一章〜非望〜 五百五十七話 手札が多いに越した事はない
ヘッケルの門付近まで、アレルがメリルと共に早足で辿り着くと、そこでは既に片側が閉じられた状態で通常二人であるはずの門番が一人でアレル達の到着を待っていた。その様子を、予め瑠璃から聞いてある程度予測していたアレルは、身分証を手にしながら門番へと駆け寄る。
「貴様等か、町に向かって歩いていたという二人組は?」
「えっ? それはどういう······」
アレルは、身に覚えがないという感じを装って、言いながら差し出そうとしていた身分証をゆっくり下ろす。それに対して、嫌そうに舌打ちしてきた門番は槍を左手に持ち直して空いた手で身分証を寄越す様に促してくる。
「少し前にッ、こちらへ歩いている二人組がいると馬車でここを通った者達が言っていたのだ!」
「ああ! 私達を追い越して行った、あの馬車ですか?」
「知るかッ! いいから、さっさと身分証を見せろ!」
「はいはい」
どこか苛々している門番を相手に、アレルは敬語を使いながら敢えてその苛々を募らせるみたく間延びしたやり取りをする。すると、門番はアレルの差し出した身分証を奪い取るみたいにして受け取る。
「アレルと言うのか? お前は、何でこの町に来たんだ? こんな日が落ちてからも歩いて」
「いや〜、大変だったですよ。向かう方向が同じ馬車に乗せてもらったりしながら、何度も乗り換えて来たんですが──」
「そんな事はどうでも良いッ! その理由を、早く話さんか!」
門番は声を荒げて、中々理由を話さないアレルに対して早く理由を話す様に要求してくる。そんな門番に、アレルはわざとにこやかな表情を作り火に油を注ぐ。
「いえ、ですから今その理由を一から──」
「ええい、一からでなくて構わん。さっさと、結論を話さんかッ!」
「はあ······それなら、クレイル領に住んでいる知人が結婚するというので、そのお祝いに妻と駆けつけようとしている最中なんですよ〜。ただ、その期日まで日数があまり無いもので、こうして少しでも先に進もうとしているんです」
アレルがそう言うと、今度は門番の視線がアレルの装備へと向けられる。
「お前······随分と物騒な身形をしているが、本当は傭兵などではあるまいな?」
「滅相もない! 護衛を雇う時間も惜しんで来てるので、あくまで護身の為の装備ですよ。本当は、道中で馬を購入する予定だったんですが、どこにも売っておらず運良く売っていても値段が凄くて······」
「ああ、今は王都の方でだいぶ買い求めているらしいからな」
と、何故かそれまで怒り心頭な様子だった門番が、冷水をかけられた様に大人しくなりアレルへ身分証を返してくる。
「そうなんですか?」
「うむ、なんでも金額に糸目をつけないらしいから、各所から集められているらしい。ここよりも西の商人が、何頭か運んでいくのを見送りもしたからな」
「それでは、馬を買うなんて無理ですね」
話しながら、アレルはそこでメリルにも身分証を出す様に促す。すると、門番はメリルの差し出した身分証には一瞥するだけで、その手に取ったりはしなかった。
「······イバレラか、まあ良い。早く通れ。乗り合い馬車だか徒歩で行くのかは知らんが、最近は魔物の発生も増えてると聞く。この先も、気を付けるんだな」
「はい、ありがとうございます」
アレルはそれだけ返すと、メリルの手を引いて速やかに門を通って町中へと入る。そうして、後ろで門が閉められる音を聞きながら、メリルが声を潜めて訊ねてくる。
「······あの、今のやり取りは一体なんだったんですか?」
「······そっちの身分証、あまり触られるとどうなるか判らないからな。だから、敢えて時間を使って相手を苛つかせたんだ」
その理由を説明する前に、アレル達は町の外壁を抜けて町中へと踏み入れる。
その町並みは、どこかこじんまりとしていてコルトの様な都市ではなく、どちらかといえばシープヒルみたいな田舎町の様な趣がある。その実、町の外壁は円形ではなく四方形で高さも五mもないぐらいの、あくまで魔物除けを目的にしたもので対人向けではない。
ただ、そんな町並みを眺めながら路地をチラリと見たアレルは、二階部分に妙な出っ張りのある建物でなくて良かったと安心する。流石に、昔から精霊信仰なんてものがある世界で、二階から投げ捨てる様な真似はしないかとアレルは思う。
そうして、充分に門から離れた所で、アレルはメリルに対して先程の説明を再開する。
「ほら、あの門番俺達が来る前からだいぶ苛ついていただろ? つまり、早く仕事を済ませたかったんだ。それなのに、俺みたいなのに時間を使わせられて更に苛ついていた。その状態で、俺達が夫婦だなんて聞いたら······イバレラならどうする?」
「そうですね······早く仕事を終わらせたいなら、どちらかの確認だけに集中してもう片方の手間を省くとかでしょうか?」
「そう、さっきの奴がまさにそれをやって横着したんだよ。まあ、そうしてくれる様に色々と働きかけはしたけどな」
ヘヘッと、アレルは悪戯が成功した時の子供みたいに勝ち誇った様な笑みを浮かべる。その笑みに、少し引いたみたいに半歩アレルから離れたメリルは、感じている不快感を咎める様な視線で伝えてくる。
「アタシには、ただ会話をしている様にしか見えませんでしたけど?」
「そうか? あれは、まず門番が焦れているのが明白だったからな、わざと遠回しな説明で更に焦らして時間をかけたくないって思わせただろ? それから、俺達も知り合いのお祝いに駆けつける為に急いでいるって伝えて共感性を煽った。その後で、自然な会話の流れで馬が買えないって話をする事で、門番から馬が買えない理由を引き出しただろ? それで、あの門番はこっちが知らない事実を知る充足感を得て、それまでの俺の話にも嘘が無いって信じ込んでしまった。そうなったら最後、自分で突き止めた事実に対して人ってやつは疑いを向けづらくなる。よって、あの門番はこんな武装をしている俺に対しても、不審に思う事なく通したって訳さ。んで、イバレラの方も俺の連れって事で同様に通したんだよ」
歩きながら、アレルは右手の人差し指を立てて、少し自慢げにネタばらしをしていく。しかし、メリルは荷物を手にしたまま自身を抱く様にしてアレルから身を守るみたいな仕草をする。
「なんか······アレルさんって、信用したらいけない人に見えてきました」
「お〜い、流石に心外だぞ〜。というか、これぐらいの心象操作は社交界とかの方が酷いんじゃないのか?」
「向こうは、印象操作までですよ。アレルさんのやってる事の方が、ある意味悪辣です」
印象と心象、字面は似ているけれど意味する所は全く違う。印象操作は、あくまでこちらが見た目を変える事で相手に与えるものを変化させる事で、心象操作は相手がこちらへ抱いている感情などを変化させようと働きかけるものだ。
それ故に、使い方によっては確かにメリルの言う通り悪辣な部分はあるかもしれないとアレルは思う。
「まあ、知り合いには使わないって決めてるし、狙い通りになるとは思わずにやってたから許してくれ。そもそも、上手くいくとは限らない程に本来は難しいんだ。あの門番が、思いの外単純だったから上手くいっただけだろうし」
アレルがそう言うと、メリルは仕方ないといった様子で大きなため息を吐く。
「一応、アレルさんがそういう手段も使えるという頼もしさに免じて、見なかったし聞かなかった事にしてあげます」
「そりゃ、どうも······それじゃ、気を取り直して俺達は町中をぶらつくかな」
「えっ? 宿を探すんじゃないんですか?」
「いや、探し方は伝えてあるし、これも経験だから向こうに任せよう。ほら、荷物持ってやるから少し気晴らしでもしようぜ」
そう言って、アレルは歯を見せて笑いながらメリルの荷物を運ぶ為に手を差し出す。それに、少し逡巡した様子を見せたメリルだったが、結局手にしていた荷物をアレルに手渡してくる。
「もう、少しだけですからね」
「了解、了解」
そうして、アレルはメリルと共に瑠璃からアリシア達が決めた宿の連絡が来るまで、町中を散策する事にしたのであった。




