一章〜非望〜 五百七十一話 寝ている間の癖は本人知らず
浴室を出た直後、アレルは昨夜から聞いていなかった瑠璃の声を聞く。
──おはようございます、主様! そちらは、お変わりありませんか?
(ああ、おはよう瑠璃。こっちは、何ともないよ。そっちは、どうなんだ?)
アレルは、聞こえてきた瑠璃の声にその場で足を止めて精神感知を使って返事を返す。
──こちらも大丈夫です。ただ······アリシア様が、少し寝不足のみたいです。
(えっ? 何か、理由でもあるのか?)
──いえ、瑠璃が感じる所に拠りますと、その······主様が近くにいない事で僅かに不安を抱いていたのが根本にある様な感じです······が、直接の原因はアイツの歯軋りなんです。
(······は?)
瑠璃から、自身が近くにいないだけでアリシアが不安を抱くと聞かされて今後はこうして離れるのも良くないのかとアレルは考えていたが、その直後に始まったミリアの秘密の暴露に言葉を失ってしまう。
「あの、もしかしてルリさんと話していたりしますか?」
そこへ、丁度姉であるメリルが動きを止めたアレルを不思議に思ったのか声を掛けてきたので、アレルは物のついでに訊ねてみる。
「そう、なんだけどさ······なあ、ミ──クリスって、歯軋り凄いのか?」
その問いに、メリルはしまったという顔をしながら、アッと開いた口を手で隠す。
「あ〜、アリシ······ではなく、アンネに耳栓を渡すのを忘れていましたぁ」
言いながら、メリルは自身の後悔に沈むみたいにその場で項垂れてしまう。ただ、瑠璃を待たせているのもあって、そんな状態のメリルでもアレルは話を続ける。
「そんなに酷いのか?」
「あっ、いえ······流石に、毎日ではないんですよ。でも、数日に一回ぐらいの頻度で酷い時がありまして······あの、ルリさんを通してあの娘に謝っておいてくれませんか?」
「ああ」
(瑠璃、待たせてごめんな。それで、メリルに確認してたんだけど数日に一回ぐらいで酷い時があるらしい。普通は、耳栓で対応してるみたいなんだが、メリルがアリシアに渡し忘れていて、それをアリシアへ謝っておいてくれって言ってる)
──はい、解りました。伝えるので、少しお待ち下さい。
瑠璃からそう伝わると、しばらく折り返しが無くなる。瑠璃からアリシアへは伝達に時間が掛かるので、それを待つ間にアレルは浴室前から移動して自身も荷物を纏め始める。
そして、アレルは手を動かしながら後悔の念が表情に出ているメリルへ顔を向ける。
「今、瑠璃がアンネに伝えてくれているから、そんな顔しなかて大丈夫だよ」
「そうですか······アタシ、自分が使わなくて済むからってすっかり忘れていて······悪い事をしてしまいました」
「まあ、そんな事もあるだろ。······でも、俺のイビキやら歯軋りがうるさい可能性もあったのに、そっちの心配はなかったのか?」
アレルは、少ない自身の荷物を纏め終えて、サイドポシェットを身に着けながらメリルに問う。すると、メリルはクスッと何故か笑みを返す。
「いえ、その心配はありませんでした。アンネから聞いていたんですけど、あなたの場合うなされている時はあるけれど基本的に静かで、寝返りを打ったりすると猫みたいに身体を丸める時があって可愛いって言ってましたよ」
「猫みたいにって······」
そう評されるのは流石に少し照れるのだが、それよりもアレルはアリシアがそんな姿を見る程に夜中に起きていた事に意識が向く。しかし、それについて口にする前に、少し面倒な位置調整をしながら帯剣ベルトをソードクラッシャーとナイフ帯ごと身に着ける。
「俺の事は良いとして、アンネはいつの間に俺のそんな姿を見てんだよ」
「さあ······でも、あなたのそんな姿を見ると安心して眠れると言ってましたから」
そのメリルの言葉と、先程の瑠璃からの言葉を合わせると、アリシアについて色々と察せてしまう。
要するに、アリシアは今も夜になると不安に襲われる瞬間があって、それを意識していると眠りが浅くなるという事らしい。ただ、そんな時に安定剤代わりになっているのが自身の寝姿というのだから、アレルは何とも言えない複雑な感情を抱いてしまう。
それでも、アリシアがよく眠れるというなら寝姿ぐらい好きなだけ見せてやるかとも思うが、そうなると今回みたく別行動するのも考えものになってくるなとアレルは思う。こうして、再び表出してくる問題に対して、アレルは最早来るなら来たいだけ来いよと自棄になりそうになる。
「······色々と言いたい事もあるけれど、アンネにとって良い方向に働くなら我慢はするさ」
「フフッ、すみません」
何故か嬉しそうに微笑むメリルに、アレルはなんだかなと思いつつサイドテーブルの上にある篭手を身に着け始める。
──主様、アリシア様へ伝え終わりました。
そこへ、瑠璃からの返事が返ってくる。なので、アレルは篭手を着け終えた左手の掌をメリルに向ける事で少し待って欲しい旨を伝える。
(ありがとな、瑠璃)
──いえ······それでなのですが、アリシア様が会えないと困るからもう一度どこで待っているか教えて欲しいと言っているんですが······。
(それなら、西門を出た所辺りだな。まあ、実際には見てないから何とも言えないけれど、判り易い所で先に待っているよ)
──はい、ではその様に伝えておきます。
そうして、瑠璃との会話を終えると、アレルはそれまで待たせていたメリルに理由を説明する。
「悪い、瑠璃から今日の集合場所の確認をされていてさ」
「西門を出た所、ですよね? でも、具体的にはどの辺りを考えているんですか?」
「そうだな······」
アレルは、視線を上に向けて少し状況を具体的に考えながら、右腕の方の篭手も身に着けていく。
自分とメリルだけなら、別にどこで待っていたって周囲からは誰か待っているんだろうと不審には思われない。しかし、馬車も動かしているアリシア達は違う。もしも、自分達を乗せようと人の往来の邪魔になる様な場所に馬車を停めてしまえば、それは目立つし何より人の記憶に残ってしまうと後々面倒だとアレルは考える。
それ故に、ある程度開けた所で可能ならば人の目にも触れない場所が良いだろうと、アレルは視線を戻してから頷く。
「うん、なるべく他の人の邪魔にならない所で待つ事にしよう。たぶん、それなら見た人の記憶にも残りづらいはずだから」
「はい、分かりました」
ニコッと、笑みを返すメリルに、アレルも篭手を着け終えてから微笑みを返す。
すると、そこへ部屋の扉を叩く音が聞こえ、朝食が運ばれてきた事を知ったアレルとメリルは部屋の扉を開けて朝食を受け取る。
そして、残り僅かとなった部屋での時間を、朝食に費やすのであった。




