一章〜非望〜 五百五十六話 本当の姿と新たな決意
アリシア達が乗った馬車を見送りながら、アレルはメリルと共にヘッケルへ向けて歩き出す。既に、日は地平線に沈み辺りは真っ暗だが、町の明かりが見えるのを頼りに道なりに歩いていく。
そんな中で、不意に隣を歩くメリルから指先で肩をツンツンと突かれる。
「ん? どうかしたか?」
「あの、この後何かあるんですか? 出来るなら、先に説明しておいて欲しいんですけど······」
一瞬、メリルが何を言っているのか本気で解らなかったアレルだったが、声を潜めている事とその内容から今の別行動に何かしらの考えがあると思っているらしい事を察する。しかし、アレルとしては本当にこういった状況に慣れさせる為にしているだけで、そこに別の思惑なんてものは無い。
ただ、せっかくメリルが勘違いをしてくれているので、何かしらの冗談で緊張を解してやるのも良いかもしれないとアレルは考える。
「······実はな、追手の一人が直ぐそこまで迫っていてな、俺達二人で囮になってソイツの目を引きつけようと思って──」
言いながら、アレルはメリルの視界を避けながらメリルの背中側から手を伸ばし、自身がいるのと逆方向のメリルの肩をポンポンと叩く。
「──ッ!?」
ビクッ、と身体を一瞬で硬直させたメリルは直ぐ様後ろを振り向くもそこには誰もおらず、自分の肩を叩いた手を目で辿り笑いを堪えるアレルの顔に行き当たる。それで、刹那的に表情を失うメリルだっだが、即座に全てを理解したのか眉間にシワを寄せて怒り始める。
「もうッ! こんな時に、何をするんですか、あなたはッ」
「アハハ、なんか緊張してたみたいだからさ」
「それにしたって、他にやり方なんていくらでも考えつくでじょ? 本当に、あなたは変な所でいつもいつも······」
言いながら、プイッとメリルは顔を背けて尚ブツブツと文句を言い続ける。だが、その途中で急に冷静になったのか、真顔に戻ったメリルはアレルへ訊ねてくる。
「アレルさん、まさかとは思いますが······シープヒルの時みたく、一人で何かを対処しようとしているんじゃありませんか?」
「それだけはないよ。ただ、本当に後々のもしもの時の備えってだけで······いや、もう半分ぐらい解決はしてるものの、今朝からのアンネとのわだかまりがあったから、少し距離を置きたかったって理由も僅かながらにあったのかな」
アレルが、そうやってほんの少し本音を覗かせると、聞いていたメリルもどこか神妙な面持ちで応え始める。
「それ······アタシどころか、クリスまで気付いてましたよ」
「知ってる。アンネの事だからか、やけに突っかかってきたからな」
「そうでしたか······で、何が原因だったんですか?」
何が原因か、正直なところアレルには自身側の理由ならば語れない事もないが、まだアリシア側の事情を知らない状態なので何が原因だったのか未だに解ってはいない。アレルとしては、気に障る事を言われた事がきっかけで声を荒げてしまった後ろめたさがアリシアにあったからなのだが、あの時アリシアが何を思っていたのかなんて想像すら出来ない。
なので、ここではメリルに対して、アレルはありきたりな理由しか話せない。
「そうだな······月並みになるけれど、どこかですれ違いがあったんだろうな」
アレルは、歩きながら夜空を見上げて遠い目をしつつ話す。そんなアレルに、メリルは訝しげな視線を向けてくる。
「それ、まだちゃんと解決してないって事じゃないですか。まったくもう······でも、こうして離れる事はアンネにとっては良い事かもしれません」
「へ? それって、どういう意味なんだ?」
メリルの言葉に、アレルは視線を隣を歩くメリルへと向ける。すると、目が合ったメリルは気付かれていませんかと言葉を返してくる。
「あの娘、あなたがいるからと盲目的に信じる事で自分の不安とか恐怖を感じない様にしているんです。ただ、そのせいで逆にあなたを失う事に対して、抑えられている不安や恐怖を感じる様になっている様にアタシには見えるんです」
「それは······」
「確かに、あの娘があなたに対して抱いている事はそれだけではありませんが、そういう部分もある娘なんです。思っている程、強くはないんですよ······アタシと一緒で」
言われて、アレルはアリシアにはそういった部分もあると気付いていたのに、その生まれや立ち振る舞い方で身勝手な幻想を押し付けていた事に気付く。
アリシアは、現在様々なものに追い詰められている状況だが、王族としての品位を失わない気高い存在なのだとアレルは心のどこかでそうである事を望んでいた。だからこそ、自身の全てを投げ打ってでも守る価値があるのだと思い込もうとしていた。そうして、自らを蔑ろにしていい理由として、無意識にアリシアを利用していた。
だがしかし、アリシアの本当の姿はそんなものではなく、抑えきれない不安を母の形見であるペンダントを支えに必死に耐えているどこにでもいるみたいな普通の少女だ。それを、そんな姿を一番近くで見ていたはずなのに、アレルはそんな事すら解らなくなる程に一杯一杯だった自身の状況にも嫌気が差す。
「そういう事なので、そんなあの娘があなたを失ったらどうなってしまうかぐらい解ってもらえますよね? なので、あなたも自分の事は大事にして下さいね」
コツンと、困った様な笑みを浮かべながらメリルは、アレルの頭を触れる程度に軽く小突く。ただ、それはアレルにとっては効果覿面で、アレルは大きなため息と共に項垂れてしまう。
「······流石姉さんだ。まるで、ハンマーでぶっ叩かれたみたいな衝撃だったよ。でも、お陰で自分の思い違いにも気付けたよ。ありがとな」
「あなたは、自分の事を過小評価し過ぎなんですよ。普通なら、アタシ達みたいな面倒なのに頼まれたからって付き合ったりはせず、適当に兵士にでも突き出して終わりなんです。でも、あなたはそんな事はせずに、自らも傷付きながら必死に守ろうとしてくれてる。そんなあなたを、支えたいとか助けたいって思うのは普通の事ですよね? アタシ達も、あなたも、皆出来ない事の方が多いんですから、支え合わないと駄目なんです。せっかく、こうして近くにいるんですから、ね?」
「ああ、敵わないな姉さんには」
アレルがそう言うと、姉さん呼びしているのにも関わらず、メリルはニコッと微笑みを返してくれる。きっと、ここ数日思い詰めていた自身の事を、ずっと気に掛けてくれていたんだろうとアレルは思う。
それは、少しだけそうあって欲しいという願望も混じるのだが、アリシアとギクシャクしたのもアリシアがメリルと同じ様に気に掛けてくれていたからだろうと考える。ただ、アリシアへの身勝手な幻想が鳴りを潜めて普通の少女なのだと解ってから、不思議とアレルの中にあった想いが強まっている様な気がアレルにはしている。
その理由は判らない。判らないけれど、思い詰めていたせいで鈍っていた感覚も刷新されたアレルは、アリシアへの決意を新たに出来た。
──主様、ルリ達は町の中へ入りました。でも、門が閉められそうだったので、アリシア様が町に向かっている二人組がいるから待ってて欲しいと言って留めてあります。なので、なるべく早く町へ入って下さい。
と、そんなアレルへ瑠璃からの連絡が届く。それに、アレルはアリシアも自分の危険を顧みないで無茶をするなと思う。
(分かった、アリシアには無茶するなって伝えて欲しいけど、助かったって礼を言っていてくれ)
──はい、解りました!
アレルは、精神感知の範囲を限界まで拡げて瑠璃への返事をするが、そのせいで少し足元がふらついてしまう。
「アレルさん?」
「いや、大丈夫だ。少し、瑠璃と話をしていただけだから。でも、向こうで何とかして門を閉められそうなのを留めてから町に入ったらしい。だから、俺達も早く町に入ってしまわないと」
「はい」
メリルは短い返事で、その歩みを早めてアレルの前を行く。そんなメリルへ歩調を合わせて、アレルはヘッケルの門へと急ぐのであった。




