一章〜非望〜 五百七十九話 昼食を作りながら
「もうッ、本当にアレルってバカなんだからッ!」
「いや、だからごめんって謝ってるだろ?」
「もう知らないっ!」
プイッと、不機嫌な様子のアリシアにアレルは顔を背けられてしまう。
それというのも、先程無邪気に笑うアリシアも久しぶりに感じたアレルは調子に乗って何度か変顔を披露した。アリシアは、それも笑ってはくれたものの限度というものもあって、それを越えてしまったのか一転してアレルはアリシアの不興を買ってしまった。
なので、怒らせてしまったからには謝り続けるしかないと、アレルは昼食の準備をしながら平謝りをしていた。
──でも、アリシア様も元気になられたみたいで良かったですね。
(まあ、俺は嫌われたけどな)
──主様、本当に嫌っていたらその人からは離れていくのが普通だとルリは思いますよ。
不意に話しかけてきた瑠璃の言葉からは、怒ってはいながらも一緒に準備をしているアリシアは別に嫌っている訳ではないと言っている様に聞こえる。そこで、アレルは本当にそうなのかと思い、手を止めてアリシアの事をじっと見詰めてみる。
「······あっ、アレルッ、そんな風にぼーっとしてたらお昼が遅くなっちゃうでしょ? しっかりやって」
「ああ、ごめん」
「もうッ」
と、再びプイッと顔を背けられてしまったアレルは、やっぱり普通に嫌われているんじゃないかと思う。ただ、怒られてしまったのでアレルも作業の続きを再開させる。
今日の昼は、残っている黒パンを薄切りにして、その中にこれまた薄切りにしたチーズや干し肉、それから葉物野菜を挟んだサンドウィッチを作っている。その分担も、アレルが食材を切って挟んでいくのをアリシアが担っている。
具材は最初に切って置いたのだが、パンの方は硬いし切るのに少し力がいる為に切ったそばからアリシアへ渡している。なので、アレルが手を止めるとアリシアの作業も滞る為に先程の様に怒られてしまったのだろうとアレルは考える。
(あっ、そうだ。瑠璃のご飯は、これが終わったら俺が直ぐに作るからな)
──はい、ルリは大人しく待ってます!
嬉々とした瑠璃の声に癒されつつ、アレルは手を動かしながら不意にアリシアの手元を見る。すると、やはり美的感覚の違いからか、自身がやるよりもアリシアは綺麗に具材を挟んでいるなとアレルは感じる。
瞬間、サクッとアレルは指先に妙な触感を感じる。
「あっ······」
その感覚に、指先を確認したアレルは、珍しく自身が包丁で指先を切った事に気付く。
「アレル? ねえ、怪我したの? ちょっと見せてっ!」
アレルが指先を切った事に気付くと、何故か即座にアリシアが反応してアレルの左手を手に取りよく見える様にそのまま引き寄せる。
「切れて血が出てる······痛くないの?」
「ああ、別に痛くはないかな。ただ、その昔本多忠勝って武将がいてな。その人は、どんな戦場においても無傷で生還していたんだが、晩年のふとした時にこんな風な傷を負ったのをきっかけに自分の死期を悟ったなんて逸話があるんだ」
「えっ!? じゃあ、アレルも······?」
「いや、俺は初めから負傷しかしてないから全く平気だろうな」
「······」
「······」
しばしの沈黙の後、アレルの左手を放りだしたアリシアはプク〜っと頬を膨らませて、ポカポカと両手でアレルの胸を叩いてくる。それは無言ながらも、じゃあ何でそんな話をしたのと、アリシアの文句が聞こえてきそうな勢いだった。
──主様の怪我は、ルリが治しておきますね〜。
と、アレルがアリシアに絡まれてる間に、瑠璃はフードから出て来て羽を輝かせながらアレルの左手の上をくるりと一回りする。その直後、アレルの左手の指先の傷がスゥと塞がり、流れた血液は即座に固まりサラサラと下へ落ちていく。
それを見て、アレルは瑠璃の身を案じるけれど、当の瑠璃はヒラヒラと何事も無かったかの様にアレルの肩へと止まりに来る。
(瑠璃、大丈夫なのか?)
──はい、今回は僅かにしか力を使ってませんので、ご心配には及びません。
その返事を聞いて、アレルは心底安堵するも本当に瑠璃には驚かされると思う。すると、いつの間にかアリシアも胸を叩くのを止めていたので、アレルはアリシアの両手を手に取る。
「装備の上から叩いて、手を痛めたりしてないか?」
「あっ、うん······ちゃんと痛そうな所は避けていたから。それより、ルリちゃんって本当に治癒が出来るんだね」
「ああ、いつの間に出来る様になったかは俺も知らないけどな。でも、俺の為にって無理するから出来るだけ控えて欲しいとも思うんだけど」
アレルがそう言うと、アリシアはアレルの両手を払って、そのまま両手でアレルの頬を引っ張る。
「それ、アレルが口にしたらいけない言葉だと思うの」
ねっ、と同意を求めつつも冷笑を向けてくるアリシアに、アレルは苦笑いを返す。
「アハハ、笑顔の使い分け出来る様になっひゃじゃにゃいか」
「今は、そういう事を言ってないでしょ〜?」
言いながら、アリシアはムニ〜っとアレルの両頬を引っ張る。そこへ、アレルの肩に止まっていた瑠璃が、肩からアレルの頬を引っ張るアリシアの手へ移る。
「ルリちゃん? ねえ、なんて言ってるの?」
アリシアは、瑠璃が何を言ってるのか知る為にアレルの両頬から手を離す。しかし、瑠璃は何も言っておらずアレルはそうしてアリシアに手を離させようとしたのではないかと思う。
「いや、何も言ってはいないよ」
「本当に〜?」
先程から、随分と信頼を落としてしまったらしいアレルは、アリシアから疑いの眼差しを向けられてしまう。しかし、本当に何も言ってないのだからアレルにはどうしようもない。
「本当だって。瑠璃からすれば、アリシアの手を俺から離そうとしただけなんじゃないか?」
──エヘッ。
どうやら、アレルの推測は当たっていたらしく、瑠璃は悪戯が見つかった時の様に可愛く笑うとアリシアの前で頭を下げるみたいに上下に動く。
「もう······ルリちゃんは、アレルに甘いんだから」
言いながら、スンと澄ました表情で昼食の準備に戻るアリシアに、自分も戻らなければまた怒られてしまうとアレルも作業に戻る。ただ、このまま何の会話も無しだと流石に気不味いので、アレルは何か会話の話題を探す。
「あっ、そういえば! なあ、確か今朝少し話があるとか言ってたよな? あれ、なんだったんだ?」
「えっ!? そ、それは······もう別に良いかなっ、なんて······」
アハハと、一瞬ビクッと身体を震わせたアリシアは、先程の勢いはどこへやらといった感じで誤魔化し笑いを漏らす。そこへ、アレルの肩へ止まりに来た瑠璃が一言口を挟んでくる。
──それでしたら、主様が昨夜何をしていたか話して差し上げては如何ですか?
(そんな話して、アリシアは退屈しないか?)
──少なくとも、ルリは聞いてみたいです!
その一言に、アリシアはどう思うか判らないが、瑠璃が聞きたいなら話すのも悪くないかとアレルは昨夜の事を振り返る。




