一章〜非望〜 五百六十二話 呼び出しに応える前に
一先ず置いた荷物をそのままに、アレルは外套を脱いで壁付けの上着掛けに掛ける。それから、取り敢えず帯剣ベルトから騎士剣を外して壁際に立て掛け、少し迷って右太腿のダガーも外してベッド横のサイドテーブルに置く。そして、ソードクラッシャーと投げナイフはそのままに、篭手も防具として一応装備したままにする。
(······取り敢えず、これだけあれば何かあっても自分の身は守れるな)
アレルは、ハインリヒが一応黒羽根なのだろうと思っていても、どんな人間か判らない以上は最低限の警戒はしようと心掛ける。そして、アレルは忘れずに精神感知を使って、瑠璃との交信を試みる。
(瑠璃、こっちは宿の八って番号の部屋に泊まる事になったけど、そっちはどうだ?)
──あっ、主様! こちらは、十五です。
(って事は、ほぼ真逆の位置の部屋って訳か)
瑠璃からの報告で、ハインリヒがそれなりにこちらの事情を鑑みて部屋割を決めた様にアレルには思える。しかし、真逆では宿が襲撃された場合に、アリシア達との合流に最も時間が掛かってしまう。
そこに関して、ハインリヒはそこまで考慮してないのか、それとも襲撃されたとしても襲撃者を二階まで上げない絶対の自信があるのか、アレルにはその真意が掴みきれない。ただ、その辺はこれから一階へ降りれば判るだろうと、一旦保留にしておく。
(それで、そっちの様子はどうだ?)
──アリシア様が浴室に入られて、ルリは暇していた所です。
つまりは、部屋に残されているのは瑠璃とミリアな訳で、アレルは二人が喧嘩しないか心配になる。
(えっと、瑠璃はそれでミリアと喧嘩したりはしないのか?)
──ご心配なく、ルリはルリよりも愚かな者を相手に喧嘩など致しません!
その返事に、むしろそれなら喧嘩でもしててくれた方が良かったかもとアレルは思う。だが、今はそちらよりも瑠璃を通して話しておきたい事があるので、瑠璃のミリアに対するアレコレは後回しにする。
(そ······それなら良いんだけど、そのまま少し待っててくれるか?)
──はい、解りました。
「なあイバレラ、明日の朝って早いのと遅いのだったらどっちが良い?」
「あの······それは、どの様な意味ですか?」
メリルは、アレルの質問の意図が判らずに、首を傾げながら訊き返してくる。
「悪い、説明不足だったな。明日の朝、向こうと合流する際に先に待っているか、向こうを先に待たせて後から向こうに合流するかって意味で訊いたんだ」
「そういう意味でしたか······それならば、先に待っている方が良いですね。二人を待たせていると、気が気ではありませんし」
そこはメリルらしく、二人の姉としての言葉が返ってくる。ただ、アレルとしても待たせているよりも待っている方が気持ち的に楽なので丁度良かったと考える。
「解った、それなら明日の朝は朝食を食べたら直ぐに出発出来る様に備えといてくれるか?」
「はい、解りました」
メリルの返事を聞いて、方針が定まったアレルは待たせていた瑠璃にも決まった事を伝える。
(瑠璃、待たせてゴメンな。それで、明日の朝の事なんだが俺達が先に宿を出るから、アリシア達には後から出る様に伝えてくれ。あと、合流場所は進む先が西方面だから西門を抜けた所でメリルと待っているって言っておいてくれると助かる)
──はい、了解です! アリシア様が浴室から出たら、一言一句違わずに伝えておきます!
いや、その前にミリアにも伝えてやれよと思うアレルだったが、やりたくない事を無理強いして心理的負荷を瑠璃に負わせるのも忍びないと思って好きにさせる。
(まあ、伝え方は任せるけど······頼んだ。悪いな、いつも頼りっぱなしで)
──いえ、主様の役に立てるならルリは何でも致しますので、お気になさらないで下さい!
瑠璃の返事に、本当に瑠璃のこういう所には救われているなとアレルは染み染み思う。ただ、ここで謝るのは違うなと感じたアレルは別の言葉を瑠璃に返す。
(ありがとな、瑠璃。それじゃあ、今のをアリシアへ伝えたらゆっくり休んでくれ)
──はい、主様も今夜はゆっくり休まれて下さいね。
瑠璃の気遣いを最後に、アレルは精神感知を止めて瑠璃との交信を終える。それから、アレルはメリルへと視線を向ける。
「んで、明日は俺達が先に宿を出て西門の先で待っているって伝えたから、心構えをよろしくな」
「はい、解りました。それで、アレルさんは今から一階に行くんですか?」
「ああ、だから俺が用を済ませている間に浴室を使っておいてくれ」
「はい、気を遣わせず済む様にしておきます」
メリルの返事を聞いて、アレルは持っていた鍵を部屋の中央にあるテーブルに置いてから扉へと足を向ける。そうして、部屋を後にする前にアレルは一言だけメリルに言い残す。
「じゃあ、施錠だけはしっかりしておけよ」
それで部屋を後にしたアレルは、薄暗い廊下を歩いて宿の一階を目指す前に二階を一周してみる。
階段部分を中心に、外から入り込むには部屋の方にある窓からしか二階に直接侵入する事は出来ない。その上、先程アレルが部屋で見た窓も普通ではなく、その窓枠が鉄製で開閉の出来ない嵌め殺しになっている為侵入には向かない。そして、一階からの侵入に関しても階段の幅が狭く、上からは守りやすく下からは攻めづらい構造になっている上に、それも二箇所しか無い為に少ない手勢でも防衛が可能になっている。
そんな、ざっと見ただけでもどこの要塞だとツッコミたくなる程の堅固さに、アレルはほとほと呆れ果てる。だが、もしかしたら『水鳥集う湖畔亭』の水鳥とは、そんな堅固さが必要な要人を指した言葉なのかもしれないとアレルは考える。
(一瞬、階段で魔法を使われたらどうかって考えたけど、それだって階段の強度が魔法に耐えられる様には見えないし、魔法を使ったら最後階段は使えなくなるだろうな。むしろ、二階に立て籠もる側からそうして、階段を一箇所に絞る事も考えられているのかもしれない)
侮れないなと、そう思いながらアレルは静かに自身の部屋の近くの階段から一階に下りていく。そうして、一階まで下りたアレルは再び薄暗い廊下を歩いて、カウンターで待っているだろうハインリヒの所へ向かう。
アレルは、何を言われても動揺しない様に気を引き締めて廊下の角を曲がると、そこで離れているはずのカウンターから声を掛けられる。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらまでお越し下さい」
一応、足音で気付かれない様に慎重に歩いていたアレルだったが、それすらも玄人の気配がするハインリヒには気取られてしまい先制を譲る事になる。
「ああ、今行くよ」
ビリビリと、離れていても感じるハインリヒからの敵意に、アレルは緊張するも戦いに来た訳ではないのでそれに反応しない様に努める。そして、カウンターの前までやって来たアレルは、直立不動のハインリヒと対峙する。




