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いつか神殺しのアマデウス  作者: 焼き29GP
第一部 王国の動乱
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一章〜非望〜 五百六十三話 拗らせた人が反省するのは本当に稀

 どういう訳だか、目の前のハインリヒはアレルへと敵意を(ほとばし)らせてくる。それを不快に感じるも、アレルは自身を落ち着けてから言葉を(つむ)ぐ。


「それで、宿代はいくらなんだ?」


()りませんよ、ここは宿屋の体裁(ていさい)を取っているだけの要人保護施設で──だからな。既に、気付いていただろう?」


「まあ······な」


 アレルは、途中で取り(つくろ)う事を捨て去ったハインリヒが言葉使いを直しても動じずに話を進める。しかし、このままではハインリヒに何の動揺も与えられないと感じたアレルは、先程二階を一周りして気付いた事を口にする。


「ところで、二階にある脱出経路なんだが、どこに(つな)がっているんだ?」


「フンッ、そんなものは無いな。変な言い掛かりを──」


「しらばっくれるのも大概(たいがい)にしろよ。そっちとあっちにある階段、どっちも途中の踊り場から折り返す形で上に向かう様になっているが、中央部分に対して階段の部分が今いる正面側半分に(かたよ)っている。つまり、残りの背後側半分の空間に緊急時の脱出経路があるんじゃないのか?」


 階段のある中央部分は、見た目には一階から二階を貫く巨大な柱の様に見えるが、その内部に隠す様にして階段が設置されている。その内部も、およそ七割程が階段で占められているが、建物の裏手側の方に三割程の余剰(よじょう)分がある。

 それは、あくまでアレルの目測なので正確ではないだろうが、中央部分にそういった余剰空間があるのは明らかだった。


「······ここは、今回の為だけにある訳ではない。よって、今後の有事の際にお前が情報を漏らす危険がある以上、どこに出るかを口にする事は死んでも出来ない。しかし、よく篭手(こて)を着けたままで来たな。宿は安全だと過信して外していれば、この場で資格なしの烙印(らくいん)を押してやったものを」


 その言葉で、ハインリヒが敵意を向けている理由に、(あか)羽根が関わっている可能性をアレルは悟る。だが、解らない。(あか)羽根に関しては、レイラとジーナが既に監査(かんさ)の様なものを終えている。

 それに、黒羽根がクリムエーラ全体の自浄作用を(にな)っている以上、ハインリヒがどこか私怨(しえん)の様なもので動いている事にアレルは違和感を覚える。まさかとは思うが、現役ではなくなったからと商会自体に叛意(はんい)(あら)わにしているのではないかと(にら)むも、先程の脱出経路の出口を迂闊(うかつ)に話さなかった事からその線も薄い。

 そこでふと、アレルはそんなハインリヒの敵意に対して瑠璃が何も言ってこない事に気が付く。瑠璃ならば、ハインリヒが良からぬ事を考えていた場合にも(よこしま)なものを感じ取れる。それも、アレル個人へ向けられていれば、普段ミリアに対して行っている様に即座に憤慨(ふんがい)しているはずだった。

 つまり、そこからハインリヒの敵意は自身へ向けられたものでなく、自身を通して誰かへと向けられているものだとアレルは察する。


「······そこまで言う理由、もしかしてロバートか?」


「判るのか? フンッ、ただの巡り合わせの良いだけの小僧だと思っていたが、(あか)羽根を手にするだけのものは持っているって訳か」


 ハインリヒは、そう言って肩を(すく)めるとアレルへ向けていた敵意を引っ込める。だが、アレルはそこで釣られて警戒を()く様な真似(まね)はせず、逆に警戒を更に強める。


「ほう······警戒も緩めはしないか。存外(ぞんがい)、悪くはない」


「そんな、上から目線だと足元すくわれるぜ」


「フンッ、若造(わかぞう)の安い挑発だな」


 小僧に若造(わかぞう)と、随分(ずいぶん)と自信があるのは解ったが、どこか目下の者に対しての(あなど)りが感じられる。

 そこから、ロバートも実力ではハインリヒよりも上かもしれないが、年齢だけで見ればハインリヒに比べロバートは若輩者(じゃくはいもの)だと言えなくもない。ならば、年下に対してどこか横柄(おうへい)なハインリヒは、その辺を(つつ)けばボロを出すのではないかとアレルは考える。


「そうか? ただ、俺みたいな若造(わかぞう)に対してでも、ロバートはちゃんと立ててくれていたけどな」


 そう口にすると、ハインリヒからは徐々にではあるが、確かな苛立(いらだ)ちが感じられる様になる。


「······それは、アイツが小僧と同じ若造(わかぞう)だからだろ?」


「そんな事はないさ。ロバートの奴は、年齢なんて関係なしに実力だけで人を見るからな。その分要求は高いけれど、変な押さえ付けがないから教えを()う側としても能力を伸ばしやすい」


「だがッ、それでは個々人の能力に差が出来て集団での連携に不具合が出るではないか!」


 ハインリヒは、声を荒げてアレルの言葉を否定する。そして、その反応からアレルは色々と察する事が出来たが、ここからは頭に血が上って口が滑りやすくなっているだろうハインリヒ自身から聞く事にする。


「へえ、なる程······後進を育てていたのは、ロバートだけじゃなかったんだな」


「ああ、そうだ! アイツとは、育て方で食い違いがあって相容れなかったけどな」


 今のと先程の発言を踏まえると、ロバートは個々人の能力を最大限引き上げるやり方で、反対にハインリヒのやり方は一つの集団として(まと)め上げる事を念頭(ねんとう)に置いていたと考えられる。

 そんな風に、アレルが黙って考えを(まと)めていると、ハインリヒは続けて話し続ける。


「私のやり方は、間違ってなどいない! 商会への忠誠心だって、あんな下らない理由で商会を離れたいと口にする若造(わかぞう)よりも私の方が上だった! それを──」


「オイッ! ······ロバートの理由を知ってるなら、それを(けな)すって事はディミトリスの行為も同様に(けな)すって事だぞ? そんなテメェの、どこに忠誠心なんかあるんだよ?」


 アレルは、場が凍りつく程の冷たい声とまるで不快害虫でも見るかの様な視線で、ハインリヒを強制的に黙らせる。

 割と、アレルとしては我慢している方だった。しかし、ロバートの事情もディミトリスの顛末(てんまつ)も知るアレルには、それを見下したみたいな言い方をするハインリヒに対する怒りを抑えてなんかいられなかった。ただ、ロバートがこの場にいれば、その程度で感情を揺らすなどまだまだですねと、(たしな)めてくるだろう事は解っている。

 それでも、この場にロバートはいないし、アレルは先程から自身の事ばかりしか考えていない発言の多いハインリヒに対して怒りを覚える。


「結局、ただの逆恨みじゃねえか。自分が重用(ちょうよう)されないからって、されているロバートを(ねた)んで見下して、どうせロバートが商会から離れたい理由だって大方(おおかた)盗み聞きしたか噂を真に受けでもしたんだろ? その上、ロバートに世話になった俺を呼び付けてまで自分の方が上だって誇張(こちょう)する。テメェ、自分がどんだけ恥ずかしい事をしてるか解ってねえだろッ!」


 最後のアレルによる恫喝(どうかつ)で、ハインリヒは冷水でもかけられたみたいに大人しくなり完全に言葉を失ってしまった様に見える。

 一体、何が原因でハインリヒがそんな風に(こじ)らせてしまったのかは判らない。ただ、自身の思い通りにならない不満を、他者を(けな)す事で解消させる事だけは間違っているとアレルは憤慨(ふんがい)する。もしかしたら、その行為自体がハインリヒ自身を人として今の様に(おとし)めていった原因なのかもしれないとアレルは考える。

 その言動から、ハインリヒには商会に対する忠義(ちゅうぎ)の様なものは感じられる。ただ、それを曇らせてしまった何かがハインリヒにはあったはずだと、どうにか頭を冷やしたアレルは考え直す。

 すると、一度瞑目して深呼吸をしたハインリヒが、再び目を開けてから態度を改めてくる。


「······申し訳なかった。思えば、君程直接的ではないにしろ商会長にも同じ事を言われていたよ」


「は?」


「他者への妬みが、私自身の価値を(いちじる)しく落としている。あの方は、そういった商品価値に例えて私を(たしな)めておられたんだと、今の君の言葉で気付かされたよ」


 すまなかったと、頭を下げるハインリヒに対して、アレルはどこか釈然(しゃくぜん)としない感覚を覚える。本来なら、こんなハインリヒみたいなのはここまで簡単に態度を改めたりはしない。むしろ、何度も指摘したところで考えを改めたりはしない方が多いとアレルは考える。

 ただ、もしかしたら商会内でハインリヒはずっと前から問題視されていて、もう何年も前から今の様な押し問答が繰り返されていたのかもしれない。それならば、納得はいかないまでも、今この場で何かしらの気付きから反省する転機が訪れるのも解る気がするとアレルは思う。

 それでも、ハインリヒの方に変な見下しが無くなったので、アレルはこれでようやく建設的な話が出来ると頭を切り替えるのであった。



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