一章〜非望〜 五百七十二話 誤魔化しはお手の物
朝食後、アレルは直ぐ様騎士剣とダガーに外套を身に着け、メリルの方もローブを着込む。それから、二人でそれぞれに纏めた荷物を手にして、忘れ物がないかの最終確認をしてから部屋を後にした。
階段を下りて一階まで行くと、そこにはハインリヒが待ち構えており、アレルは世話になったと部屋の鍵を返す。ただ、そんなアレルに対して、ハインリヒは視線だけでしっかりやれよと発破をかけてくる。それにはアレルも、余計なお世話だと視線で返してハインリヒを不快にさせる。
しかしながら、それも表面上だけの様で、ハインリヒは今度こそ声を出してお気を付けてと礼を尽くした送り出しをしてくる。なので、アレルもメリルと二人で感謝を伝えてから宿を出立した。
朝食後直ぐにではあるものの、町中では既に朝市の様なものが開かれており、少しだけメリルが興味ありそうにしてたので通りすがりに僅かに覗いていく。ただ、朝市なだけありほとんどの店が食料品主体で物珍しい物は少なかった。しかし、その中で唯一珍しい魔物食材の店があったので、アレルは試しに買っていくかとメリルに訊ねたところ腕を引っ張られて朝市から退去させられてしまう。
そんな事がありつつ、今朝はいつもの馬車での移動ではないので、門までの距離が遠くに感じるし歩いている時間が長くも感じる。それでも、朝特有のどこか澄んだ様な空気が不思議と心地良くも感じる。そう感じるのはアレルだけではなく、隣へ視線を向けるとメリルもフードを脱いで朝の空気を満喫しているみたいだった。
そうこうしている内に、西門へと辿り着いたアレル達は門兵へ身分証を提示する。すると、身分証の名前だけを確認されただけですんなり門を通されてしまう。それに対して、入る時ならまだしも出ていくのなら我関せずなのかとアレルは思う。
意外な程あっさりと門を抜けられたアレルは、隣を歩くメリルへ荷物を持とうかと問いかけ、頷いたメリルからそのまま荷物を預かる。
ただ、少しだけ問題もあって、ヘッケルは街道上にある町なので門の外は石畳で舗装された街道が続き、その周囲は比較的平坦な景色が広がる。それ故に、身を隠せる様な遮蔽物は存在しない。
そうなると、人目を避けるにはなるべく町から離れるしかないのだが、それでアリシア達はちゃんと合流出来るのかとアレルは心配になる。しかし、逆に考えると見通しが良いという事は、怪しい人物の接近にも気付きやすいという事なので、それは利点かもしれないと思いつつアレルは魔力を用いた感知を使い始める。
(朝が早いせいか、今はまだ人の気配は少ないな。街道だから、当然の如く魔物なんかの気配もない。これなら、これまで以上に早く移動出来るかもしれないな。······上手くやれば、馬車で二日半っていう中途半端な距離もどうにかなるかもしれないな)
「あの、どの辺りで二人を待つつもりなんですか?」
そこへ、メリルが丁度決めかねていた事を訊ねてくる。それには、アレルも周囲を見渡して見るけれど、その代わり映えのしない様子にどこで待っていても同じだなと判断する。
「そうだな、取り敢えず街道の横で邪魔にならない様にして、乗合馬車が通るのを待っている風を装うか」
「それ、本当に来てしまったりしたらどうします?」
「どうって言われても······何かしら適当な理由つけて、見送れば良いだろ。なんとなくだけど、向こうもそう遅くはならない気がするし」
「そうですね、最悪忘れ物をしたのに気付いて、本当に無いか荷物を確認してる風を装う事も可能ですからね」
と、どこかメリルが自身の思考に染まってきた様な発言をするので、アレルは思わず吹き出してしまう。
「プッ、なんか姉さんも慣れてきた感が出てきたな」
「もうッ、何ですかそれは? というよりも、全部あなたのせいではありませんかっ」
「アハハ、そうかもな」
そこへ、誰かが近づいてくるのがアレルの感知に引っ掛かる。なので、アレルは直ぐ様表情を引き締めて無言でメリルへ目配せだけする。
すると、メリルも状況を理解してくれたらしく、頷いて返すと自身の服を探るみたいな動きを見せてくれる。
「オーイ、アンタ等そんな所で何をやっているんだ?」
程なくして、ヘッケルの方から男の声が聞こえてくるが、アレルもメリルもその声が聞こえてくるまでは視線を向けずにいた。なので、声が聞こえて初めて二人で声のした方へ視線を向ける。
そこには、驢馬に小さな荷車を曳かせている髭を蓄えた四十代ぐらいの男性が、アレル達のいる方へ向かってきていた。そんな男性への第一声は、自分が応えねばならないだろうとアレルが男性へ答える。
「町を出たは良いけれど、妻が指輪を失くしたと言い始めたんだ。そんなもの、また買ってやるとは言ったんだがな」
「ちょっと待って下さい! あれは、あなたが記念日に買ってくれた大切な指輪なんですよっ! ちゃんと見つけないと、先になんて行けませんよ」
すると、すかさずメリルも迫真の演技でアレルに合わせてくれる。なので、アレルの方も気兼ねなくこの場限りの即興劇に興じる。
「それこそ、ただの安物だろ? あの時は無理だったけど、今ならもっと高価なものだって買ってやれるんだからさ」
「値段じゃないんですっ! どうして、あなたはいつも解ってくれないんですか!」
「なっ!? そっちだって、いつも我儘ばかりじゃないか! 大体、失くさない様に気を付けろって言ったのに、それを失くしたのは君だろ?」
「それは、あなたが早く出ようって急かしたからではありませんかっ!」
そこで、アレル達のやり取りを傍から見ていた男性は、巻き込まれては敵わないといった様子で驢馬を歩かせる。
「い、いや〜······取り込み中に悪かった。私は、これで失礼するよ」
と、苦笑いまで浮かべて逃げたいという気持ちが丸判りだったので、アレルはそのまま追撃を加えてみる。
「あっ、待ってくれ! アンタは、どっちが正しいと思ってんだ?」
「わ、悪いねっ! 先を急ぐんだっ」
言いながら、冷や汗まで見え始めた男性は手綱を使って驢馬の足を速めてまで逃げてしまう。そんな背中を眺めながら、こちらの声が届かない所まで男性が行ったところで、アレルはボソッと呟く。
「······流石に、犬も食わないなんて言われてるものには巻き込まれたくないか」
「それよりも、最後にアレルさんが巻き込もうとしたから逃げたんじゃありませんか?」
「まあ、狙って追い打ち掛けたんだけどな」
「やっぱり······」
ジト〜っと、メリルは非難するみたいな視線をアレルへ向けてくる。それに、アレルは何かいけなかったかと、肩を竦めて返す。
「というか、姉さんも中々の演技だったじゃないか。上手く合わせていたし」
「それは、あなたならどうするかなって考えて合わせていただけです。······アタシだって、必死だったんですからねっ」
「それは、悪かったな」
「いえ······別に、構いませんけど」
素直に謝るアレルに、メリルはどこか照れた様な拗ねたみたいな反応を返してくる。
ただ、アレルはアリシア達が来るまで、あと何度こういった事を繰り返すのかなと考えて、幾つか決まった対応をメリルと話し合っておいた方が良いかなと思う。しかしながら、そんな事を話している内にアリシア達が来そうな気もするので、止めた方が良いかと考え直す。
そうして、メリルと時折街道横で歩いたりしながら傍目を誤魔化しつつ、アレルはアリシア達の到着を待つのであった。




