一章〜非望〜 五百四十六話 後悔だけは同様に
瑠璃の説明で、せめて土に埋めるぐらいはしてやろうと思っていたアレルだったが、それもあまり良くないという事が解ったので大角牛の死体はそのままにしておく事にした。ただ、それでもまだ少しそのまま去る事に罪悪感を残すアレルは、もう一つだけ瑠璃に訊ねる。
(その······さ、倒した魔物の死体って野ざらしにしておいても大丈夫なのか?)
──平気だと思いますよ。そういったものに関して、大概は近くにいる野生動物の餌になったり、傭兵などが素材を切り出したりで自然となくなっていきます。まあ、稀に魔物の肉ばかり食べていた野生動物が魔物化する事もあるにはあるんですけど······。
瑠璃は、どこか申し訳無さそうに言葉尻を濁してくる。しかし、そんな瑠璃の説明で逆にアレルは踏ん切りがついて、大角牛の死体をそのまま放置する決心をする。
それというのも、狼などが魔物の肉を食うというなら浅く埋葬しただけでは掘り返されてしまうし、かといって道具のないこの場で大角牛の巨体を掘り返されない程深くに埋葬する事は難しい。なので、アレルは結局結果が同じになるなら時間と労力を無駄にしたくないと、スッパリ気持ちを切り替える事にした。
(ありがとな、瑠璃。お陰でスッキリしたし、これからそっちに合流するよ)
──そうですか? お役に立てたなら、ルリも嬉しいです!
そんな瑠璃の返事を聞いて、さてとと軽く走り始めようとしたアレルだったが、ズキッと僅かに痛む脇腹のせいで足を止めてしまう。ただ、こんな事で足を止めていてはアリシア達の前で平然と振る舞う事なんて出来ないと、アレルは痩せ我慢をしつつ軽めに走る。
──あの主様、少しお話しても良いですか?
(ん? ああ、別に構わないけど)
アレルは、徐々に痛みに慣れてきたので、瑠璃との話ぐらいなら出来ると考える。すると、瑠璃はどこか躊躇いがちに話し始める。
──あの······ですね、ルリが口を出す事ではないとは思うんですが······アリシア様の事で少し。
アリシアの事と言われ、後ろめたい気持ちのあるアレルはその先の瑠璃の言葉を聞くのが怖くなるも、そこでやめろとは言えないので続きを促す。
(アリシアの事って、何だ?)
──はい、実は主様が降りた後で少しありまして······ルリからは詳しく言えないのですが、アリシア様も少し思い詰めているみたいなんです。それも、理由に主様が少し関わっている様子で······あの、落ち着いたらで構わないのでアリシア様と話して差し上げては頂けませんか?
瑠璃は、随分と回りくどい言い回しで言いたい事を伝えてくる。それをアレルは、自身とアリシアの双方に気を遣った言い回しをしているからだろうと考える。ただ、瑠璃からこんな事を言い出すなんて珍しいので、瑠璃から見ても明らかにアリシアの様子が不安定になっているのかもしれないとアレルは思う。
その理由も、自身が原因である事は瑠璃の言葉から察する事が出来る。自分の事なんかで、アリシアがそこまで気にする事なんてないのにとアレルは思うものの、無責任にはなりたくないし何より気を遣ってくれた瑠璃にも悪い気がする。なので、アレルは逃げずに向き合う覚悟を決める。
(分かったよ、落ち着いて時間が出来たらアリシアとちゃんと話してみるよ。なんか、気を遣わせてごめんな)
──いえ、ルリは主様達に仲良しでいて欲しいと思ってるだけですから。
(そうか······でも、結果までは期待しないでくれよ)
──はいっ、主様なら大丈夫だってルリは信じてます!
いつもながら、瑠璃からの信頼は重いなと感じつつも、この信頼だけは裏切る訳にはいかないなとアレルは前向きに覚悟を改めるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──遡る事、アレルが御者台から転がり降りた直後の馬車。
「クリス!? アレルさんは、どうしたんですか?」
「クッ······知りませんよっ! アイツ、魔物と戦うとか言って馬車から降りていきましたっ!」
「何やってんですかッ、あの人は!?」
「私に怒らないで下さいよっ!」
と、メリルとミリアの姉妹が怒鳴り合う中、アリシアは荷台へ入ってきた瑠璃と会話を試みる。何かを伝えようとしている瑠璃に、アリシアは直ぐ様小物入れの中から公用文字の一覧を差し出す。
「ルリちゃん、アレルは大丈夫なの?」
すると、瑠璃は一覧の上を主様、無事、馬車、安全、離れて、と文章ではなく一文字ずつ単語のみで区切って手早く伝えたい事を示してくる。
「ねえ! アレルは無事だから、馬車は安全な場所まで離れてってルリちゃんが言ってるよ!」
「解りましたっ、それでは取り敢えず安全な場所まで行って停車させますっ!」
ミリアの返事に、伝えるべきは伝えたと瑠璃は一覧から離れてアリシアの方へと飛んでくる。アリシアは、それを自身の不安を気遣っての行動なのかと思い飛んできた瑠璃に両手を差し出す。
そして、差し出した両手に止まりにきた瑠璃に、アリシアはボソリと不安を吐露する。
「······ちゃんと、アレルは帰ってきてくれるよね」
アレルに頼り過ぎている、そう感じていたからこそアリシアは意識してアレルとの距離を取っていた。ただ、それを何か勘違いしたのか、アレルの方もどこか余所余所しさを感じさせていた。
アリシアは、アレルも何かに悩んでいたのを薄々感じていた。だからこそ、負担にならない様に自分の事は自分で何とか出来る様にと、自身に何かあってもアレルが直ぐに気付けない様に距離を取ったのにそれが裏目に出てしまっている。どうして、こうなってしまったのかは判らない。それでも、妙なすれ違いが生まれて会話すら上手く出来なくなっているのだけは確かだった。
そのせいか、アリシアは自身の不安からアレルに嫌われてしまったのかと思い、朝に避けてないかと直接訊いてしまった。
(そんな事、訊いちゃいけなかったのに······)
それを訊いてしまえば、曖昧にしていたものがハッキリしてしまう。その結果が、今の状況だというのならあんな事を訊くんじゃなかったとアリシアは後悔する。
「馬車を停めます! アンネ様っ、警戒の方は大丈夫か訊いて下さい!」
言われて、ハッと我に返ったアリシアは手に止まる瑠璃に訊ねる。
「ルリちゃん、近くに魔物の気配はある?」
すると、瑠璃はアリシアの手から飛び立ち、その上で左右にその身を振ってみせる。それを、アリシアは魔物の気配が近くに無いという事だと解釈する。
「大丈夫みたい!」
「では、馬車を停めます!」
ミリアの声の後、荷台の中のアリシアとメリルは停車の慣性で前方に引っ張られる様な感覚に耐える。そうして、馬車が完全に停止すると御者台のミリアが後ろに回る足音が聞こえてくる。
「私は、外の警戒をしますので二人は外へ出ないで下さい」
バッと、後方の幌を捲ってそう口にしたミリアは、舶刀を手にして再び馬車の外に出てしまう。そんなミリアの様子に、アリシアは離れた場所で魔物と戦っているアレルの身を案じるのであった。




