そう訊ねたアレルにバッと反射的に驚いた表情を向けてきたアリシアに、アレルの肩にいた瑠璃はアリシアの顔の前まで飛んでいく。すると、言葉が伝わらずとも瑠璃の動きから何かを察した様子のアリシアは、フッと瑠璃へ柔らかく微笑む。
「ルリちゃん······」
そんなアリシアの反応に、どこか満足した様子の瑠璃はヒラヒラとアレルの肩へと戻って来る。そのやり取りに、先程アリシアは瑠璃が自身に甘いと口にしていたが、アレルからしてみればアリシアに対しても結構甘いと感じる。
「それじゃ、昨日別れた後だとヘッケルの門を通る所からか。あの時は、アンネが一言言っておいてくれたお陰で門を閉められずに済んだんだよな」
「あっ、それね······私達が通った後に、これで最後かなんて声が聞こえたから咄嗟に歩いて来てる人達がいるって言ったの。でも、クリスには危ないって後で怒られちゃったけど」
アリシアは、それまでの不機嫌はどこへいったのかという程に、ホニャっと困った様な笑みを浮かべる。その理由なんて、アレルには解りはしなかったが、アリシアが楽しんでいるなら良いかと気にしない様にした。
「でも、こっちとしては助かったよ。まあ、あんな時間に歩いていたもんだから怪しまれたりはしたけどな」
「それはどうしたの?」
「ああ、なんか門兵も早く門を閉めたがっていたからな······無駄に話を引き伸ばして焦らせた後で、色々とこねくり回して身分証の確認が甘くなる様に仕向けた」
詳しく話すと、あの時のメリルみたくアリシアにも信頼してはいけない人をとか言われそうだと感じた為に、アレルは敢えて最後の方をぼかして伝える。その間も、アレルは黒パンを切ってアリシアへ手渡していく。
「ねえ、何でそんな事をしたの? アレルの身分証は、何も問題ないよね?」
アリシアは、アレルから受け取った黒パンでもう一枚の黒パンに乗せた具材を挟み、それを大皿へと移しながら問い掛けてくる。
「俺の方はともかく、アンネ達の方は誰が触れても黒くならない偽造品だろ? 調べられる時間は、短い方が良いからな。まあ、調べる方も素手で調べたりしなければ判りようもないんだけど」
シープヒルの時も、ミリアの身分証はミリア自身に持たせてバレない様に苦心した。以降は、身分証の提示が必要な場面ではアリシア達に相手が素手じゃない事を確認してから渡せと言ってある。
「それからは?」
アリシアは、アレルが差し出した黒パンの薄切りを受け取り、その上に具材を乗せながら訊ねてくる。
「その後は、そっちからの連絡がまだだったから夕食を済まそうと町中をぶらついていたな。あっ、その時魔物の肉を焼いてる串焼き屋を見つけてさ、ものは試しに食ってみたけど結構美味かったんだよ」
「えっ!? その······アレルは、お腹壊したりしなかった?」
あまりに驚いたのか、アリシアは作業の手を止めてまで身体の心配をしてくる。ただ、その内容がメリルの口にした事と全く同じだった為に、その辺をアリシアに吹き込んだのがメリルだった事が判る。
それに対して、そういう個人の考えや忌避感情まで浸透してる辺り本当に姉妹の様に育ってきたんだなと、アレルは不思議と笑みを浮かべてしまう。
「ねえっ、何で笑うのっ!」
「あ、いや、ごめん。ちょっと、その時のイバレラの事を思い出してさ」
「何かあったの?」
「ああ、俺が美味いって言ったら少し興味持ったみたいだったからさ、串には三枚の肉が刺してあったからその内の一枚を食わせてやったんだよ。そしたら、かなり嫌がってたのに美味しいって······それも、最初は小さく端っこだけ齧るだけだったから尚更な」
笑えるだろと、アレルはクククと笑ってみせる。しかし、アリシアは何とも言えない微妙な表情を返してくる。
「それって、一つの串を二人で分け合ったの?」
「ああ、流石に俺でも嫌がってる相手に串一本押し付けたりしないから」
「ふ〜ん······」
どこか興味なさそうに、アリシアは自然な動きで具材乗せを再開させる。ただ、その表情は読みづらくありながらも、アレルには何故か周囲の空気が若干冷えた様に感じた。
(あれ? 俺、何か不味い事言ったか?)
──さあ、ルリにも良く解りません。
と、瑠璃にもしらばっくられてしまったので、仕方なくアレルは続きを話していく。
「んで、串焼きを食った後で瑠璃から宿が決まったって連絡を受け取って、夕食を食べる店を探していた途中で一軒面白い店を見つけたんだ」
面白い店と、そう言ってもアリシアの食いつきは悪く、黙々と作業を続けている。それでは、アレルもそれ以上は成す術もなく最早手短に話を纏めてしまおうと考える。
「その店は、魔物食材を扱う店でイバレラが嫌がってさ、その後は結局普通の店で夕食を済ませてから宿に行って、朝は朝市を少し見てそこでも魔物食材が売ってたんだけど、冗談で買ってくかって口にしたらイバレラに強制的に門まで連れてかれて合流って感じだな」
ちゃんちゃんと、アレルは話を締めくくるが尚もアリシアは黙々と作業を続けているので、流石に少し不安になったアレルはアリシアへ声を掛ける。
「なあ、アリシア?」
「えっ? ······あっ、聞いてるよ。イバレラが、魔物食材を嫌がってたんだよね」
どうも、アリシアの様子がおかしい。ただ、それも魔物食材の話を始めてからなので、もしかしたら魔物の肉を食べた自身を軽蔑とまではいかずとも、少し距離を置かれているのかもしれないとアレルは感じる。
そうならば仕方ないと、アレルはササッと残りの黒パンを切ってしまい、それをアリシアの手の届く位置に重ねておく。
「じゃあ、残りは任せて良いか? 俺は、瑠璃のご飯を作るから」
「あっ、うん······こっちは、任せて」
アリシアは、初めての作業の上に一つ一つを丁寧に仕上げている為に時間が掛かっている。それでも、アレルが手伝えば早く済むのだが、それは一生懸命取り組んでいるアリシアにもうやらなくて良いと言っているみたいで、アレルにはなんとなく不憫に感じられた。
なので、アレルはアリシアが慌てたり不慣れを卑下したりしない様に、アリシアの作業に合わせて瑠璃の蜂蜜水をゆっくり作っていく。
──ルリは、主様のそういう所好きですよ。
と、アレルの気遣いを察した瑠璃がそんな事を言ってくる中、アリシアがサンドウィッチを作り終えるのと同時にアレルも蜂蜜水を作り終える。
「じゃあ、昼食にするか」
「あっ、待って! ねえ、これ余っちゃったんだけど食べてくれる?」
最後に、少しだけ具材を余らせてしまったのか、アリシアは残りの具材をチーズで巻いた物をアレルへ差し出してくる。
「ああ、別に良いけど······」
「それじゃあ······はい、あ〜ん」
何故か、手渡せば良いはずなのに、アリシアはそう言ってアレルに口を開ける様に強要してくる。ただ、そこで変に意識して拒否するのもおかしいかと、アレルが言われるままに口を開けると、そこにアリシアはチーズ巻きを差し込んでくる。
「······どう? 美味しい?」
「ああ」
すると、アリシアはニコッとどこか満足そうな笑みを浮かべてくるりと回ってアレルから離れる。
「そう、なら良かったっ! それじゃあ、お昼にしよっ」
そんな笑みを浮かべつつ、上機嫌そうなアリシアに促されて昼食へとアレルは動く。しかし、先程の様子がおかしかった時から一変したアリシアの様子に、アレルは女心の複雑さの一端に触れた気がしていた。




