一章〜非望〜 五百四十七話 秘められていた葛藤
馬車は停まったものの、どこか落ち着かない状況が続く中アリシアは瑠璃とメリルの二人と荷台で待機する事になる。そこで、肩に止まりに来た瑠璃へアリシアは微笑むも、どこか浮かない表情をしていたところへメリルに話し掛けられる。
「心配ですか?」
「······うん」
どうしてかは解らないが、目の届かない所でアレルが何かをしていると落ち着かない気分になる。ただ、それもアレルが依頼された事に対して責任感が強過ぎる様に見えるせいかもしれないとアリシアは思う。
そこにどういう理由があるのかアリシアには見当もつかないが、アレルは公国へ行くまでに必要な事のほとんどを自分一人でどうにかしようとしているみたいに見える。特に、アエシュドゥスが最終的な目的地だと話した時からその雰囲気が強くなった様に思える。どこか自分自身を追い詰めるみたいな、何かの後悔で自身を戒めているみたいな、そんな窮屈な雰囲気をアリシアはアレルから感じている。
そこへ、アリシア自身もアレルから少し距離を置こうとしたので、アレルとの関係性もどこか拗れたみたいになってしまった。アレルへの負担を減らそうとしたのに、それが更にアレルを追い詰める一押しになってしまった様な気がして、アリシアは自分からアレルへ声を掛けるのにも気が引けてしまっている。
(どうして、上手くいかないんだろう······)
自分が悪いのか、それともアレルが悪いのか、或いはその両方なのか······答えなんて判らないが、それよりもアリシアは自分がアレルにどうなって欲しいのかすら解ってはいない。
そんな状態では、少し前と同じくアレルへ不満をぶつけるだけで余計にアレルを苦しめてしまう。だからこそ、アリシアは今のままではアレルと会話すら出来ないと思い込む。
「まったく、あの人走ってる馬車から降りて行ったらしいですよ、信じられますか? 帰ったら、お説教しなければいけませんね」
そうして、表情を暗くしたアリシアを励まそうとしたのか、メリルはアレルを悪者にする事で場の雰囲気を変えようとしてくる。
「姉さん、それは違いますよ。アイツ、馬車を横転させられる可能性を考えて迎撃に出たんです。相手は、大角牛といって人よりもデカい中型魔物に分類されるヤツです。下手すれば、馬車自体走らせる事が出来なくなるので、それを嫌がったんでしょうね」
そこへ、幌を隔てて直ぐ隣にいたのか、ミリアがメリルの言い分をもっともらしい言葉で否定する。ただ、ミリアの言葉を聞いて胸がざわめいたアリシアは二人の会話に割って入る。
「ねえ、そんなのと一人で戦ってアレルは平気なの?」
「ええ、たぶん······実は昨夜、誰かが剣を振る音で夜中に目が覚めたのですが、それでアレルの奴が剣を振っている所を見たんです。一心不乱に剣を振る姿は、まるで自分を追い詰めるみたいでしたが、その動きは数日前に私が教えていた時よりも良くなっています。なので、もしかしたらアイツは日に日に強くなっているかもしれません。······まあ、あの様子では無自覚でしょうが」
追い詰めるみたいに、その言葉にアリシアは憤りにも似た言葉に出来ない感情が湧き上がり、それをどうにか抑える為に下唇を軽く噛む。アリシアには、何故アレルがそこまでするのかが本当に解らない。
それでも、アレルのそういった無茶で守られているのも確かな訳で、その結果にアレルへはその感情を何かしらの形でぶつける事が憚られてしまう。その事が、アリシアには理不尽に感じられ、そんな現状に今度こそ憤りを感じる。ただ、その憤りが向かうのはアレルにではなく、アレルに対して何もしてあげられない無力な自分に対してだった。
アリシアは、それ故に思ってしまう。自分が、頼ってしまったのが間違いだったのかもしれないと。しかし、あの時アレルに助けを求めてなければ既に自分達は終わっていたのも事実な訳で、それを間違いだったなんて言い切る事も出来ない。
「······もう、今からでも離れた方が良いのかな?」
不意に、アリシアの口からそんな言葉が漏れてしまう。それは、アリシアの考えが自分が傍にいるせいでアレルの無茶に繋がるという所へ帰結したが故だった。
「アリシア? それって、アレルさんからって事ですか?」
ガタッと、その驚きのあまり身を乗り出してきたメリルがアリシアへ問い詰めてくる。
「だって、私が傍にいるからアレルが無茶ばかりするんだもん······やめてもらうには、それしか──」
「それは違いますよ! アイツは······アレルは、自分で言った事に責任を持っているだけです。アイツは、アンネ様に頼まれたのは私達を助けてと言われたからと、だから私も含めて守るのだと言ってました。そういう訳で、避けられない戦いは自分が前に出るとアイツは言ってきたんです。······なので、アンネ様が傍にいるいないは関係ないと思います」
後ろ向きな言葉に、意外にも幌の外からミリアが大きな声を出して否定してくる。でも、それを頼んだのは自分なのだからとアリシアは反論しようとするも、意外なミリアの言動に驚いたせいで上手く言葉が出てこない。
その隙に、メリルの方が先にミリアへ言葉を返す。
「だからといって、一人で戦わなくても良いのではありませんか?」
「姉さんは、戦場に立たないから解らないと思いますが、護衛対象を背中に庇いながら戦うのは想像以上に難しいんです。アレルは、それを理解した上で姉さん達を私に任せて一人で戦うんでしょう。······己の未熟も加味しての事でしょうが」
「そんな······遠ざける事でしか守れないなら、そう言ってくれれば良いのに······理由が解らなかったら、心配するだけじゃなくて不安にだってなるのに。······アレルのバカ」
アリシアは、二人の話を聞いて思った事を、アレルへぶつけられない言葉をその場で吐露する。そこへ、その場にいないアレルに代わって、同じ守護する者としての気持ちが解るミリアが答える。
「それは、意地や自尊心みたいなものが多少なりはあるからでしょう。アレルも一応男ですから······言えませんよ、自分からそんな事は」
と、こうなる前は男所帯で過ごす事の多かったミリアが知った風な事を口にする。ただ、それはあくまでミリアの考えだと理解はするものの、その意地っ張りな所がどこかアレルらしいとアリシアは思ってしまう。それに、そういうものが邪魔して言いたい事が言えないのは、現在の自分も似た様なものだとも感じてしまう。
そんなアリシアに、手の届く距離にいるメリルが瑠璃の乗っていない方の肩をつついてくる。
「メリル?」
「それで、アリシ──コホン······アンネは、アレルさんと何かあったんですか?」
その質問に、アレルに対する疑問が一つ解決したせいか、アリシアが心の奥にしまい込んでいた想いが顔を覗かせる。
「······私ね、アレルにはアレルのままでいて欲しいの。無理をして、無茶を重ねてまで他の誰かみたいな英雄になんてなって欲しくないの。でも······でもね、私言い方を、伝え方を間違っちゃった。だから、アレルを怒らせちゃって·······」
「それで、どこかおかしな感じになっていたんですね」
「うん······でも、その場ではお互いに取り繕う事は出来たんだ。それなのに、今朝になったら話し掛ける事がなんか怖くて······また、アレルを怒らせちゃっ──ううん、嫌われたらどうしようって怖くて話し掛けられなくなっちゃってた。でも······ね、やっぱり私はアレルとは昨日までと同じ様に話したいって思うの」
判らない事はまだあるし、納得の出来ない事もそれと同じくらいある。それでも、一つだけハッキリしている自らの想いをアリシアはそこでしっかりと口にした。




