一章〜非望〜 五百四十九話 隠し事は何故かバレる
──馬車が待つ場所へ、アレルが小走りで向かう現在。
常態化さえすれば、痛みなんて感じなくもなるだろうと思っていたのだが、何故だか痛みを感じる感覚が短くなってきてる事にアレルは頭を抱える。自身の考えが浅はかだったのは認めるが、その代わりに少しは痛みも治まってくれないかなと思うのは、流石に虫が良すぎるかとアレルは思う。
ただ、このままでは断続的に続く痛みのせいで顔色まで悪くなりそうだと感じたアレルは、小走りを止めてゆっくりと歩く事にした。
(よくよく考えれば、長剣が曲げられる程の威力だったんだよな。そりゃあ、それなりの深手にもなるか······)
加えて、戦闘中はエピネフリンやドーパミンなんかで恐怖や痛みが軽減されて感じにくくなっていたのもあるのか、正直に言ってそれらが分泌されなくなった今の方が辛い。しかし、このままでは後の事にも影響が出そうなので、戻ったら瑠璃にこっそり治してもらう事は出来ないかとアレルは考える。
だけど、そんな瑠璃ともちゃんとアリシアと話をするという約束をしてしまっている。アレルとしては、その約束を果たす前に瑠璃に何かを頼むのは筋違いなのではないかと考える。そもそも、アリシアと話すとは言っても今夜は別行動になるし、移動中も話す時間なんて取れはしない。そうなると、ヘッケル通過後は分岐路やリバッジでの国境越えなどもあってまともに話せる時間なんてないのではないかとアレルは考える。
(これで、瑠璃まで怒らせる事になったらいよいよもって孤立する事になるな)
ヨロっと、そんな事を考えていたら歩いているにも関わらず、アレルは不意に足元をふらつかせてしまう。それが、肉体的疲労からきたのか、それとも精神的なグラつきが表に出たのかは判らない。それでも、アレルはこんな事でふらついている場合じゃないんだと、自らを鼓舞して力強い一歩を踏み出す。
(気を付けないといけないのは、むしろこの先からなんだ。下なんて、向いてる暇ないんだ)
そうして、小走りを止めながらも歩幅を大きくした速歩きでアレルは先に行った馬車を追う。しかし、歩きながらアレルは、馬車の数分を歩くとなるとそれなりに長いなと染み染み思ってしまう。
既に、大角牛と戦った場所からそれなりの距離を移動している。それなのに、一向に馬車の影すら見当たらないので、アレルは一度断ったものの瑠璃に言われた際素直に迎えに来てもらえば良かったかなと思い始める。
そう思い始めた矢先、乱立する木々の隙間から今では見慣れてきた馬車の幌がチラリと見える。なので、アレルは一旦足を止め身なりを整えて、表情や心持ちすらもしっかりとしてから再び小走りで馬車へと近づく事にする。
「······む、なんだ貴様か」
と、アレルの足音に気付いた様子のミリアが、右手を舶刀の柄に掛けた姿でアレルと馬車の間に立ち塞がる。
「なんだって、他に誰がいるんだよ? クリスだろ? アレの死体は、放置で構わないなんて言ったのは」
アレルがそう言うと、ミリアはフンッと鼻を鳴らして身構えていたのを止める。それに、アレルは肩を竦めながらも訊ねる。
「アンネとイバレラは、荷台か?」
「ああ、そうだ。それより、アレルが戻ったなら私も荷台に戻っていいか?」
「ああ、でもその前に剣の交換とナイフの補充をしても良いか? 長剣が、シープヒルの時と今回で結構やられてさ······ナイフもナイフで一本失くした」
「フンッ、未熟者め」
ミリアはそう口にはするものの、顎で荷台を指した後でその間の周辺警戒はしてやると言っているみたいに周囲を見渡す。なので、アレルは脇腹の痛みを作り笑顔で誤魔化し、馬車後方の幌を捲る。
「ただいま──」
──主様ッ!
ピューっと、幌を捲った瞬間にアレルへ向かって瑠璃が飛んでくる。続けて、顔の周りをクルクルと回り始めた瑠璃を手で止めて、アレルはそのまま自身の肩へと誘導する。そして、肩へと止まった瑠璃はパタパタと嬉しそうに羽を動かす。
「瑠璃、ただいま」
アレルは、気を取り直して肩の瑠璃へ帰ってきた事を伝える。そんなアレルへ、荷台の奥からメリルが声を掛けてくる。
「アレルさん、お帰りなさい。ところで、怪我なんてしてませんよね?」
にこやかながらも、まるで威嚇する肉食動物みたいな笑みでメリルはアレルを威圧してくる。追加で、怒らないから素直に言って下さいと、怪我をしてると言えば絶対に怒られるやつを口にしてくる。
「アハハ、まさか怪我なんてしてたら自分の足で帰って来ないって」
言いながら、この場は早く退散してしまおうと、アレルは荷台へ上がり長剣を外して武器樽に突っ込んであった騎士剣を手にする。すると、そんなアレルの行動を不思議に思ったのか、アリシアが首を傾げながら訊ねてくる。
「ねえ、剣はどうかしたの?」
「ん? ああ、少し曲がっただけなんだけど、二度目だから念の為な」
そこで、アレルはアリシアから感じていた妙な気配を感じなくなっている事に気が付く。更に、この雰囲気なら出発までに少し話す事も出来るのではないかとアレルが思った矢先、騎士剣を帯剣ベルトに固定する手をいつの間にか隣に来ていたメリルに掴まれる。
「アレルさん······怪我の治療、しましょうか?」
「は?」
バレる様なヘマはしてない。それなのに、メリルは何故か確信を持ってどこか咎めるみたいな不満げな表情をアレルに向けてくる。
「あの〜ですね、患者の中には自分の事が解ってはなかったり、治療を受けたくないからという理由で嘘をついたり誤魔化す人もいるんですよ。······医療に関してだけですが、このアタシの目を誤魔化せるなんて思わないで下さいね」
ニコッと、怒気を滲ませた微笑みを向けられ、それと同時に掴まれた腕にギュッと力が込められる。
そんなメリルに、如何なる言い逃れも無意味だと悟ったアレルは観念する。しかし、片手は掴まれているので、瑠璃に肩から離れる様に伝えた後で降参の意でその手を上げる。
「······解った。これからは、怪我した時は怪我したってちゃんと言えば良いんだろ?」
「はい、しっかり守って下さいね」
メリルは、そう言って呆れた様にため息を吐くと掴んでいた腕をようやく離してくれる。なので、アレルは途中になっていた騎士剣の固定を速やかに済ませて、次に投げナイフが入ったポーチへ手を伸ばす。
──主様、お怪我ならルリが治しましょうか?
そこへ、アレルの顔の前まで飛んできた瑠璃がそんな事を申し出てくれる。しかし、瑠璃の回復には未だ魔法かどうかすら判らない部分もあるし、瑠璃への負担も未知数だ。
その上、今の話の流れからしてここでメリルに治療を断るのは危険な感じがする。なので、アレルは投げナイフを一本補充しながら瑠璃へ微笑む。
(ありがとな、瑠璃。でも、瑠璃は治癒の能力使うと負担が大きいだろ? だから、このままメリルに治療を頼むから大丈夫だ)
──はい、解りました。ただ、ルリが必要な時はいつでも言って下さい!
そんな、どこか頼もしい事を伝えつつ瑠璃はアレルの肩へ戻ってくるのであった。




