一章〜非望〜 五百五十八話 姫と騎士と妖精と
──アレル達が散策を始める少し前のアリシア達一行。
門を抜けて、ミリアの操車で町中を徐行しながら、アレルに言われた鳥の名前が入っているか看板に羽根の意匠がある宿をアリシアは探す。
しかし、フードを被った状態な上に御者台の後ろにある幌の隙間から探しているので、中々に見つけづらいとアリシアは感じる。その肩には瑠璃がいて、羽根の明滅を利用して良し悪しを教えてくれると公用文字の一覧を通じて伝えてくれていた。ただ、アリシアはこういう時に声を直接聞けるアレルはやっぱりズルいと感じる。
この辺りは、王都の歴史ある建物群と比べるとそれなりに新しい感じの建築様式が見られる。王都の方でも、窓などは徐々に一枚硝子に差し替えられていたりはするものの、この町は一枚硝子が使用されてる所は少なく少し古い厚みのある硝子が多い。道幅も馬車で行き交う事が出来るのだが、少し視線を下に向けると端の方と真ん中で色味が違うので、街道が整備されてから道幅が広げられたと予想出来る。
(奥に比べて、道沿いの建物の方が新しく見えるのも、それが原因なのかな?)
アリシアは、宿を探しながら見る町並みに対してそんな事を思う。大通り沿いの建物は、街道整備に合わせて道幅を広げる為に取り壊され、それで現在の大通り沿いの建物は町で比較的新しいものとなっていると考えられる。
歴史的な建物を残す傾向のある王都と比べ、他の町では色々な事が行われているんだなとアリシアは初めて訪れる町から学んでいく。
「アンネ様、アイツの言っていた宿見つかりませんね。どうしますか?」
そこへ、未知の刺激に知性を働かせていたアリシアへミリアが声を掛けてくる。そうして、ハッとさせられたアリシアは即座に思考を切り替える。
「うん······でも、アレルが言う事だし、どこかには必ずあると思うから」
言っていて、アリシアは我ながら不思議に感じてしまう。アレルが言う事だからと、それを信じて疑わない自分がいる事を。
本来なら、人の言葉は疑うべきと教えられてきたので、人の言葉を言われたままに信じる事なんてなかった。それが出来たのは、家族を除けばメリルやミリアといった自身に近しい極めて僅かな人達だけだった。それなのに、つい数日前に会ったばかりのアレルを同様に信じているのは何故なのだろうと、アリシアは自分自身でも疑問に感じてしまう。
自身の警戒心が足りてないのか、それともアレルが何かしらの魔術や変な呪いにでも罹っているのか、それはアリシアにも判断出来ない。それでも、アレルの存在に救われている部分が己の中に確かに在る事で、アレルとの出逢いは奇跡の様なものだったのかもしれないとアリシアは考える。
(でも、アレルにとっては同じかどうか判らないから······)
ここまで、アレルには随分と責任や負担を強いてしまっている。アレル本人は、何ともない風を装ってはいるものの、そんな訳がない事はアリシアにだって理解出来る。
記憶喪失で、右も左も判らなければ知り合いもいない世界に来て早々に国の大事に巻き込まれてしまった。本当なら、自分が助ける側でいなければならないのに、助けられてばかりで心苦しい。そう感じるアリシアは、せめて宿探しぐらいはアレルの役に立たなければと周囲の建物に目を凝らす。
「ねえ、クリス! あそこの、右側の建物を見て!」
アリシアは、御者台後ろの幌の隙間から指を差し、ミリアの視線を誘導する。その先に、看板には羽根の意匠なんて無かったが、店名が『水鳥集う湖畔亭』と確かに鳥と入っていた。
「アンネ様、肩のヤツはどんな反応をしてますか?」
「ちょっと待って」
言われて、アリシアが肩に止まる瑠璃へ視線を向けると、ピカ〜ピカ〜と長めの間隔で羽を明滅させていた。それは、前もって決めていた合図で、問題ない場合のものだった。
「うんっ、大丈夫みたい!」
「分かりました。では、そちらで宿を取りましょう」
ミリアがそう言うと、馬車の進路もその宿へ向けて変わっていく。アリシアは、これで少しはアレルの役に立てたかなとホッと胸を撫で下ろす。
そうして、不意に視線を羽の明滅を止めた瑠璃に向けたアリシアは突如としてハッとする。
「あっ!? ルリちゃん、アレルに宿の名前を伝える事って出来るかな?」
すると、瑠璃はパタパタとアリシアの肩から離れて、広げたままになっていた公用文字の一覧の上を飛び始める。
「既に······主様、伝達、終えて······もう、私が言う前に伝えてくれてたの?」
瑠璃は、アリシアの前で上下に動いて肯定を示す。続けて、再び一覧表の上を飛んで更にいくつかの言葉をアリシアへ伝えてくる。
「宿、場所、伝えて、誘導······ルリちゃんが、アレルを道案内するって事かな?」
それに、瑠璃は上下運動で応えて肯定の意を伝えてくる。そんな瑠璃は、自分の役目はもう終わりとでも言うみたいに、アリシアが肩から下げる小物入れの中へ入っていく。
ただ、アリシアはそれを宿の中へ入る事も考えての動きなのだろうと思う。
「アンネ様、一応ご自身の荷物を持って一緒に来て頂けますか? その、空きの確認をする際に馬車へ一人で残すのも不安なので」
そこへ、馬車を停車させたミリアから声を掛けられたアリシアは、公用文字の一覧を畳んで小物入れへしまうとミリアへ応える。
「うん、少し待ってて」
それから、アリシアは脱いでいた履物を履いてから立ち上がり、自身の荷物とミリアの荷物も持って荷台から降りる。馬車は、宿の前の路肩に停めてあり、ミリアも直ぐに御者台から降りてくる。
「すみません、私の物まで」
「ううん、いいの」
恐縮するミリアへ荷物を渡すと、件の宿から誰かが出て来る。その人の年頃は、初老を過ぎて五十半ばといったところで、しかしどこか眼光の鋭い男性だった。
「あの、お客様でしょうか?」
宿の制服に身を包み、短い白味がかった茶髪に髭の生えていない彫りの深い顔立ち、背はミリアより僅かに高いぐらいながらもどこか佇まいに隙がない様に見える。そんな人に対して、受け答えの為にと一歩前に出たミリアは自然とその男性とアリシアとを隔てる様に間に立つ。
「そうだが······部屋に、空きはあるのか?」
「ええ、御座いますが······どなたかからのご紹介でしょうか?」
その言葉に、アリシアはこの宿には紹介が必要なのだと勘づく。しかし、アレルがわざわざ指定してきた宿で、自分達が宿泊出来ない事なんてないと考え、右手で服の上からペンダントを握ってから声を振り絞る。
「······あ、あの、アレルって人から言われて······なのですが、無理でしょうか?」
アリシアがそう言うと、男性はフムと顎に片手を当てて視線を上の方へ向けると、ああっと何かに思い当たった様な仕草を返す。
「無理では御座いませんよ、ご安心下さい。部屋は空いて御座いますので、今からご案内致します」
ただ、男性は宿の表口を半開きにして顔だけ入れると、誰か人を呼ぶ。すると、少しして中からもう一人同じ服を着た若い男性が外へ出て来る。
「お前は、お客様の馬車を裏の倉庫へお運びして、その後で馬は馬房へお願いします」
「はい」
もう一人の若い男性は返事をすると、速やかに馬車の御者台へ腰掛け馬車を宿の裏手へと運んでいく。それから、最初の男性はアリシア達へ向き直り、改めて頭を下げてくる。
「では、お部屋へとご案内致します。ようこそ、水鳥集う湖畔亭へ」
そうして、宿の中へ入ってからミリアが支払いを済まし、男性の案内で部屋へと通されたアリシアは、瑠璃とミリアだけになった事でようやく安堵するのであった。




