一章〜非望〜 五百七十三話 離れていた影響
アリシア達を待つ間、何度か街道を行く人も通ったが最初の男性みたく声を掛けては来なかった。その事に、アレルは別に何とも思わなかったのだが、メリルの方はやけにホッとした様子を見せていた。なので、アレルがこちらからちょっかいを出そうとしたところ、それはメリルに首根っこを掴まれて防がれる。ただ、その際にアレルは少し長めの説教をされたのだが、それが逆に良い目眩ましになったみたいなので結果的には良かったと言える。
「まったく、あなたって人はっ」
「いや、ほら······暇だと、こう悪戯心が騒ぐと言いますか······」
「子供ですか、あなたは?」
プイッと、メリルは不機嫌そうに顔を背けるも、そこには不安や緊張などは感じられず、そこだけは道化を演じた甲斐はあったなとアレルは感じる。
そこへ、アレルにだけ伝わる声が響く。
──主様、今どこにいらっしゃいますか?
しかし、アレルは通常の魔力による感知を行っていた為に直ぐには返事が出来す、一旦魔力による感知を止めて精神感知に切り替える。
(今は、西門を出て少し歩いた辺りにいるよ。たった今、メリルを怒らせてそっぽを向かれているけれどな)
──また、敢えてふざけて雰囲気を変えられたのですか? ルリとしては、そういう主様自らが悪者を引き受けるみたいなやり方は控えて欲しいのですが、場所は解ったのでアリシア様に伝えますね。
(ああ、任せっきりでごめんな)
──いえいえ。
本当に、瑠璃には助けられているなとアレルは改めて感じる。ただ、時折妙に大人びて感じるのは時間感覚の違いからなのか、それでも甘えてくる時は子供っぽいのだから困るとアレルは思う。
そんな事を思っていると、メリルが不思議そうな顔をして肩を叩いてくる。
「あの、何か?」
「ああ、瑠璃が場所を訊いてきたから、向こうも門を抜けたんじゃないかな」
「そうですか」
アレルの言葉に、メリルはフッと肩の力を抜いて安堵に満ちた表情をする。その反応から、口では否定しつつもやはり離れていて心配だったのだろうとアレルは感じる。
すると、しばらくしてヘッケルの方からガラガラと石畳の上を回る車輪の音が近づいてくる。それに気付いたアレルは、メリルの手を引いて街道から距離を取る。
「あの、近くで待っているのではないんですか?」
「街道の近くで、ごちゃごちゃ皆でやっているのは人目につくからな。離れた所で、休憩を装った方が良い」
「はい、解りました」
アレルの説明に、メリルは安堵から一転、表情を引き締め直してアレルの隣に並ぶみたいに早足になる。その直後、見慣れた馬車の影が見え始めたので、アレルは瑠璃へ声を掛ける。
(瑠璃、ミリアに進行方向の左を見ろって伝えられるか?)
──はい、やってみます。
瑠璃の返事の後、アレルは一瞬だけ右手をサッと頭上へと挙げる。その瞬間、馬車が停車したのが判ったので、アレルは即座に挙げた右手を下げる。
すると、馬車よりも先にヒューとおよそ蝶らしくない速さで飛んできた瑠璃が一足先にアレル達へと合流する。
──主様!
「ああ、一晩ぶりだな瑠璃」
アレルがそう言うと、瑠璃は妖精らしくヒラヒラと舞いながらアレルの顔の周りを一回りしてから肩へと止まる。その後で、そんな瑠璃を追うみたいに街道から外れてきた馬車がアレルとメリルの前にやって来る。
「姉さんにアレル、こんな所にいたのか? ソイツが、急に飛び出すから何事かと思って追いかければ······貴様の指示だったのか?」
指示だったのかと問われれば、確かに頼みはした事実がある。だが、それを受けた瑠璃のやり方が多少強引だったみたいなのでアレルはその問いに頷き難いのだが、瑠璃の責任は自分にあるとして肯定する事にした。
「悪かったな、多少強引になったみたいで」
「まったくだ」
フンッと、アレルへ悪態をつくミリアに対して、肩から飛び立ちそうだった瑠璃を掌で押し留めるアレルだったが、そこへメリルから一言もらってしまう。
「あの〜、そろそろ離してもらっても良いですか?」
言われて、手を引いた時に掴んだままだった事を思い出し、アレルは慌てて掴んでいたメリルの手を離す。
「あっ、ごめん」
「いえ······」
そこへ、今度は馬車の中から声が掛けられる。
「アレル? そこにいるの?」
と、どこか荷台から降りて来そうなアリシアの声に、アレルは即座に返事を返す。
「ああ、今一旦中に行くから、外には出ないで待っててくれ」
「うん······解った」
その、どこか弱々しい返事に瑠璃からの不安を抱いていたという話をアレルは思い出す。なので、顔を見せるのは早い方が良いだろうと、適当な理由で早めに荷台へ上がる事にする。
「じゃあ、イバレラも人目につく前に荷台に上がってもらって良いか?」
「はい、そうします」
「クリスは、後で代わるからそのまま少しの間周辺警戒を頼む」
「言われずとも、解ってる」
──ヤツだけでは不安なので、瑠璃も周辺の気配を探っておきますね。
などと、三者三様の言葉を返してきたのだが、アレルはそのまま先にメリルを荷台に上げてからその後に続いた。すると、メリルの背中越しに右手で胸の辺りを軽く握るアリシアの姿をアレルは目にする。
「······おはよう、アリシア」
「うん、おはよアレル」
ホニャっと、アレルが声を掛けた瞬間にアリシアの緊張が解れるのが判る程に雰囲気が柔らかくなる。
その事に、アレルの胸の内はホワッと僅かな温かさを宿すも、それではいけないと自らを戒めてこんなのは気の所為だと無かった事にしてしまう。ただ、アリシアにも自身の有無でどうこうなるのはどうかとアレルは思うが、現状でそれを口にするのは流石に酷かとその言葉を呑み込む。
それで、気持ちを切り替えたアレルは手にしていた自身の荷物を適当な木箱の上に置いてから、預かっていたメリルの荷物をメリルへ差し出す。
「姉さん、これ」
「あっ、すみません」
いつの間にか、定着しつつあるメリルへの姉さん呼びをしながらも、アレルは荷物をメリルへ手渡す。その際に、瑠璃もアレルの肩から外套のフードの中へ移動する。
そして、アレルはそのまま荷台を降りてミリアと御者台を代わろうとするも、そこへアリシアが待ったをかける。
「ねえアレル、少し話をする時間はあるかな?」
「あ〜、一言二言なら大丈夫だけど、それ以上になるなら後でにしてもらえないか?」
「うん、解った······それなら後で、ね」
フード越しではあるものの、ハッキリとアリシアがシュンと落ち込んだのが解ったので、アレルは理由を説明しておいて欲しいとメリルに目配せする。すると、メリルはアレルの視線の意図を理解してか、困った様な笑みを浮かべながらも頷きを返してくれる。
「じゃあ、また後でな」
それだけ言い残し、アレルはどこか悄気ている様に見えるアリシアを置いて荷台から降りた。




