一章〜非望〜 五百六十一話 勝手が違う宿
アレルのノックから少しすると、扉の片側にある横長の覗き穴の隠し戸が横に滑り、そこからどこか鋭さをを持った目がアレル達を睨み付けてくる。
「何用で御座いましょうか?」
「遅くにすまないが、部屋を取りたくて······無理だったりするだろうか?」
アレルがそう訊ねると、覗き穴から見える両目はその眼光を更に鋭くさせてくる。
「申し訳御座いませんが、今夜は······いえ、貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「アレルだ」
「······畏まりました」
そう返事が返ってくると、覗き穴の隠し戸が閉じられ、続けてゴトッという鈍い音の後で宿の入り口が開かれる。すると、制服で身を包んではいるものの、やけに眼光の鋭い五十代ぐらいの男性がアレル達を出迎える。
その男性の姿を見た瞬間、アレルにはその人物が黒羽根に関わりがあった人物である事を悟る。何故なら、その佇まいがどこか戦闘時のロバートを彷彿とさせてくるもので、アレルは薄皮がピリッとする様な緊張感を覚える。
ただ、ロバートならばこういった場合には迫力の様なものを完全に隠して、飄々とした人物を演じて切ってしまう。なので、今アレルの目の前にいる人物はそういった技術に疎く、主に実戦系の黒羽根なのだと予想が出来る。
「何か?」
「いや、二人で一部屋、それと夕食は済ませたから明日の朝食だけ付けて欲しいんだけど」
「はい、承りました。······では、こちらが部屋の鍵となりますので」
すると、男性はカウンターから部屋の鍵を手にして、再びアレルの前に戻ってその鍵を差し出してくる。それに、案内はないんだなとアレルが鍵を受け取ると、男性は義務的に頭を下げてくる。
「お部屋は、二階に上がって直ぐになります。それと、申し遅れましたが私はハインリヒと申します。最後に、落ち着いてからで構いませんが、アレル様のお時間を頂けませんか?」
男性──ハインリヒの言葉に、魔法がある世界なので字面通りに受け取るアレルは、そのままの意味で時間そのものを奪われるか、曲解して寿命や数時間分の記憶を奪われる事を警戒する。しかし、ハインリヒからは妙な気配は感じないので、普通に用があるという意味なのだろうと解釈する。
つまり、黒羽根として何かしらの連絡か言伝でも受け取っているとの事だろうとアレルは考える。
「ああ、荷物を置いたら戻ってくるよ。支払いも、その時で良いのか?」
「はい、手間取らせてしまい申し訳御座いません」
ハインリヒは、恭しく頭を下げてくるのだが、アレルにはその眼光の鋭さが過ぎるせいで警戒心が僅かに刺激されてしまう。アレルは、そんなハインリヒに対して客商売はあまり向いていないんじゃないかと思ってしまう。
しかし、そんな事を口にするのは流石に失礼過ぎるので、アレルは一先ず部屋へ向かう事にした。
「じゃあ······イバレラ、行こうか?」
「······はい」
そうして、メリルを伴って階段を探すアレルは、カウンターの左奥の廊下を少し行った所でそれを見つける。続けて、そのまま階段を上がって二階へ赴いたアレル達だったが、そこでアレルは困惑してしまう。階段を上がって直ぐとの事だったが、そこに部屋の扉は見当たらず、どういう事かとアレルは周囲を見渡す事になる。
階段は、建物の中央に設けられており、アレルからは見えないがおそらく逆側にも同様に階段があると推測される。そして、構造的に建物の外側四方に部屋が配置されているはずなのだが、階段の踊り場から出て正面には部屋が無く、その左右の等距離の位置に部屋の扉が見える。
一体どちらの直ぐなのだとアレルは思うが、よく見ると部屋のない壁の目線の高さに何やらプレートらしき物が付いてる事に気が付く。よく見ると、そこには公用文字で左右それぞれの端に番号が刻まれていて、アレルの手にする鍵にも番号の刻まれた札が付いていた。
「えっと······八かな? だとすると、ここから右の直ぐか」
アレルは思わず口に出して確認してしまうも、充てがわれた部屋の番号に少し違和感を感じてしまう。
(階段正面に部屋が無いって事は、対象的な建物だから逆側の階段も同様だって考えられる。そして、こちらに八の番号が振られていて左が七······つまり、カウンターの上にあたる位置に部屋番号の一がある並びで、備え付けの灯りから察するに突き当たりまでは二部屋しかないみたいに見える。そうなると、宿の正面側と背後側で五部屋ずつ、側面側で四部屋ずつの合計で十八部屋あるのか······ただ、もしかすると側面にある部屋は一部屋少ない分、中が広めになっているのかもしれないな)
そうして、一応の納得を得たアレルは鍵に付いてる札通り、階段の踊り場正面から向かって右の廊下を行く。
廊下は、白羊の宿の様に中庭が無い為に窓も無く、月明かりすら差し込まない暗い廊下をボウっとした見通しの悪い灯りで歩く。それでも、部屋の方へ窓を付けようとした場合、構造的に廊下は暗くせざるを得なかったのだろうとアレルは考える。
ただ、そうなると昼間でも二階の廊下は暗いという事になるのだが、ここは昼間でも廊下に灯りを灯しているのだろうかという疑問が生じる。しかし、そんな疑問に答えを出す前に部屋の前に来てしまったアレルは、手にしている鍵で速やかに扉を解錠する。
「うわ······部屋の中も暗いな」
当たり前なのだが、誰もいない部屋が明るい訳などなく、窓から差し込む月明かりで僅かに物の位置が判る程度だった。その事に、思わず言葉を漏らしてしまったアレルだったが、そこへ後ろから入ってきたメリルがアレルを押し退けて先に部屋の奥へと進んでいく。
「待ってて下さい。今、明かりをつけますから」
そう言うと、メリルは壁伝いに歩いていき何かに触れた様な反応をすると、カチチと何かをかち合わせるみたいな音をさせる。一体、何をしているのかと思うと、その直後にボウっとメリルが弄っていた何かがぼんやりとした灯りを灯す。
「なあ、それは?」
アレルは、メリルが弄っていた壁付けのランタンの様な物を指差してアレルは訊ねる。すると、メリルは一つでは足りないと感じているのか、他にも取り付けられている同じ物にも灯りを灯そうと部屋の中を動きながら答えてくれる。
「これは、石灯と同じメルキア製の道具で、蛍火石と言うものを利用したランタンです。蛍火石は、火石になりきれなかった精霊石を利用しているらしくて、火を生み出す事は出来なくても火を内部に留める事は出来るそうなんです。なので、ランタンの底に仕込んだ小さな火付け石で火花を出して、その灯りで周囲を照らしているそうですよ」
「へえ、そんな物まで作ってんだな」
アレルは、メルキアという場所が開発する道具に感心しながらも、同時にこの世界にも蛍なんているんだなと感慨に浸る。
アレルがそうしていると、メリルは部屋にあるランタンに灯りを灯し終えたのか、スススとアレルの前まで戻ってくると両手を差し出してくる。ただ、完全に油断していたアレルは虚を突かれたせいか、その両手が何を意図するのか判らずに首を傾げてしまう。
そんなアレルの反応を見て、その察しの悪さに呆れた表情をしながらもメリルはクスリと笑う。
「アタシの荷物、返してくれませんか?」
言われて、アレルは町中から今までメリルの荷物も自身が持っていた事を思い出す。
「ああ、悪い······忘れてた」
「いえ、預かってくれてありがとうございました。······ところで、アレルさんはどちらが良いですか?」
と、アレルが差し出した荷物を受け取ったメリルが、部屋の奥の窓際に並べられたベッドを指差して訊訊いてくる。しかし、場所に拘りのないアレルは素っ気なく答える。
「どっちでも良いよ。ベッドなんて、寝られれば何でも構わないし」
「もうっ、そんな事を言ってるから、いつも寝なくても良いみたいな事を口にするんじゃありませんか? まあ、別に良いですけど······」
言いながら、メリルはどこかすんとした感じで、向かって右側のベッドへ陣取るみたいに荷物を置く。
「アタシは、こっちにしますから」
「ああ、じゃあ俺はそっちな」
そう言って、向かって左側のベッドへ自分の荷物を置いたアレルは、それで緊張の糸が切れたせいかドッとした疲れを全身に感じてしまう。しかし、この後一階に戻って支払いなどもしなくてはいけないと、あとひと踏ん張りする為に気合を入れ直した。




