一章〜非望〜 五百六十話 嘘でなくても真になり得る
アレルとメリルは、二人して言葉を失いながら路地裏のとある建物の前に立ち尽くしていた。
それというのも、二人して夕食を食べる所を探していたのだが、アレル個人としては屋台で済ませても構わないつもりの所へメリルが頑としてちゃんとした店で食べる事を主張したのだ。その理由もハッキリしていて、屋台で魔物料理が売られている様な町なので知らず知らずの内に魔物の肉などを口にさせられるのが嫌だという事だった。
そういう事もあり、建物を構える少々お高い店の並ぶ大通り沿いで店を探していたのだが、メリルのお眼鏡にかなう店が見つからず、とうとう店がほとんど見当たらない路地裏にまで迷い込んでしまった。そんな路地裏にあったのが、見るからに怪しい店構えに魔物料理専門店と銘打った『食の勇者』という店だった。
「······なあ、本当にあったけど入るか? 店も決められてないみたいだし······」
「嫌ですっ! だって見て下さいよっ、なんか見えないはずの瘴気まで漂っているみたいなお店じゃないですかっ!」
問われたメリルは、言いながらアレルを盾にするみたいにその背中に隠れつつ店構えを指差す。その先には、確かにメリルの言う通り、目には見えないはずの瘴気が──いや、実際には瘴気ではないのだろうが、紫色の煙が入り口の下に出来た隙間から漏れてきている。
しかし、メリルはそう言うものの、アレルはジェームスならこんな店でも食の探求に走るだろうなと思い、その内機会があれば教えてやろうかと考える。──が、実際にそれをした場合に迷惑が掛かるのはタチアナだろうなと考えて、アレルはそれらの考えを思い直す。
「ほらっ、もうこんな所にはいないで、大通りの方へ戻りますよ! アタシも、ちゃんと店を選びますからっ」
言われながら、身体を無理矢理メリルに回れ右させられたアレルは、そのまま背中を押される形でその場から離れる。ただ、その際にふと思った事を背中のメリルへ口にする。
「なあ、もしかしたら俺が倒した大角牛なんかも、シチューかなんかにされてんのかな?」
「知りませんよっ!」
ドンッと背中を叩かれ、やはり口にしたら不味かった冗談かと思ったアレルは、それ以上押される形のままも良くないと思い自分で歩き始める。それでも、魔物料理という実に異世界らしい料理には興味が持てたので、後で個人的に色々調べるのも面白そうだなと感じる。
しかし、それはメリルがいる今は絶対に出来ないなと思い、アレルは少し前に出てからメリルへ振り返る。
「そこまで言うなら、ある程度は妥協してくれよ。······で、なければ今の店で決定な」
「うっ······解ってますよ」
項垂れながら、不承不承といった様子でメリルはアレルが口にした事に頷く。そうして、アレルはメリルの退路を塞いで早々に食事を済ませられる様に促す。
「だったら、早く店を決めてくれよ。宿だって、いつまでも客を受け入れている訳じゃないんだからさ」
「大丈夫ですよ······さっき、いくつか目星は付けていましたから」
「それは、頼もしい限りで。じゃあ、その店の中から選んで案内してくれよ。でないと、魔物料理がメリルを待っているからさ」
アレルがそう言うと、どこか不機嫌そうな表情になったメリルはズンズンと大通りの方へ向かって歩いていく。そんなメリルの背中を、アレルは黙ってついて行く。
(それ程までに、魔物料理が嫌なものかね?)
育ちの良さなのか、それともメリル個人の倫理観が影響しているのかは判らない。それでも、そこまで嫌がるなら無理強いはすまいとアレルは心に誓う。
ただ、何らかの事情で食料が手に入らない状況に追い詰められたら、比較的手に入りやすい魔物食材の利便性は高い様に思える。その為、魔物の捌き方なども、どこかで覚えておきたいとアレルは考える。そうなると、目星い先生役は屋台の親父か、先程の魔物料理の店の店主かとアレルは思うものの、今はそんな事を覚えている暇はないなと断念する。
「アレルさん、こっちですよ」
そんな事を考えていたからか、メリルとの間が少し開いていたアレルへメリルが振り向いて声を掛けてくる。
「ああ、直ぐ行くよ」
アレルは、特殊技能に含まれそうな魔物の解体の習得を一旦諦めて、小走りでメリルとの間に出来た差を埋める。但し、今の依頼が無事に終わって暇が出来たなら、再びヘッケルまで来て教えを請うのも悪くないと考える。
ただ、今はそんな事は後回しでアリシア達の事に集中しようと、アレルはメリルの案内で夕食を食べる店へと足を向ける。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
メリルの選択で、決して安いとは言えない夕食を済ませたアレルは、瑠璃とやり取りをしながら『水鳥集う湖畔亭』へ向かう。そうは言っても、馬車がある関係でそれなりに道幅のある道沿いにある事は判るので、本来なら瑠璃に訊かなくても場所の見当はつく。
それでも、話し掛けた際の瑠璃の声が嬉しそうだったので、しばらく話し相手になってやるのも良いかと、アレルは他愛もない会話を続けていた。
──魔物料理、ですか?
(ああ、なんかそういうのもあるらしいんだ。変性部位って所を取り除いて、それで食材として扱うらしくてさ。それで──あっ、宿に着いたよ)
アレルは、瑠璃との会話の途中で入り口の頭上に『水鳥集う湖畔亭』と、店名を掲げる宿を見つける。
──主様、それならルリはアリシア様の相手に戻りますね。
(ああ、ありがとな。それと、瑠璃も今夜はちゃんと寝ておけよ)
──はい、解りました。
その瑠璃の返事を最後に、アレルは精神感知を止めてフゥと一息つく。そんなアレルの様子から、瑠璃とやり取りをしていたのを察していたみたいなメリルは、隣からアレルに話し掛けてくる。
「ルリさんですか?」
「ああ、向こうも夕食を済ませて各々寛いでいるってさ」
アレルは、瑠璃からそういう話を聞いている時に、アリシアの作った蜂蜜水が少し食べづらいとの不満も聞いている。そういうのは、アリシア本人には勿論、メリルやミリアにも話せないなと思い自身の胸の内だけに留める。
ただ、そのまま瑠璃の話をしていると迂闊をやらかしそうだったアレルは、話を切り上げる為にも宿へ入る事にする。
「それじゃあ、俺達も部屋を取って寛げる様にしようぜ」
「はい」
宿は石造りの二階建てで、その敷地は塀で囲われ建物の裏手にも何かがある様な感じだったが、アレルは馬房などでもあるのだろうと考える。そんな宿の入り口は、観音開きの木製扉だったが、それには質素ながらも重厚そうな事から、高価なのが判るドアノッカーが付いていた。
それを使わなければならないのは解るが、元の世界ではあまりそういった物を触れる文化がなかったせいか、アレルはどこか緊張してしまう。それでも、そのままでは埒が明かないので、アレルはノッカーをしっかりと握りカンカンカンカンと四回ノックをするのであった。




