一章〜拠り所〜 五十五話 交錯する想い
アレルは、部屋の隅でアリシア達の言葉を待つ。ただ、その姿はどこか自身が傷付かないように身構えているようでもあった。
そんなアレルを前に、アリシア達は顔を見合わせると、意思を確かめ合ったのか三人は同時に頷く。
「では、アレルに改めて自己紹介からやらせて下さい。まずは、私から──」
アリシアは、そう言って話を中断すると、椅子から立ち上がり被ったままだったフードを脱ぐ。それから、アリシアは右手を胸元に当てて自身を指し示す。
「──私は、ルクスタニア王国第一王女······アリシア・アルジェ・ルクスタニアです」
そう言って、氷青の美しい瞳を輝かせるアリシアは、王族たる風格と気品に満ちていた。
それに圧倒されたアレルは、思わず声を漏らしてしまう。
「······やっぱり、王族なんだな」
ここまで、よく言えば親しみやすい雰囲気のアリシアとのギャップに、アレルは自身の中の認識を改める。
しかし、アレルの言葉の意味が理解出来ないアリシアは疑問符を浮かべる。
「えっ!?」
「いや、ずっとフードを被りっぱなしだったし、なんかあまり王族らしいところなんて見てなかったからさ」
「そ、それは、アレルが追われているなら被っていた方が良いって言ったからで、別に好きで被っていた訳ではありません!」
ムッ、とどこか可愛らしくも見える抗議をするアリシアに、アレルは自分のせいにされてもなと肩を竦める。
そこへ、メリルが立ち上がりアリシアの肩にその手を置く。
「まあ、今は仕方ない状況ですから、アリシアだって納得しているでしょ?」
「う、うん······」
そうして、メリルに宥められたアリシアは、再びフードを被ると大人しく椅子に座り直す。
そんなアリシアに代わって、今度は立ったままだったメリルがアレルの方に身体を向ける。
「では、次はアタシが。アタシは、メリル・バートランド──バートランド子爵家の長女です」
その意外だった肩書きに、アレルは驚く。
「子爵? メリルとミリアって、貴族だったのか?」
「はい、一応。······らしくありませんでしたか?」
メリルは、目を丸くするアレルに、悪戯っぽく微笑む。
それに、アレルはペースを乱されないようにコホンと咳払いを挟む。
「いや、ただ医術師やら近衛騎士とかって聞いていたからな。てっきり、そういうものとは縁が無いもんだと思ってた」
特にミリアは、と言いそうになったのを、アレルは何とか踏み留まる。
ただ対するメリルは、何故かそこで伏し目がちになりながらも、話を続ける。
「······アタシとミリアは、嫡男の兄とは母が違うんです。その母も、幼いアタシと生まれたばかりのミリアを連れて、アリシアの乳母として王宮仕えなりましたから······なので、家の事はほとんど知りませんし、年の離れた兄とも会った事はないんです」
言い終わりに、メリルは無理に明るい声で気にしていない風を装ったようで、ぎこちない笑みで話を終わらせる。
(下手くそ······隠したいなら、もっと上手く隠せよ。でも、あまり家とは上手くいってないんだな。まあ、それでもアリシアとは乳兄弟の関係になるんだな)
メリルの語った話を、貴族特有の込み入った話に家族関係の不和まで絡んでいると感じたアレルは、変に口を挟まずに沈黙を貫く。
(でも、王族の乳母っていったら、それなりの身分が選ばれるはずだよな。兄とは腹違いって話だから、メリル達の母親は側室······父親が子爵だから、どこぞの男爵家の令嬢だったのかもしれないな)
アレルは、メリルの家庭事情をそう推察する。
だが、アレルは乳兄弟や乳母が主家と特別な絆で結ばれる事も知っている。なので、現状アリシアがメリルとミリアと共にいるという時点で、自分がこの件で何かを言う必要はないと判断する。
そして、そんなアレルに代わり、アリシアが無理して笑みを浮かべるメリルに声を掛ける。
「ねえメリル、それでも私はメリルがいてくれて良かったよ。こんな時でも、私と一緒にいてくれるんだもの」
「アリシア······」
そうして、アリシアとメリルは二人で微笑み合う。
そんな二人を見て、アレルもようやくアリシア達の関係に理解が及ぶ。
「なるほどな、そういう事だから、メリルはアリシアを様付けで呼ばないのか。何かあるとは思ってたけど」
「そうですね。アタシにとっては、アリシアもミリアと同様に妹ですから」
そうアレルに応えたメリルは、自分の話は終わりだとばかりに椅子に座り直す。そして、メリルはもう一人の妹へと視線を向ける。
しかし、当のミリアは憮然とした態度でそっぽを向いている。
それは、まるでアレルに対して話す事など一つもないとでも言っているみたいで、その態度はメリルの怒りを買う。
「ミリアッ! あなた、いい加減に──」
「構わないよ。本人が、話したくないって言うなら、無理に話させる必要はないだろ」
すると、アレルはメリルの言葉を遮り、一瞬ビクッと肩を震わせたミリアを擁護する。この後次第では短い付き合いになるからな、とメリルを止めた理由だけは胸に秘めて。
ただ、そんなアレルの心の距離感を感じ取ったのか、アリシアが不安の滲んだ声を漏らす。
「アレル? どうかしたのですか?」
「別に······ただ、ミリアが何も言わないなら、アリシア達が追われる様になった発端、それからここに至るまでの経緯を教えてくれないか?」
まるで、突き放すみたいな答え方。加えて、先延ばしにしていた話を引き合いに出す。そんなアレルに、アリシアはその不安を声だけでなく、表情にまで滲ませる。
「アリシア?」
そんなアリシアの様子に、メリルは気遣って声を掛けるが、アリシアは何も答えずに俯いてしまう。
そうして、三人の内二人が話せる様な状態でないからか、意を決したメリルが強い眼差しでアレルを見詰める。
「では、アタシから話しますね。それで、アレルさんはこの国について何か耳にしましたか?」
「さあ······王都で馬が高く売れる事とか、精霊信仰が基盤にあるから水回りの設備が充実しているとかは、聞いたな。だから、騎士紛いの傭兵に、アリシア達が追われる理由が全く判らないんだ」
アレルは、嘘をつく。
クーデターが起きた事、それで国王が殺された事、首謀者がアリシアの兄である事、更にその兄がアリシアまでをも亡き者にしようとしている事も、アレルは既に知っている。
だが、アレルは敢えて知らないフリをする事で、これを今後を占う試金石にしようとしている。
「そ、それは······クーデターが起きてしまって、それでですね······城から逃げた王族に追手が差し向けられる事態になってしまって······」
メリルは、なるべくアレルから視線を外さない様に振る舞うが、アリシアを気遣ってかチラチラと視線を揺らしている。そのせいで、話す内容までもが途切れ途切れになっている。
しかし、アレルは敢えてそれらに気付かない体で話を続ける。
「それなら、騎士は何をしている? 仕える主に、危険が迫っているのに何もしないのか? クーデターが起きたからって、総出で鞍替えでもしたのか?」
「それは······一部の騎士がクーデターに加担していて、誰が味方で誰が敵かも判らなくて······下手に頼る事も出来なかったんです」
そして、メリルがそこまで話したところで、アレルの方も意を決した言葉を投げ掛ける。
「それなら······首謀者は誰だ?」
溜めを作ったアレルの言葉は、部屋の空気を重くさせる。
アリシア、メリル、ミリアと、三者三様に身を強張らせるが、中でもアリシアは小刻みに震えている。
アレルは、三人の内誰が話し始めようと、その言葉で自身がどこまでアリシア達に肩入れするかを決めようとしている。
(気持ちとしては、クーデターの件が落ち着くまでは見届けてやりたいって思っている。勿論、何を話されようと、目的地までは送り届けるって決めている。それでも、ここで誤魔化されるなら、この時点で俺は雇い主と雇用者という関係以上には踏み込まない。その関係も、目的地までで終わりにする)
アレルが、そう覚悟を決める中、口火を切ったのはメリルだった。
「し、首謀者は······侯爵派閥の大臣に貴族、一部の騎士が結託して行ったので、その侯爵だと思います」
「······そうか」
残念な様な、それでいて安堵にも似ていて、そんな諦めの感情がアレルの身体からゆっくりと力を失わせていく。
それでも、アレルはそんな感情を外に出す事なく、今この瞬間から三人とは仕事上の関係だけだと、肩掛け鞄に手を伸ばす。
そして、そこから借りていた外套を包んだ物を手に取ると、三人が座るテーブルにそれを置きに行く。
「アレルさん? これは?」
「借りていた外套だ。借りっぱなしも良くないし、もう必要ないからな」
そうメリルに返事して、アレルは三人に背中を向ける。
そうして、アレルがそのまま部屋の角に戻ろうした、その時だった。
「待ってッ! クーデターの首謀者は、お兄様ッ──私の兄レグルスです!」
ガタッ、と勢い良く椅子から立ち上がったアリシアが、フードが脱げるのも構わずにアレルの背中へと叫ぶ。
驚き、振り向いたアレルの目には、悲痛な面持ちでアレルを見詰めるアリシアの姿が映る。
「アリシア、どうして······」
「だって······ちゃんと言わないと、アレルがどこか遠くに行っちゃいそうだったから」
アリシアの行動に、メリルとミリアが驚き動揺する中、アレルはアリシアと見詰め合う。
そして、突然のアリシアの行動によってアレルはその決心を大きく揺らされていた。




