一章〜非望〜 五百五十九話 食わず嫌いは損をする
──一方で、アリシア達が宿を探している頃。
アレルは、メリルを連れ回す形でヘッケルの町中を適当に散策していた。
基本的に石造りの建物が並ぶ町並みに、おそらく行った事はないだろう欧州らしさを強く感じるアレルは不思議な懐かしさを覚える。もしかすると、近くに質の良い石切り場でもあるのかもしれないが、そういった町々での建築様式の違いに資材運搬や技術の伝播のしづらさも関わっているのだろうとアレルは考える。
そんな町中は、もう夜なのでそこまで多くはないものの、旅人向けの食べ歩き出来る屋台的なものがチラホラ見受けられ、昼間ならその近くに雑貨や食料品も同様に売られているのだろうとアレルは思う。ただ、そうした中を歩いていて空腹を感じたアレルは、ふとメリルに訊ねる。
「なあ、夕食ってどこで食いたい?」
「えっ······宿で食べるんじゃないんですか?」
「いや、時間帯的に用意させるのも悪い気がするからさ、外で済ませてからでも良いかなと思って」
そう言うと、メリルは立ち止まって右手で顎に触れながら右肘を左手で支えるという、何とも判り易い仕草でブツブツと言い始める。アレルは、自身もメリルの方へ向き直りながらメリルの返事を待つ。
ただ、そんなアレルの鼻に食欲を唆る良い香りが流れてくる。その流れてくる先を目で追うと、その行き着く先で何かの肉を串に刺して焼いている親父と目が合ってしまう。
「おうっ、兄ちゃん一つ買ってくかい?」
その声に、顔を上げたメリルはアレルにどうするのか伺いの表情を向けてくるも、無視するのもどうかと思ったアレルはそんなメリルと一緒に親父の方へ足を向ける。
「買うも何も······それ、何の肉なんだ? 豚肉に近いみたいだけど······」
「おろ? 兄ちゃん、良い目をしているな。これは、赤猪の肉さ」
「赤猪?」
アレルが、聞き覚えのない名前に首を傾げると、隣のメリルが魔物の一種ですと耳打ちしてくれる。
「何だよ、兄ちゃんは良いトコの坊っちゃんなのか? まあ良いや、説明してやるよ。魔物の肉なんて言ってもな、瘴気による変性部位でなければ食っても問題ないんだよ」
「変性部位? いや、すまん。魔物についても、襲ってくるから倒すだけでそこまで詳しくないんだ」
「何だよ、そこからか。えっとだな、魔物には瘴気から生まれたヤツと元々いた生物が瘴気の影響で魔物化したヤツがいてな、食えるのはそっちの魔物化した生物の方って訳さ。まあ、世間的には食わない方が良いと言われているが、魔物化した際の瘴気の影響が出る部分を変性部位って言って、そこさえ取り除けば普通の食材と変わらない害の無いものになるんだよ」
ジュ〜っと、親父は肉を焼きながらアレルに詳しく説明してくる。その丁寧さから、アレルは後から訴えられない様に事細かに説明書きをしてある元の世界の商品説明を彷彿とさせられる。
「へえ〜、それは知らなかったな」
「と、ここまで説明してやったんだ。どうだい、一本試してみねえか?」
瞬間、グイッと袖を引っ張られたアレルは視線をそちらへ向けると、メリルが厳しい表情で首を横に振ってきた。ただ、アレルにはその反応がゲテモノ料理を拒絶しているみたいに見えたので、魔物食は昆虫食と似た様なものかと認識する。
なので、郷に入らば郷に従えという言葉もあるのを建前に、アレルは未知の食材へ果敢に挑む事にした。
「じゃあ、拝聴料代わりに一本貰うよ」
「おうっ、中銅貨五枚だ」
アレルは、サイドポシェットから代金を支払うのと引き換えに、親父から焼串を一本受け取るも隣のメリルは嫌そうな顔をしながらアレルから距離を取る。それについては仕方ないと思ったアレルは、親父に感謝を伝えるとメリルを連れてその場から離れる。
すると、メリルがすかさず一言アレルへ苦言を呈してくる。
「そんな物食べたら、お腹壊しますよ。早く、捨てて下さい」
「いやいや、そんな事にはならないだろ······たぶん」
親父の話を聞くに、アレルは瘴気をフグ毒と似た様なものだと考える。要は、毒と瘴気を同じ様なものだと捉えると、魔物の変性部位がフグで言う所の肝臓なり卵巣にあたり、そこさえ適切に取り除けば食べられるという事なのだろうとアレルは解釈する。
なので、制止するメリルを振り切りパクリとアレルは焼串を頬張る。
「あっ!?」
メリルの短い驚きを聞きながら、アレルは赤猪の肉を咀嚼していく。
すると、味付けは塩と何らかの香辛料だけながらも、口の中には熟成肉の様な強い旨味と芳醇な香りが広がる。溢れる肉汁も、適度な量の上にくどくないサラッとしたもので、何よりその肉質が口の中で解けるみたいに軟らかい。その、まるで極上の肉を口にしたみたいな味わいは、空腹を満たす以上の幸福感を感じさせる。
ごくんと、そんな幸福感ごと肉を飲み込んだアレルは、ふとゲテモノや臭い物程美味いと言う層も一定数いたなと、元の世界の事を懐古する。
「というか、普通に美味いな」
「えっ!? ······そんな物が、本当に美味しいんですか? 嘘ついて、アタシに食べさせようとしてるんじゃありませんか?」
などと、メリルは酷く一方的な思い込みで色々と言ってくる。肉を焼いてる親父の下処理が上手いからなのか、アレルが口にした物は正直毛嫌いしていたら勿体ない程のものだった。
なので、アレルは三枚の肉の内、串に残っている二枚をそのままメリルへ突き出す。
「そこまで疑うなら、自分で口にする他ないよな?」
「うっ······わ、解りましたよ。一口だけですからね」
メリルは、串を突き出すアレルから逃れ様のない圧力を感じたのか、怯えながらも根負けしたみたいに自らの口を赤猪の肉へと近づける。しかし、一口と言った通りにメリルは小さな一口でカプリと、簡単に噛み千切れる程に軟らかい肉に子供が齧った様な小さな歯型を残す。
「······あっ、美味し──」
そこまで言って、メリルはアレルをにらみながら両手で口を隠してしまう。ただ、アレルはそんなメリルにニヤニヤとした笑みを向ける。
「何なら、一枚全部食うか?」
その一言に、メリルはビクッと肩を震わせて、視線を泳がせながら躊躇いがちに口を開く。
「ま、まあ······一口だけで残すのは行儀も悪いですし、アレルさんにも迷惑でしょうからっ······べ、別に、食べてあげても良いですよっ」
「ああ、俺からも頼むよ」
ニシシっと、からかう事なく素直に焼串を差し出すアレルに、メリルはどこか恥ずかしそうにしながらもそのまま歯型の付いた一枚を上品に食べ始める。そこへ、アレルに瑠璃の声が届く。
──主様、アリシア様達は『水鳥集う湖畔亭』という宿を、宿泊場所に決めました。場所が判らない時は、ルリに訊いて下さい。
(ああ、ありがとな。解ったよ)
アレルは、精神感知の範囲を拡げて返事を返す。ただ、その際に表情に何かしらの反応が出てたのか、メリルが声を掛けてくる。
「······あの、どうかしたんですか?」
「ん? ああ、向こうで宿が決まったってさ」
アレルの返事を聞きながら、メリルは串の中心に残した最後の一口を自ら迎えにいく。そうして、身体を起こしてから口の中の物を嚥下した後で言葉を返してくる。
「······じゃあ、アタシ達もそちらの宿へ行くんですよね?」
「ああ。でも、行くにしても夕飯を食べてから行こう。今から行って、宿の方で夕食を用意させるのは少し忍びない」
すると、メリルはクスクスと笑みを返す。
「そういう、変な気遣いって凄くアレルさんっぽいです」
「嫌だって言うなら、別に直ぐに宿へ向かっても構わないけどな」
メリルの笑みに、なんか子供扱いされたみたいで不貞腐れたアレルは、言い終わりに焼串の最後の一枚を豪快に一口で頬張ってみせる。だが、メリルには余計に笑われてしまい立つ瀬がなくなる。
「いえ······付き合いますよ、アレルさんがそうしたいと言うのなら」
「······そうかよ。だったら、店の選択は姉さんがしてくれよ。決められなかったら、魔物料理の店にしてやるからな」
「はいはい、そんなお店があると良いですね〜」
そんな風に、どこかメリルにからかわれながらアレルは一旦親父の屋台まで引き返し、串を屋台脇のゴミ箱に捨てる。その際に、赤猪の下処理の仕方なども少し聞いたりした後で、アレルはメリルと夕食を食べる店を探し始めるのであった。




